33 聖女のお目当て
ヒルトは助け舟を出してくれそうにもない。
ヘッダもオティーリエもこの件に関しては下手なことが言えないとわかっているから何も言ってこない。
他のみんなも一緒だ。
仕方ないなー。
「んー、隠してるわけじゃないんだけど簡単に説明すると、僕の母上がフルフトバール侯爵の一人娘であることは知ってるよね?」
「側妃様」
「元、ね。元側妃。今は離縁して、他の人と再婚してるから。で、僕の母上はマルコシアス家の直系の娘で、母上以外の子供がいないわけだよ。マルコシアス家はね、ずっと直系の子供が継承していかなきゃいけないお家だから、傍系から養子をとって当主にさせるということができない。だから本当は母上が後継ぎだったんだけど、当時の時勢の関係で側妃にさせられちゃったわけ。そこでおじい様が娘を側妃に入れるなら、うちからの条件をのんでもらうって言ったんだ。その条件っていうのが、最低でも子供を二人作って、一人はマルコシアス家に戻せってことね。だけど、国王陛下は僕以外の子供を母上と作らなかった。で、王家には僕以外にも王妃殿下との間にできたイジーがいるから、ならマルコシアス家の直系はフルフトバールに帰してもらうってなったわけだよ」
いろいろ端折っているけれど、表向きの事情はこういう事だからね。
事情を知ってるテオの視線が痛い。
おめー、よくもまぁ、そんなホラをふきやがって、みたいな顔してるけれど、でも嘘じゃないからね。
条件出してたのは本当のことで、実際子供二人作って一人はマルコシアス家に戻せって条件での側妃入りだったんだからね。
約束破ったのは国王陛下の方。
「そういうわけで、イジーが王太子になって、僕がフルフトバール侯爵になるって、国務会議で決定したの。本当はさぁ、もっと子供作ってもらうために側妃もバンバン入れてもらわなきゃいけなかったんだけどねー。国王陛下は王妃殿下以外は自分の妻じゃないって頑なだからさ。僕とイジー以外の子は期待できないんだよねー」
国王陛下とうちの母上との関係は、ちょっとねー話題にしにくいのはわかってる。
母上が国王陛下にぞっこんで付きまとってたって認識だし、実際王宮にいたころの母上はそうだったから、しゃーなし。
「脱線しちゃったんだけど、学園に通ってる生徒の大半は、イヴが言ったように、第一王子が王太子になるものと思ってる。そうじゃないと知っているのは、この情報を親から聞いている生徒だね。そんな彼らも大っぴらに、イジーにすり寄ってこないのは、まだ発表されていない情報を先出しして何かあったときに、真っ先に首を斬られるのは自分たちだとわかってるからだよ。王家からの発表がない限り、慎重に動かなきゃいけないってわかってるんだ。だから彼らも、僕らの様子を窺っているし、イジーのことも王太子だと騒ぎ立ててこない」
この辺の事情は、みんなわかってることだから、特に何か言ってくることはない。
「ギーア男爵令嬢の聖女という立場やもろもろのことを考えれば、王太子になる王子にすり寄るんじゃないかな? だって彼女言ってたんでしょう? 『王太子の妃になる』って。つまり、狙いは王太子になる王子様ってことだよ。そう考えれば、ギーア男爵令嬢はイジーが王太子になる情報を持っていない」
僕の説明を聞いて、ヘッダがにんまりと笑う。
「もし、イグナーツ様が王太子になるという噂が広まり、婚約者候補がわたくしと知れば、あの方わたくしの方にやって来るかしら」
やめて。
そんなワクワクした顔をして、塩素系洗剤に酸性洗剤を混ぜるようなことを考えるんじゃないよ。
「気になりますわ~。あの方の脳の構造はどうなっているのかしら? わたくしたちと同じなのかしら? 何か破損してる箇所があるのではなくって? 確か脳が破損していると、通常とは違う考え方をすると聞いたことがありますのよ。あぁ~! 解剖したい!!」
「やめなさい」
ちゃんと止めないと実行しそうな行動力がヘッダにはあるからね。
「ウイス教と事を構えたくないでしょう?」
「そうですわねぇ……。いくら積めばいいかしら?」
「だから、やめなさい」
宗教が清廉潔白って言うのは一般信者だけであって、上の方はもう権力と金の亡者なのは定石だけど、あぁいうところはほんっとーに面倒なんだよ。
「とにかく、ギーア男爵令嬢が王太子目当てなら、イジーも気を付けた方が良いだろうけれど、まぁ日中は僕と一緒だから……大丈夫か?」
僕の言葉にイジーは何度も頷く。
もともとイジーってギーア男爵令嬢のようなタイプは苦手なんだよね。
積極的にグイグイくる女子。
もし、僕からイジーに鞍替えしたらそこのところ突いてやろう。
「ただイジーのことを知ったとき、今度は攻撃対象がオティーリエからヘッダに替わる可能性もあるわけだね。公式発表はしてないけれど、ヘッダは公爵令嬢だし、婚約者としては最有力候補者だってみんなわかってるはずだからね」
「まぁ!」
「喜ばないの! そもそもヘッダはあたおか女子を相手にするほど暇じゃないでしょう?」
喜色満面となるヘッダにもう一度釘を刺しておく。
「あたおか?」
「あたま、おかしい。略してあたおか」
「アルベルト様って、時々ユニークな略し方をされますのね。モドリだからなのかしら?」
「モドリ?」
「何でもありませんわ」
ヘッダはにっこり笑って誤魔化してしまう。
前にも似たようなことあったよなぁ。
ルイーザ先輩と一緒にお昼食べた時だ。
何か言おうとして途中でやめて結局誰も何も教えてくれなかった。
もー、なんなんだよー。
そんな僕らの会話を黙って聞いていたイジーが、何か言いたそうな顔をしていたけれど、僕はあえて何も言わないでいた。
突き放してるってわけじゃなく、どう言えばいいのかな。
気になることがあったなら、自分から動いてほしいという気持ちなんだよ。
どうしたの?って、話を聞いてあげるのは簡単だけど、そろそろ、そういうのからは卒業して、イジーから言ってきてほしいんだ。
相談したいことがあるとでも、心の内を吐露するのでも、どっちでもいい。
イジーから言ってきてよ。
お兄ちゃん、相談してきてくれるの待ってるよー!
次回更新は7/1
お知らせ
明日からカクヨムネクストの方で新連載が始まります。
タイトルは『とばっちりで移転した異世界で配達人始めます』です
気になる方は覗いてみてください。





