36 このチャンスを逃すほどお人好しではない
まるで大衆演劇でも催していたかのような中庭での出来事は、誰かが呼んだであろう教師の乱入で終了した。
「君たちなにをしている」
教師の登場に野次馬していた生徒たちは誰に言われるでもなく、蜘蛛の子を散らすようにさっと散っていってしまう。
みんな傍観者だったからね。
ゴシップ騒ぎに目を輝かせて娯楽として消費はすれども、そのゴシップ騒ぎの証人として捕まって、根掘り葉掘り聞き取りに付き合うことはしたくない、ってことだよ。
野次馬の生徒たちはさっさと逃げ出し、残っている僕らから事情を訊くしかないんだけど、相手が王子殿下に公女、公爵令嬢、侯爵令嬢、隣国の王女殿下、そして身分詐称しているとはいえ大公令息といった面々。
教師という立場であるから、指導はしなきゃいけないけれど相手がねー、王族、高位貴族の子供たちとなれば、それもやりにくいだろう。
そしてこの残されたメンバーの中で、代表として教師と話をしなければいけないのは、立場的に僕が適任。いや、僕がやらなきゃいけないのだろう。
「先生。淑女科のオクタヴィア・ギーア男爵令嬢のことはご存じですか?」
「あ、あぁ。ウイス教の……」
「聖女となった生徒です。彼女がアインホルン公女に変な絡み方をしているのですがお聞きになってませんか? 生徒間では結構有名な話なんですが?」
「そういった噂は、耳にしたことはあるが……。あくまで噂では」
「噂ではなく事実ですよ。先ほども言い掛かりのような、『聖女』と認定された割には、随分と俗物的な内容で、アインホルン公女に絡んできたそうです。本人はもうすでに逃走しています。聞き取りならば明日以降にしてほしいのですが構いませんか? 僕らはこれから学長と話し合いがあり、被害者であるアインホルン公女は、精神的に動揺しているのでもう休ませた方が良いと思います。ダメでしょうか?」
嫌とは言えないだろう。
ヘッダのおかげでオティーリエは持ち直したけど、不安定なのは見て明らかだ。
明らかに顔色が悪いし具合が悪そうだもん。
そんなオティーリエに無理して聞き取りなんてできないでしょう?
「なんでしたらわたくしの方からご説明いたしますわよ?」
ヘッダの言葉が追い打ちとなったのか、この件に関しては後日ということになった。
「じゃあ、イジー。悪いけれど、オティーリエたちのこと頼んだよ」
「はい、任せてください」
ソーニョに対して殺伐とした態度を向けていたとは思えないほど、素直な返事を残してイジーたちも立ち去っていく。
「そろそろ手を離してもらいたいんだが」
全く悪いことしていないのに、この処遇は遺憾だと言わんばかりの口調で話すソーニョを見る。
「君ね。身分詐称して、ラーヴェ王国に入国して、あまつさえ王立学園に留学してるってことが、僕らにバレてるんだよ? しかも貴族男子寮の管理人からの移動通達も無視。留学してから一年以上も経ってるのに、身分を偽っている理由を学園の上層部に報告することもしていなければ、寮管理人から寮の移動を通告されているのに、移動しない理由も言ってこない。そんな相手から『手を離してもらいたい』って言われて聞き入れる人間が、どこにいると思う?」
僕の発言に、ソーニョは二の句が継げないようだ。
「それから、僕はエウラリア殿下からも、君がリトス王国でどんなことを仕出かしたか聞かされているからね。それを踏まえて、僕の立場であるならば、ようやく問題人物を捕獲したのに、『手を離してくれ』と言われてその通りにすると思う? 僕、そういった油断は一切しないことにしてるんだ」
こうも直球で面と向かって『おめー、怪しーから信用しねー』と言われるなんて思ってなかったんでしょ?
普通は貴族ならではの取り繕った言い回しするからね。
「そんなの」
「君の話は学長室についてから聞くから、それまで口を閉ざして大人しくしてくれないかな? 君の不可解な行動について知りたいのは、学長や担当教師もだからね。同じこと何度も言うよりもみんながいる場所で言った方が二度手間にならないでしょう? 僕も何度も同じ話を聞きたくないからね」
エウラリア様がよく言っていた『絆される』が、僕に通用しないとわかったのか、ソーニョの視線がヘッダに向けられる。
ここでエウラリア様に縋らないのは、エウラリア様からは敵対的な視線を向けられているからだ。あと、純粋にリトス王国で第四王女殿下を傷付けた自覚があるからなんだろうね。
ソーニョと目があったヘッダは、満面の笑顔だった。
オティーリエほどではないけれど、ヘッダだって相当の美少女だ。
そんな美少女から笑顔を向けられて、自分に脈があると思ったのか、落とせる自信があったのか、意味ありげな視線を向けるソーニョだけど、おめーほんと危機管理なってねーな。
いくらヘッダの為人を知らないとしても、本能的にヘッダが捕食者だって気づかんのか?
僕は最初にヘッダに会ったとき、キャラ濃ゆいと思ったのと同時に、猛獣とか猛禽類を連想したよ?
ヘッダも僕相手に取り繕う必要はないと思ったのか、最初から素を出してたけど、だからといって令嬢としてできていないという事ではない。
猫被りは完璧だよ。
ヘッダは黙っていれば、守ってやらなきゃって庇護欲掻き立てる可憐なお姫様の見た目だから、ソーニョも簡単に騙せると思ってるんだろうな。
でも、さっきのオティーリエとのやり取り見てただろう?
ソーニョの手に負える相手じゃねーぞ。捕食されるのはおめーの方だからな。
ヘッダは目を細め、吟味するかのように、ソーニョを見ている。
「楽しくなりそうですわねぇ。カプラ様の言い分、とっても興味ありましてよ。アルベルト殿下とわたくしが納得できるお話、期待していましてよ」
またしても、自分の思った反応と違うと思ったのか、ソーニョは顔を強張らせた。
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