27 アインホルン公女の弟公子
第三王女殿下の話が終わって帰寮したら、庭でテオがオティーリエの弟であるマルクスに稽古をつけていた。
「ただいま~」
「おっ! お帰り! アル、イジー。遅かったな?」
「リトスの第三王女殿下とお話してきたー。あとでテオにお願いすることがあるんだけど聞いてくれる?」
「おう! いいぞ!」
「アルベルト兄様、イグナーツ兄様、お帰りなさい」
オティーリエの弟、マルクス・ヴィム・アインホルン公子も、テオに続き挨拶してくれる。
「はい、ただいま。稽古つけて貰ってたの?」
「はい」
「身体動かすのはいいけれど、過度な運動はセーブしてね。成長期に無理やり体を動かすと、故障の原因になるからね。メッケルでも注意されてたでしょう?」
僕がそう訊ねると、マルクスは何度も頷く。
「はい、わかりました。気を付けます」
素直に返事をするマルクスの頭をワシワシと撫でると、照れたような顔をする。
僕より背の小さな子、新鮮~!!
僕の真似をしてイジーとテオも、マルクスの頭をワシワシ撫でまわす。
「あ、これは」
「癖になる」
そう仔犬や子猫をワシワシ撫でるあれに似てる。
マルクスに会う前は、ほらいろいろ話を聞いてたから、いったいどんな子が来るんだろうって思ってたんだよね。
実際会ってみたらちゃんとしていて、まず入寮したらいの一番に僕とイジーに挨拶にきたんだよ。
本日からよろしくお願いしますって。頭をさげて、わからないところがあったら教えていただけませんかって、もう、すっごくちゃんとしてんのよ。
僕に対しての敵愾心っぽい悪感情もなかったし、何度か顔を合わせてるはずのイジーにも過度に馴れ馴れしくすることもなくって、でも緊張してますって様子でさ、年の離れた弟ってこんな感じなんだぁって思った。
それでマルクスから、自分は幼い頃、第一王子は姉をいじめる悪い人だと思って、人前で悪口を言ったんです。ごめんなさいって、謝られたんだよね。
本人曰く、悪口を言ってた頃のことは記憶が定まってないらしく、部分部分で、そういえば第一王子のことを悪く思ってたみたいだけど、今考えると、なんでそんな風に思っていたのかわからないそうだ。
ただ、昔の自分は、ものすごく恥ずかしい子供だったと言っているのだ。
我儘ではなかったのだけれど、世界で一番自分の家族が偉い。自分たちよりも偉い人間はいない。だから常にえばり散らして、態度も良くなかった。
僕に対して『姉をいじめる悪い人』という考えも、おそらく王族はマルクスの家よりも上の立場だと知って、それがショックで、気に入らなかったからじゃないだろうかと、本人は分析しているのだ。
普通は、自分よりも上の立場の人がいると知れば、ショックは受けるだろう。
しかもそれが、他よりも上にいる自分たちよりもさらに手が届かない上であると知れば、改めて自分の立場、家のことを考えて、自分の無知さに気付く。
そして、その無知を恥じ、知らなかったことを知ろう、と思うものなのだが、マルクスはそこで思考停止してしまったという。
なんというか、自分よりも上の立場なんて、『ずるい』『許せない』『そんなの嘘だ』『自分たちが一番偉いはずだ』と、まぁ子供特有の拗ねといったらいいのだろうか? そのような思考だったらしい。
そこには少なからず上の兄二人の影響があって、それに気づいたアインホルン公爵夫人が、こりゃいかんということで、単独でマルクスをメッケルに放り込み、おバカなプライドをへし折って根性を鍛えてやってくれと、義妹家族にお願いした。
前にテオが、僕のことを悪く言うたびに、マティルデ様や前辺境伯が叱りつけてたって言ってたし、おそらくマティルデ様が常識や知識面で扱いて、ついでに身体を動かすことで卑屈な精神を叩き潰したのが前辺境伯だったのだろう。
それで意識改革&偏った認識の矯正っぽい感じになったのかな?
あと、たぶんテオも何か言ってたはず。
テオも上の兄君たちのことで、いろいろあるっぽいし、でも本人は、俺は俺!って考えをしてるからね。
脳筋のように見えて脳筋じゃないから、マルクスに何かしたの?って訊いたら、なぜなぜ期に戻って質問してやったと言われた。
僕の悪口を漏らすマルクスに、なんでそう思うんだ?とか、誰かにそう言われたから決めつけるのか?とか、お前は自分の目で確認していないのにみんなが言うからそれが正しいって思うのか?とか、逆になぜなぜ質問をしまくったそうだ。
でもそうやって聞き返されると小さな子って、『だって、だって』って不貞腐れるよね。
そこでまた、なぜなぜ質問やったんだって。
なんで答えないの? なんで不貞腐れるの? なんで悪いことは全部第一王子のせいにするの? だっての次の言葉は?
質問にマルクスが自分で答えられるまでやったそうなんだよ。
テオが言うには。
「あれ、まじで刷り込みみてーなもんなんだよ。エルとラリーの話を聞いて、自分が見たわけじゃないのに、アルのこと悪者って考えてただろう? あのまま成長したら、思い込みの激しいバカに成長するんだよなぁ。でさぁ、その思い込みが激しいバカが俺の従兄弟なんだよ。どう思う? すげー嫌じゃね?」
だ、そうだ。だから矯正したんだって。
テオは自分の周囲にバカがいることが我慢できないと言っていた。
そうなの? まぁ、そうか?
でもきっと、上二人の公子の話を鵜呑みにして、それが自分の世界だと決めつけるなとマルクスに教えたのは、自分と重なるものがあったからなんじゃないかなーって思うんだよね。
次回更新は5/20





