28 情報報告はディナーの後で そのいち
マルクスは早いうちに上二人から引き離され、メッケルで貴族社会の階級と常識そして根性を叩きなおされたせいか、僕と顔を合わせた時は、高位貴族特有の傲慢さみたいなものがなかった。
あと幼い頃は傲慢だったと語っていたけれど、高位貴族の教育を叩きこまれたせいか、人を見下すような気配は見られない。
もし僕らを欺いていて、いい子のフリが上手いのなら、それはそれで貴族向きな性格をしてるってことだよ。
善人であることを印象付けて、策略を考えるのは貴族の嗜みだからね。
自分が考えてることを顔や態度に出す貴族は三流でもない、それ以下だよ。もうその代で潰れるって物語ってるからさ。
マルクスに裏表があるかないかはさておき、本人に確認したところによると、アインホルン公爵家のお掃除の件に関しては、ちゃんと裏事情も知っている様子だった。
オティーリエが次代の公爵になることも異論はないようで、むしろ自分は公爵にはなれないと、マルクスが言ってたんだよね。
マルクスは三男であるために、最初からいずれ公爵が持っている爵位の一つを譲渡して、次期公爵の補佐にという話になっていた。
でも、本人がね、爵位を貰うに値する人間ではないと言ってるんだよ。
ちびっこだった頃の傲慢な思考や態度、そして知っていなければいけなかった知識のなさを同年の子と比べると、明らかに足りていなかった。
他の同年代の子供は爵位が低くても、マルクスよりもちゃんとしていたことを見せられ、それもショックだったそうだ。
立場による甘やかしもあったけれど、他者からの影響を受けやすかったことを見れば、爵位を貰い、新たな家門の主になるには向いていないのだと言っていた。
オティーリエに仕えることには異論はない。でも、できれば家門を支える補佐役といった重要なポストではなく、もっと軽いいつ切り捨てても問題のないそんな立場でいいと思っているらしい。
立場的にそれは無理だよと言ったら、そうですよねと困ったような顔をしていた。
向いていないと自覚するのはいいことだけれど、筆頭公爵家の人間として生まれたからには、それなりの責任を負わなければいけない。
でもまだまだ先のことだから、爵位を得て一城の主になるための準備はしておこう。
そして貰った爵位で自分の家門をどんな形にするのかどんな意味を持たせるのか、親である公爵と、次期公爵となるオティーリエと相談して決めて行けばいいんじゃないか?と、アドバイスっぽいことはしてある。
あとは本人次第だからね。何か困ったことがあれば相談してねとは言ってあるので、単独で突っ走っておかしなことはしないでしょう。
夕食後の談話室で、第三王女殿下との話をみんなにすることにした。
「まず、近いうちにソーニョ……、レオナルド・ソーニョ伯爵令息こと、ジュスティス・レオナルド・ソーニョ・カプラ大公令息が、この寮館に入寮します」
話を聞いたテオが、げんなりとした顔をする。
「教室でも一緒なのに寮でも一緒かぁ」
「猫被り頑張ろうね?」
「くっそー、あいつまじでめんどくせーなぁ。んーってことはあいつ身バレさせんの?」
お? そこに気づいたか。
「させないとねぇ? そもそも、ソーニョが身分詐称したのって、自分がカプラ大公子息だってラーヴェ国民に知られたくないってことだよね。じゃあなんで知られたくないのか? まず親の件がある」
僕の話にうんうんと頷くのはマルクス。
「我がラーヴェ王国の王妃殿下が、婚姻前に故国でどんな目にあったのか、これは誰でも知るところだよね? 国王陛下との世紀のラブロマンスだから、特に貴族の令嬢はこの話題に関してある程度は情報を持っている。けれど、この情報は国王陛下と王妃殿下のラブロマンスの辺りが有名ではあるけれど、その後のことを気にする人は少ないんじゃないかな? マルクスは公子だからこの辺の話はちゃんと聞いているよね?」
「あ、はい。王妃殿下の元婚約者がリトス王国のカプラ大公なんですよね?」
「うん、その通り。まぁ王族や高位貴族、それから情報通の貴族なら、このことは当たり前に知っている。でも情報通でない貴族や、うちの国王陛下と王妃殿下のラブロマンスに興味ない貴族のなかにはそれを知らない人もいる。ラーヴェ王国民の中には、王妃殿下に婚約破棄を叩きつけた相手が、リトス王国の王弟殿下であることは知っているけれど、さて今はどうなっているだろう? 知っている人いる~?って感じなんだ。なぜならリトス王国の王弟殿下は、現在三人いるからね。三人のうち誰がうちの王妃殿下をコケにしたのか、この話題にあまり興味ない人はそこまで知ることはないんだ」
この辺の話は、以前ヴァッハをとっ捕まえた時にしたんだけど、イジーもテオもマルクスもいなかったからね。
「ソーニョはおそらく、カプラ大公が王妃殿下の元婚約者であることは、知られたくない。王妃殿下の元婚約者は、うちでは評判が悪いからね。その元婚約者の子供と知られれば、自分を見る目が厳しくなることがわかってる。たとえ、自分は親と違ってちゃんとしてますって見せつけても、誰かしら『でもあの親御さんなんだよね?』って言うもんなんだよ。親の行いがソーニョの足を引っ張るとわかっているから、このことは隠したいんだ」
マルクスはなるほどと何度も頷く。
「次は、親のことを隠したい動機だね」
「動機、ですか?」
さてどう説明しようか?
いきなりマルクスのおねーちゃんが狙われてるよーと言うのは良くないよねぇ?
今みたいに段階を踏んで説明するかぁ。
次回更新は5/27