14 第三王女殿下が語る事情
ソーニョに魅了があったとしても、そんなのはうちには関係ねーんだわ。
身分を偽っての不法滞在なんだから、さっさと引き取れや。
「リトス王家は、なぜ、カプラ大公子息が身分を偽ってラーヴェ王国に留学したのか、その理由をご存じなのですか?」
「その前に、殿下がたはあの者の両親であるカプラ大公夫妻のことをご存じでしょうか?」
「知らないとでもお思いですか?」
知らないわけなかろう?
「では、あの者がリトス王国内で偏見の目で見られていることは?」
「想像はつきますね。そもそも、ご両親であるカプラ大公夫妻そのものが、醜聞の的です。その二人に子が生まれれば、その子に親の因果が付いて回る。誰でもわかっていたことでしょう?」
暗に、なんでカプラ大公に断種処置してなかったんだと言ってやった。
いまさら、たらればの話をしても仕方がないのは、充分承知の上だ。
だけど、あれだけのことを仕出かしたのだから、カプラ大公夫妻が社交で身の置き場がなく、リトス国の貴族からも、一件を知ってる諸外国の要人からも、白い目で見られることはわかりきっているだろう。
そんな二人に子ができれば、その子供が色眼鏡で見られることなんて、考えるまでもない。不幸な子供を作りたくなかったら、そこまで管理するのが、王家の責務だろう?
僕が声に出さなかったことに気が付いたのか、第三王女殿下は息をのんで、僕を見る。
「優秀な令嬢を他国の王のもとに嫁がせ、そのありがたみをわからせることが罰だと、リトス王家は考えていらしたのでしょうか?」
「……いいえ」
そうだろうよ。
王妃様がラーヴェに嫁ぎ、優秀な為政者の一人がいなくなった。痛手を負ったと考えるのは政に関わっている人間だけだ。
大公という地位にふんぞり返って、政治に携わるどころか王族としての公務も行わず、国庫をひっ迫させるほどの贅沢をしているカプラ大公にとっては、今まで目の上のたん瘤だった王妃殿下がいない方が楽しくて仕方がないのだ。
バカが。
「事情が……あります」
知らんわ!
「その事情は、我がラーヴェ王国に関するものですか?」
黙ってしまった第三王女殿下に、ため息をつきたくなるも、ぐっとこらえる。
「リトス王家は、カプラ大公子息が身分を偽りラーヴェ王国に留学している、その理由をご存じということでいいですか?」
僕が最初に聞きたかった質問ってこれなんだけど、微妙に話題を逸らされたからな。
「……はい。リューゲン第一王子殿下もご存じのように、あの者は両親の行いで、正当な評価を受けていません。そのことであの者は幼少期から悲惨な目に遭っておりました」
だから? と思う。
大公夫妻の子息として生まれた時点で、成長すればそんな目に遭うことだってあると、予想ぐらいできただろう?
可哀想だと思うなら、そんな目に遭わない不幸な子供が生まれないようにするか、生まれた時点で大公夫妻から取り上げてどこかに養子に出すべきだったんだよ。
リトス王家では引き取るのは、それこそカプラ大公の二の舞になりかねないって警戒もあるだろうから無理だろうけれど、それこそヴァッハのように、他国の貴族夫妻の実子として引き取ってもらえばよかったのだ。
「あの者はこちら……ラーヴェ王国に移住しようと思っているはずです」
正当な評価をしてもらえないというソーニョに対して、お気の毒だと思う。
だからって、おめーの親と因縁がある貴婦人が王妃を務めてる国で、婿入り先を探すんじゃねー!! 他の国でやれ他の国で!
「自分の親が貶めた瑕疵をつけた女性が王妃である国に、ですか」
「……甘えが、あるのかと」
「元リトス王国の公爵令嬢であり、自分の親との遠縁でもある方が王妃である国なら、自分の後ろ盾になってくれるかもしれないと?」
図々しいと言外に漏らすと、第三王女殿下はゆっくりと頷いた。
「そういったところが小賢しいのです」
ソーニョのことだよね?
「あの者が不遇な立場であることは、リトス王家の怠慢であることは事実です。王家の人間の誰もが、あの者に関わることを拒否しました。手を差し伸べなかったわけではないのです。えぇ、あの者が幼少期の頃は、親として至らない大公夫妻に代わり、王家から人員を手配し手厚く保護していたのは王家です」
そこで一度話を切った第三王女殿下は、何かを思い出したのか、きつく目をつぶり、小さく息を吐きだした。
「カプラ大公夫妻とあの者は、親子ではあるけれど別の人間。あの醜聞において、非難すべきはカプラ大公夫妻であって、子であるあの者ではない。そんなことはみなわかっているのです。しかし、やはり一部の人間は、どうしてもあの親の子だからと、重ねて見てしまう。特に大公夫妻の至らなさに被害を受けたものなどは、混同視してしまいます。王妃殿下はそのことに、大変お心を痛めていました」
親の因果が子に報いって、典型的な例だな。
「ですから、王妃殿下はあの者を思いやり、足りないものを補う手配をし、不自由がないかとお声をかけ……。なのにあの者は、王妃殿下からのそのご高配を踏みにじったのです」
僕らに向ける第三王女殿下の瞳には憎しみが宿っていた。
「殿下がたはあの者と接したことはありませんか?」
「ありませんね。そもそも進級コースが違います」
「そうですか。あの者は人の心の中に入るのがとても上手いのです。警戒心を抱かせることなく信用させることに長けています」
そういや、テオも似たようなことを言っていたな。
「そうやってあの者に心酔した者は、みな口を揃えて、自分を理解してくれるのはあの者だけだというのです」
言いながらも第三王女殿下は、そのこと自体を嘲るように見えた。





