112 冬の長期休暇明け
さて、僕の『年始会食キャンセル作戦』がどうなったかというと、イジーに話をした翌々日に、宮中大臣の訪問があった。
「第一王子殿下は最近お身体の調子がお悪いようですね。大事をとってゆっくりお休みになることをお勧めします。年始の行事は挨拶だけで、会食はキャンセルできますがどうされますか?」
だってー! そりゃぁキャンセルするに決まってるじゃないかー。
よっぽど僕に痛いところを突かれたくないと見た。
それからイジーはあの話を王妃様にもしたようで、要約すると『本来の目的を回避するために、ダミーの計画を相手側に流す手腕は素晴らしいです。でも、もう少し刺激をしない方法を選びましょう』というお手紙が来た。
サーセン。『以後気を付けます』の手紙を返信した。
イジーには面倒なことを頼んでしまったし、だから、ほんと、もうめちゃくちゃ嫌だけど、イジーの手合わせに付き合うことにした。
やっぱりどうあっても、バルディッシュや模擬の長棒を人に向けたくないから、イジーの打ち込みを受けたり躱したりする手合わせね。
イジーは僕から、持ってる長棒を落とさせるか、体力切れさせてへばるまで。
いやー、体力はイジーの方があるからなぁ。って思ってたらフェアヴァルターに、わざと体力ないふりをするのは禁止と言われてしまった。
も~わかってるよー。そんなずるはしないって。ちゃんと、イジーのご要望にはお付き合いしますよーっだ。
そうして冬の長期休暇が終わって、学園都市に戻ると、今度は毎年恒例の剣術大会がある。
ヒルトは淑女科に進級したし、今年は出場しないのかな?と思ったら出るそうだ。
「いいの?」
ネーベルに確認したら、なんでそう言われるのかわからんって顔をされてしまった。
「なにが?」
「だってヒルト淑女科に進んだでしょう?」
「ヒルトが淑女科に進んだのは、アルの奥さんのサポートをするためだって言っただろう?」
「うん、だけどさぁ、周囲からいろいろ言われそうじゃない?」
「言わせておけばいい。ヒルトが結婚相手を募集中だったなら、確かに剣術大会に出るのはいろいろ問題があるかもしれないけれど、成人したら俺と結婚して、アルと一緒にフルフトバールに行くんだぞ?」
「うん」
「剣術大会で優勝できない人間が、アルやアルの嫁さんを守るなんて大口たたくなって、逆に言われる」
それ言ったらさぁ、なんでネーベルじゃなく女のヒルトが出るんだってことになるじゃん。
「衆人の目を引くのはな、ヒルトの方が良いんだ。ヒルトは美人で奇麗で、存在感があって華やかだ。そこに立ってるだけで注目されるだろう?」
「うん」
のろけか?
「ヒルトがそうやって引き付けてくれれば、俺が裏で動きやすくなる」
のろけじゃなかった!
ネーベルとヒルトは最強物騒夫婦になる!
まぁ、でも確かにヒルトにはネーベルがいるし、淑女科なのに剣術大会に出場するとは!って言われても、痛くもかゆくもないだろう。
成人して社交界に出たとしても、おそらくこのことは嫌味とか侮蔑的な意味合いで語られるのではなく……、その逆になると思うよ?
だってヒルト、フランス革命で活躍した男装の麗人のあの人みたいなんだもーん! しかもさー、ネーベルって元は男爵家の庶子で、使用人扱いされてたわけでしょう? もうまんま、あの二人みたいじゃんかー!! まぁ、ヒルトは最初からネーベルのこと意識してくれたから、あの二人みたいな悲恋にはならんのだけど。
そしてヒルトの女生徒からの人気の高さよ!
夜会でヒルトの悪口言ったらご婦人やご令嬢から顰蹙買うぞ。
剣術大会にはテオやイジーはもちろん出るけれど、なんと、ヴァッハも出るらしい。
と、言うのもヴァッハの出場は、テオからの要請だったそうだ。
何でも騎士科のクラスで、テオとヴァッハはひと騒動起こしたらしい。この辺はヴァッハから泣きつかれて話を聞いたんだよね。
ほら、前に僕の学力テスト不正疑惑冤罪事件が起きた時に、何があったかテオに説明したことがあったじゃない? その話の流れで、ヴァッハが言ってることは矛盾してる、あいつ本当に信用できるのかって、僕に言ってきた話ね?
テオはあのあと自分で納得する方法を見つけると言ってたけど、それがこの剣術大会の出場なんだそうだ。
オティーリエとの親族っていうと、僕よりもテオの方が近いわけだし、その件でヴァッハに『大事な従兄妹に近づくお前、怪しーんだよ、勝負しろって』ってことを持ち出して、それが剣術大会の出場に繋がるらしい。
その騒ぎを教室でやったそうなんだけどね、いつもはそんなことが起きた時、ソーニョがやんわりと仲裁してくるんだけど、今回はなかったらしいんだよ。
テオの話によると、ソーニョってテオのことも避けてるみたい。
その避け方は、あからさまにって感じじゃないそうだ。
誰かにテオへの伝言なんかを頼まれたりした場合、嫌がるそぶりもなく、そしてちゃんと伝言をしてくれる。テオから声をかけた場合も、愛想よく対応してくれる。
でも、ソーニョからテオに近づくことがない。避けていると言ったら確かに避けているのだけど、それを周囲に気づかせない避け方なのだそうだ。
そして今回も、そんな感じだったそうだ。
クラスで揉め事があった場合、ソーニョは率先して仲裁に入るのだそうだ。
なのに今回、テオとヴァッハの諍いに、困ったような顔をするだけで、なにも口出ししなかったらしい。
これはもう、テオとなるべく接触したくないと言うのがわかるってもんだ。
そしてヴァッハには折を見てソーニョから離れるように言っておいたので、このテオとの諍いをダシにして、ヴァッハはソーニョに『もう、お前の言うことは聞かない』と言ったそうだ。
相手はヴァッハの出自云々を持ち出して引き留めてきたそうだ。
だけど、テオに突っかかられたときに、仲裁に入って手助けしてくれなかったソーニョは信用できない。出自のことをリトス王家に告げ口したければ告げ口すればいい。書類上、自分はヴァッハ家の長子になっている。自分がリトスの先王陛下の子供であると認めさせるのは、先王陛下に話を通す必要がある。それをお前ができるのか?と、逆に言い返したそうだ。
まぁ、そこまで言ったら、慎重派のソーニョは早々にヴァッハを切るしかないだろうね。
ソーニョの企みを知らないことになってるヴァッハだけれど、ソーニョはもしかしたら、ヴァッハをつけ狙うかもしれないからな。シルトとランツェにお願いして、一時的に、アッテンテータにヴァッハを見張らせて、襲撃があったら襲撃者の確保をお願いしておいた。
おそらくそんな物騒なことにはならんと思うんだよね。
だってソーニョ、リトス王家にも黙って留学しているし、親が親だから使える駒も少ないはずだもん。





