07 どこまで話せばいいのだろう?
イヴに隠し事、というか話してないことは、たくさんある。
オティーリエが言っていた小説の話とか、転生者であることとか、女神の話だとか。
僕のこと知ってもらいたいから、いつかはちゃんと説明したいって思ってるし、すると決めてる。
でも今はさぁ、なんかごちゃごちゃしてるし、できれば、このごたごたが全部片付いて落ち着けたら、僕の話をちゃんとしたい。
美術館に併設されているカフェに入って、四人掛けの席に案内してもらってから、僕はみんなを前にして口を開く。
「はい、本日のお悩み相談は」
「お悩み相談……」
イヴの何とも言えない呟きに、ネーベルとヒルトが何も言うなと言わんばかりに首を横に振る。
「淑女科のオクタヴィア・ギーア嬢に関してです」
僕がそう言った途端、ネーベルだけじゃなく、ヒルトもあぁっそれかぁって顔をする。
そう、それなんですよ。
「アルベルト様に付きまとってるのよね?」
「僕にというよりも、『王子殿下』にって感じだよね。あと、オティーリエ」
「オティーリエ様……」
ついでにネーベルにはその日のうちに報告したんだけれど、オクタヴィア・ギーア嬢と一緒にウイス教の人から、僕とイジーに聖女の小間使いをやれと言われたことも話す。
「……王族をなんだと思っているんですか?」
「なんだかおかしな話」
目を据わらせているヒルトに、イヴもうんうんと頷きながらこぼす。
「どうして、アルベルト様達に世話係をさせるって、言い出したのかしら? いくら教会が治外法権であったとしても、それって教会の内部のこととか、ウイス教の関係者だけの話よね? ラーヴェ王国の、しかも王族に命令できる立場じゃないでしょう?」
「ウイス教の人たちは、命令って認識じゃないんだよ」
「命令じゃない? じゃあ、なおさらそんな図々しいこと言えないんじゃないの?」
「図々しいことでもないと思ってるんだなぁ、これが」
「なに、それ。意味が分からない」
「ウイス教の聖職者たちは、オクタヴィア・ギーアを国賓扱いしろって言いたかったんだろう」
ネーベルは、もうオクタヴィア・ギーア嬢に対して、敬称をつける気がないらしい。
「国賓って……。できるの?」
「微妙な話だな」
ヒルトの呟きに僕も同意する。
「そうなんだよねぇ。長期滞在する要人を国賓扱いするのは、無理。だって滞在費、国で持つんだもの。国民の皆様が納めてくれた税金が使われるんだよ?」
「あっ!」
思わずと言った様子でイヴは声を漏らす。
「国賓扱いの場合は、護衛配置も念頭に入れられる。護衛騎士団だけでなく、軍部も動かすことになるかもしれない」
この辺のことは、僕よりヒルトの方が詳しいなぁ。
そうなんだよねぇ。王宮に滞在なら、身の回りを護衛騎士、滞在している場所を軍部の部隊で警護って形になると思うんだよね。
「だから、国賓として扱う場合、短期での滞在でないとだめだね」
「そうね‥‥」
国賓扱いだったなら、一週間とか、それぐらいなら、まぁ、ぎりぎり許可できる。
けれど。オクタヴィア・ギーア嬢は一週間どころの滞在じゃない。
「ウイス教の司祭が言うには、オクタヴィア・ギーア嬢は聖女に認定された。けれど聖女として従事するのは学園を卒業してからなんだって。つまりね、オクタヴィア・ギーア嬢は聖女としてではなく、勉学を学ぶためにラーヴェ王国の王立学園に留学しているってことになるね」
「でも、彼女。ラーヴェ王国民なのよね?」
うわ、鋭いところをついてきたぞぉ……。
ここは素直に話すか。
「あのね、イヴ。今から話すことは、僕ら以外の前で、絶対に話さないって約束してくれる?」
「え? うん。大事な話?」
「ちょっと機密的な話」
機密と聞いてイヴの表情から、柔らかい雰囲気が消える。
「……私に話していいの?」
「信用するから話すよ。だから、約束」
もう一度言うと、イヴは小さく頷く。
「うん、わかった」
イヴの返事を聞いて、僕は告げた。
「ラーヴェ王国に、オクタヴィア・ギーア男爵令嬢は存在しない」
僕の言葉にイヴはあんぐりと口を開け、両手で自分の口を押える。
動揺しながらも、大きな声で訊ねてはいけないと理解しているのだろう。イヴは声を潜めながら言った。
「ど、どういうこと?」
「最初から話すと長くなっちゃうから、要点だけ話すね? まず、ラーヴェ王国にギーア男爵家は存在する。だけど、このギーア男爵家には令嬢はいないんだよ」
「じゃぁ、あの子はいったい何なのよ? ちゃんといるじゃない。王立学園に通ってるってことは、書類だってちゃんと提出してあるってことでしょう?」
「そう、そこだよ」
貴族籍にオクタヴィア・ギーアの名前はないんだ。
でもギーア男爵は自分の娘として、上学部からオクタヴィア・ギーア嬢を進学させている。書類も、ギーア男爵家の長女で提出されているんだ。
正体不明のオクタヴィア・ギーア嬢。
「か、家族はどうなの? ギーア男爵家は?」
「ギーア男爵家の人たちはね、自分の娘、そして妹として、オクタヴィア・ギーア嬢がいると認識しているんだ」
「そ、そんなことできるの?」
「おかしいよねぇ?」
「おかしいどころの話じゃないわよ、そんな話……。魔術か何かで? いえ、魔術だってそんなの聞いたことない」
「魔術でもできないねぇ。ただね、人の心を操る現象は、イヴも覚えがあるよね?」
僕の言葉にはっとして顔を上げる。
「……アンジェリカ」
イヴは異母姉のアンジェリカに、複雑な感情を抱いてると思う。
口では嫌いだと言っているけれど、イヴの性格を考えると、本当に嫌いだって思っていたなら、あんな風に怒ったりしないはずだよ。
視界に入れたくない。関わり合いたくない。と思うだろうし、その通りに行動するはずだ。
でも、イヴはアンジェリカを無視することはなかった。
自分が持てないモノを持っているアンジェリカを羨ましがった。持てないモノを存分に利用していないアンジェリカに腹を立てた。
アンジェリカが強かな性格であったなら、イヴはきっと、羨む気持ちはあったかもしれなかったけれど、アンジェリカと仲良くして行けたと思うんだよね。