39 つるし上げではなく、事情聴取そのさん
トーア学長の質問に、ソーニョは申し訳なさそうな顔をして口を開いた。
「間違われたと、思ったのです」
「間違い、ですか?」
「はい、そうです。私はソーニョ伯爵家の子息として留学していたので……。私の素性を知られているとは思っていませんでした。それで、移動する寮は王子殿下たちのいる寮なので、伯爵家の子供がそのような場所に移動などありえませんよね? なので他の誰かと間違えられていると思ったのです」
僕らのいる寮館の方に移動するということは、ソーニョが伯爵家の子息ではないと周囲に知られるということだ。
それじゃぁ、ソーニョの都合が良くなかったんだろう。
どんな都合なのかは知らんけどな。
「なるほどそういう事ですか」
ソーニョの言い分を聞いていたトーア学長は、うんうんと頷きながら柔和な笑顔を浮かべた。
その笑顔にソーニョも困ったと言いたげに笑顔を浮かべる。
ソーニョは上手くごまかせたと思ったのかなぁ。
「カプラ大公令息はこう仰っているのですが、どのような通達をしたのでしょうか? アドミニストラ卿」
笑顔のままトーア学長は貴族男子寮の管理人に質問する。
当然だよな。
ソーニョの話だけじゃなく、同席してる貴族男子寮の管理人にどんな伝え方をしたのか訊くに決まってる。
「わ、私は学園からの指示通りに伝言しました。ソーニョ君がリトス王国のカプラ大公令息だと判明していること。侯爵以上の貴族子息は、王子殿下たちと一緒の寮になっていただくこと。移動に問題がある場合は人手を貸すので通達から一週間以内には移動していただくことを連絡しています」
この伝言のどこをどうとったら、自分のことではないと言えるのか。
「そうですか」
またもやトーア学長は笑顔で返事をした。
「勘違いは、誰でもするものですからね」
何とも言えない反応だよなぁ。
でも貴族男子寮の管理人の言い分が正しければ、間違いや勘違いではなく、明らかにわざと通達を無視してるんだけどなぁ。
それになんかおかしな話だよ。
「僕からもいいですか?」
挙手して発言すると、トーア学長が小さく肩を跳ね上げる。
「……どうぞ」
返事に間があった。めちゃくちゃ警戒してるなぁ。なんでだよ。警戒されるようなことしてないんだけど?
まぁいいや。僕が、話を聞きたいのは貴族男子寮の管理人だ。
「男子寮の管理人……、アドミニストラ卿。一週間以内に移動するようにと言っていたんですよね?」
「はい。ソーニョ……いえ、カプラ大公令息は一人部屋を利用されています。一人部屋は人気があるので、部屋が空いたら移動したいと申請してくる生徒がいらっしゃるのです。その場合、部屋の清掃をして、次に入る生徒に引き渡すことになっているので……。私は一週間、移動の気配がなかったカプラ大公令息に、何度か移動のご連絡をさせていただいてます」
そう、それなんだよ。
ヘッダたちに聞いたんだけど、基本的に貴族寮の生徒は、侯爵家以上の高位貴族の場合、専用の大きな部屋を最初からあてがわれるんだよね。
それは男子寮も同じだ。
でも僕ら王家の人間が在学しているから、王族が利用することになっている寮館の利用が可能状態で、侯爵家以上の男子生徒は寮館の方に入寮するようになってる。
すると、貴族男子寮の大きな部屋はほとんどが伯爵家の生徒が使うことになる。
中でもお金がある家なら、なおのこと面子やいろいろな理由で、大きな部屋を使いたがるはずだ。
一人部屋が空いたら移動させてほしいという申請は、常にあると見ていい。
だから貴族男子寮の管理人は、ソーニョに移動の催促を何度もしてるんだよ。
自分のことじゃないと信じていたなら、何度も催促された時に自分のことなのかと確認するはずだ。
僕の質問で、貴族男子寮の管理人からの『何度か移動の催促をしている』という言質が取れてしまったから、ますます、ソーニョに対しての信用は地に落ちた。
おそらくトーア学長や騎士科の担任、そして男子貴族寮の管理人は、今のやり取りで、ソーニョが息を吸うように嘘を吐く人物だという評価をつけたと思う。
大人は……、本音を隠すのは上手いし、低い評価をつけた相手に、それと気付かせないで、当たり障りない態度をとることに長けてるんだよ。
特に貴族位を持ってる人なんかはね。
でなきゃ貴族社会で生き残れない。
そんなのはソーニョだってわかってるんじゃないの? だってそういう環境で生まれ育ったんでしょう?
だからさ、噓を吐くんじゃなく、知られたくないことだけを沈黙して、素直に寮移動をしたくなかったと言えばいいものを、なんだって、すぐばれるような嘘を吐くんだか。
そしてトーア学長はあえてソーニョの嘘を吐いたところを指摘も追及もせず、寮移動を促すだけにとどめた。
「カプラ大公令息。寮移動は貴方の身辺警護のためです。大公家のご子息であらせられる貴方に万が一の襲撃があった場合、その過失は我々学園側の責任となります。ですので、安全対策ができている、第一王子殿下たちのいる寮館に移動していただきます。そうですね、期限は本日から一週間以内で。一週間過ぎても移動されなかったときは、強制的に移動していただきます」
「ご安心ください。明日にでも移動させます」
リトス王家の代表として、エウラリア様がそう言ってしまったら、もうソーニョだってどうしようもないだろう。
「カプラ大公令息が使う部屋はすでに準備していますので、今日からでも利用できますよ」
煽ってるわけじゃないからね。
部屋の準備をしてるのは事実だから、こっちの受け入れは万全だって言っただけだから。
「カプラ様。人手が足りなかったら仰ってくださいまし。手配いたしますわよ。もちろん有償になりますけれど」
ヘッダはキラキラではなくギラギラした目をして、ソーニョにご機嫌な笑顔を見せた。





