32 アインホルン公女からの報告
みんなと一緒のランチタイムに、ソーニョがリトスで何をしたのかということと、狙いは間違いなくオティーリエであることを女子の方にも周知した。
「あらあら、まぁまぁ。楽しいことになっていますこと」
面倒になりそうなことなのに、楽しいって言いやがった!
しかもキラッキラな笑顔じゃないか。
これはあれだ。ソーニョを人間扱いしてないぞ?
「ソーニョ伯爵令息こと、カプラ大公令息がラーヴェ王国民に帰化すると仰るなら、うちで面倒を見ても構いませんことよ? オリー様はさすがに無理でしたけれども、移民ならちょうどいい被検体になりますものねぇ」
ほらぁ!!
もうすでに自分の本音を隠す気もないじゃないか!!
この世の不思議が大好きなヘッダは、ソーニョの魅了にもめちゃくちゃ興味を示していて、前々から研究したいって口走ってたんだよねぇ。
僕が止めてなかったら、とっくにソーニョに対してハニトラ仕掛けて、身柄拘束して魔術塔に拉致監禁。思う存分ソーニョの魅了に対して研究したに違いない。
第三王女殿下もさぁ、復讐したいならうちのヘッダを見習って!
「そうそう、ずっと考えていましたのよ。彼女、ギーア男爵令嬢。アレも欲しいですわねぇ。あんなにマナーができていないのに、なんでラーヴェの王立学園に入ってこれたのか。調べましたら、座学の成績は素晴らしいのですわ。彼女の知能指数と思考回路。研究したいですわねぇ。あら、なんだかワクワクしてきましたわ」
やべー。
おい、クラウディウス。秘書で執事なら自分のところのお嬢様をちゃんと見ておけ。
ほったらかしにすると暴走するぞ。
ヘッダのことはひとまず置いておいて、僕はオティーリエに声をかける。
「オティーリエ。再三言ってるけれど、ソーニョの狙いは君だから、気を付けてね? 最近はギーア男爵令嬢も騒がしいし」
「わかりました。ギーア男爵令嬢の件について、わたくしもアルベルト様にご報告したいことがあるのです」
やっぱりオティーリエ、変わったなぁ。変わったと言うか、成長した。
以前だったら、自分が狙われていることに怯えているだけだったのにね。
「ギーア男爵令嬢がわたくしに言い掛かりをつけてくるのは、わたくしの評判を下げるためなのは間違いないのですが、同時に自分の味方を作るためでもあります。そして一番そのことに関心を持っていただきたいと願っている相手は、イグナーツ様ではなく、アルベルト様です」
「そこまで言うということは、何かあったのかな?」
「はい。彼女、行動パターンというのでしょうか、突っかかり方を変えてきているのです」
ギーア男爵令嬢はオティーリエの姿を見ると、自ら近づいていき、横を通り過ぎるときに転んで泣き喚く、という行為を繰り返している。
明らかに、オティーリエに足を引っかけられて転ばされました、またはすれ違いざまに突き飛ばされました、という状況を演出しているわけなのだが……。
誰が見ても、どう見ても、ギーア男爵令嬢がオティーリエに突っかかっていってるのは明白で、誰もオティーリエがギーア男爵令嬢に何かしたとは思っていない。
「自分からぶつかってきて、それをオティーリエのせいにしてる難癖以外のことしてきてるの?」
「はい、おそらくその行為をしても、周囲からの同情を得る効果がないと気が付いたのでしょう。彼女、今度は直談判しに来ているんです」
「直談判?」
「リューゲン殿下を解放してください、と」
うわっ、それって本当に転生ヒロイン、いや転生ヒドインみたいじゃないか。
「つまり、僕とオティーリエが付き合っているという噂を信じてるわけだね?」
ソーニョを引っ張り出すために消さなかった噂話だけれど、そっちの方でも反応してきたか。
「言ってくる内容は、ほとんどテンプレかな?」
「はい『愛のない結婚なんてむなしいだけ』や『思い合った相手と結婚できないリューゲン殿下が可哀想』とか『権力で無理やり婚約しても愛されることはない』と、まぁいろいろバリエーション豊かな物言いをされています。要は『アルベルト様から手を引け』と仰いたいのでしょう」
テンプレの意味が通じるのは、前世の記憶を持つ僕とオティーリエだけだ。
悪役令嬢に物申すヒドインの訴えって、ほとんどオティーリエが言ったようなことと同じなんだよね。
自分と愛し合ってる王子様を自由にしてあげてっていうのね。
でもそれはさぁ、王子様と恋仲であることが前提でないと、ダメでしょう?
「なるほどね、一つだけはっきりとわかったことがあるよ」
「何でしょうか?」
「ギーア男爵令嬢は、ラーヴェ王国内、特に王家の情報に精通していない」
僕の発言にイヴだけが不思議そうな顔をする。
「なんでそんなことがわかるの?」
「イジーが立太子することを知らないから」
「……それ、ずっと疑問だったのだけど、なぜアルベルト様が王太子じゃないの? ラーヴェ王国の国王は、王家の第一子がなるって、平民だってそれぐらいのことは知ってるわ。たまにそうじゃないときもあるけれど、そういうときって大体病気になって……」
途中でイヴは口を閉ざす。
イヴは頭の回転が速いからね。
僕らとの付き合いで、王侯貴族の殺伐としたやり取りを学んでるから、すぐに気が付いたのだろう。
今まで元気だった王子や王女が、急に病気になって王太子から外されるってことは、つまり『けして治ることのない病気』は、王太子になれない理由として、とても使い勝手のいい手段なのだ。
イヴもそれに気が付いたのだろう。
「アルベルト様は、病気じゃないわ」
んー、どう説明しよう。
隠してるわけじゃないし、正直に話してもいいんだけれど、この話って結構複雑だからなぁ。
ジト目で僕を見てくるイヴに、僕は苦笑いを浮かべた。
次回更新は6/24です





