10 新たな留学生の噂
ヒルトの男前っぷりに、イヴが目をキラキラさせてしまった。
しょぼんとする僕を見たネーベルが、やれやれって感じでイヴに声をかける。
「イヴ、ヒルトがそばにいるから、襲撃があってもある程度は大丈夫だと思ってくれていい。けれどこの話を聞いた以上、自覚して行動してくれ」
「え、あ、うん。狙われるかもしれないってことで良い?」
「学園内だけじゃなく寮でもな」
「大袈裟って言っちゃダメなのよね?」
イヴの言葉に、僕ら全員が頷く。
「怖がらせちゃうかもしれないから、あんまり言いたくないんだけれど、プロは女子寮だろうとどこだろうと普通に侵入できるからね」
「私、相部屋なの。同室の子は男爵家の子なんだけど、それでも気を付けておいた方が良いのね? どんなこと気を付けたほうがいい?」
「同室の子がどんな子は知らないけれど、普通は人の私物を黙っていじったりすることはしないと思うんだ。だから、持ち物の場所。動かされた形跡なんかがあったら用心して」
「机の上に置いてある物だけではなく、クローゼットの中にしまってあるものもたまに見て確認した方が良いな」
「わかったわ。セリーナ……、同室の子にも何か言っておいた方が良い?」
「無駄に怖がらせる必要はない。ただイヴが身の回りを警戒していることに何か言ってきたら、私の傍にいるから念のための用心だと言っておけばいいんじゃないか?」
イヴはヒルトの傘下に入ってるっていう体だからね。
「でも、イヴ。相部屋なんだね? てっきり一人部屋だと思ってた」
「姉妹がいる子とか、爵位が低い子、伯爵家でも次女とか三女の場合は、大体相部屋よ? あとは姉妹で同じ部屋を使うとかあるけれど……」
わかってる。イヴはアンジェリカとの同室は絶対に嫌だと言ったのだろう。
わだかまりは今はもう、あったとしても少ししかないだろうけれど、それでもいろいろあったから、一緒は嫌なんだろうな。
それにイヴのことだから、アンジェリカと同室になるぐらいなら、平民寮に戻るって言いかねないよ。
こればっかりは、どうしようもないもん。
「それにね。確か留学生が来るって聞いたわよ」
え? この時期に?
「急遽決まったんだって、同室の子が言ってた」
「そうですね。かなり高位の貴族だと思います。高位貴族用の部屋を準備するそうです」
ヒルトもイヴの言葉に同意する。
「高位貴族の留学……。女子寮で準備が始まってるってことは、来るのは女子」
「ですね。どこの科に入るかはわかりませんが……、おそらく領地経営科ではないでしょうか?」
ヒルトの説明に僕もそう思う。
他国の高位貴族が女子であろうと留学してくるってことは、自分の国とは違う国のやり方を学びたいって言う意思があるからだ。
だとすると、考えられるのは領地経営科でしかない。
「話、聞いてないなぁ。オティーリエやヘレーネ嬢も何も言ってなかったし」
う~ん、と腕を組んで頭を悩ます。
「ねぇ、アルベルト様」
「なに?」
「関係ない話なんだけれど、ヘレーネ様のことも、嬢は取ってあげて」
「へ?」
本当に、いきなり話が飛んだぞ? どうした?
「ヘレーネ様はあまりそういうこと気にしない方なんだけれど、アンジェリカのことも、名前で呼んで、嬢も付けてないでしょう?」
そうだね。アンジェリカの名前の件は、他意はないよ、本人から言われたから名前で呼ぶようにしたよって、ちゃんとイヴに説明したからね。
「余計なお世話だと思うんだけれど、本人に確認してからでいいから、その……、嬢付けはやめてあげてほしいの。ヘレーネ様だけ嬢付けなのは疎外感もつと思う」
ほらあー、やっぱりイヴって優しいんだよ。そういう気遣いできちゃうんだもん!
「わかった。明日、本人に聞いてみる」
僕の返事にイヴはほっとした顔をする。
「話、脱線させてごめんなさい」
「いいよ。ついでに留学生の話聞いてるかどうか確認するしね」
「アル。留学生と言えば、レオナルド・ソーニョの件はどうなったんだ?」
「リトス王国には連絡済み。去年の夏の長期休暇明け後にも、ソーニョからなんにも言ってこなかったでしょう? だから、外務大臣の方から、リトス王国に連絡入れたみたいなんだよね」
「で?」
「向こうからは調べますって返事がきたらしい」
調べますじゃねーのよ。こっちにいるんだけど、どーなってんのって話なのよ。
これは冬の長期休暇の間、宰相閣下と王妃様、それからイジーと四人でお茶会しながら訊いた話なんだけど、向こうも知りませんでしたって感じっぽい。
「ウイス教にリトス王国。なんだか問題ばっかり起きてるな。そういやリトス王国の国教ってシュッツ神道なのか?」
「うん、リトス王国はシュッツ神道。王妃殿下がラーヴェ王国に嫁入りするのに改宗しないで済んだのは良かったって言ってたんだよね」
「ってことは……、リトス王家自体は、ウイス教と絡んでないと見ていいのか?」
「うん? たぶん? どうして?」
「リトスはイグナーツ様を次の国王にしたいんだろう? もしそこでウイス教と手を組んでたらややこしくなると思ったんだ」
「それな」
その考えは、僕も少し考えた。
でもラーヴェ王国の周辺諸国は、昔から土地に根付いているシュッツ神道を信仰している国が多いんだ。
おじい様の話によると、ラーヴェ王国が国教を定めていないのは、前の国の時に何かがあったかららしい。
前身だった国のことって……、あ、もしかしたら、シルバードラゴンなら何か知ってるかも。
ただな~、国教のことを聞いても、国教自体をシルバードラゴンに理解できるかって言ったら、無理なんじゃね? と思わずにはいられない。
あぁいう存在って、俗世のことには疎いからなぁ。
だって自分が記憶を持って生まれ変わったから、人も以前の記憶を持って生まれるって思ってたんだもんね。





