107 好きな子のピンチを助けるヒーローになりたい
見てはいけないものではないけれど、ちょっと困ってしまうものを見て、途方に暮れる。
でもここで僕が、この関係に首を突っ込むのは、よくないんだよねぇ? しない方が良いと思うんだ。
消極的な対応だと言われそうなんだけど、そうじゃなくってさ。
この手のことに下手に首突っ込むと、余計にややこしくなるんだよ。
何もしなければ収まるべきところに収まるはずなのに、訳知り顔で『〇〇のためと思って!』って言って手や口を出すとね、絶対に大事になって、隠してたことが周知されちゃうんだよ。
それから僕、この手のことで『〇〇のために』って言ってくる奴の大半は、その人のためじゃなくって自分のためだと思ってる。
善意だからって鵜呑みにすんなよ。
だってこれが自分のことだったら、僕はぞっとするよ。『貴方のため』って言って、僕の好きな相手や婚約者との関係に、あれこれ口出してくるんだよ?
僕は嫌だと思うね。余計なお世話だよ。
僕はイヴに対してのアプローチは、自分で考えて自分で行動したい。
それで振られたとしても、いい想い出になるじゃないか。
そりゃぁ、振られて何度アタックしても見込みがなかったら、悔しいし辛いし、なんでだよーって思うし、なかなか諦めきれない。
でもいつか思うはずだよ。僕が好きだった子、一筋縄じゃ行かなかったなぁって。それで、好きな子のために何かしたことは楽しかったなって、そんな恋にしたいんだよ。
振られて延々と恨むのもあるかもしれないけれど、でも、恋は何度でもできるからね。
前世の頃に流行った歌じゃないけど、もう恋なんてしないなんて言わないよ。
それこそ、『運命の恋人』が見つかるまで頑張りたい。あ、これ、僕のざまぁフラグになっちゃうかな?
「アルベルト様?」
はわっ! この鈴を転がしたような可愛い声は?!
声をした方を見ると、イヴがいた。
わ~!! なになに、今日の僕、運がいいじゃないか。
「ひとりなの? ネーベル様は?」
「ネーベルはクラスの出店の当番だよ。イヴは?」
「私も休憩」
イヴは学食でバゲットサンドを購入していたようだ。持っていた包みを掲げる。
「一緒に食べようよ」
僕が誘うと、イヴは少しためらった様子を見せたけど、すぐ僕の隣に座った。
「ヒルトは一緒じゃなかったの?」
「ヒルトはお家の人が見に来てくれたみたいで、案内しに行ってるわ」
ヒルト、ギュヴィッヒ侯爵令嬢だし、末っ子だからねぇ。きっとご両親だけじゃなくって、兄姉も来てるのかもしれない。
ヴュルテンベルク家、男性陣はヒルトの剣の才能に惚れこんでいて、女性陣は末っ子のお姫様のこと溺愛してるんだよね。
「それに、学園祭なんだから、いい出会い見つけてきなさいって」
ヒルトー! 僕の味方してくれるって言ってたくせに、そーいう事しちゃうのー? やっぱりヒルトはお姉ちゃんだ。
この手のことに関しては、スパルタだ。
「立ち回りを覚えるようにとも言われたわ」
「え?」
「学園祭って非日常っぽい時間でしょう?」
「うん」
「みんな浮かれて、夢の中にいるみたいじゃない?」
「うん」
「こんな時に声をかけてくる相手は、大抵ろくなものじゃないって。そういった相手をうまくかわす練習をしなさいって言われちゃったの」
ヒルト、イヴに対してもスパルタだー!!
「まぁ、私は平民生まれの平民育ちだから、下心ある奴は見抜けるのよ」
そうだね。育った環境も歓楽街っぽい場所だったみたいだしね。
「平民相手だったら潰せばいいだけの話だけど」
どこを?! どこを潰すの?! イヴちゃんがアグレッシブなのは知ってるけれど、そこはもうちょっと控えてほしいかな?
つ、使い物にならなくなったら、男の尊厳が……。性犯罪者相手ならいいか?
「学園に通ってる生徒のほとんどは貴族だから、そんなことできないじゃない?」
「賠償とか出てくるね」
「そうなのよね。だから、周囲を味方につけて、あくまでこっちは被害者ですって感じに持っていくように。それができるようになれって言われたの。貴族には貴族のやり方があるから、やり方を学びなさいって」
そう言ってイヴは僕の方を見る。
「ヒルトから話聞いてる?」
「ん? 何の?」
「……準備期間中の話なんだけど、ちょっと騎士科の先輩に絡まれたのよ」
「え?! どういうこと?!」
聞いてない! そんな話聞いてないよ!!
「準備期間中もごたついてたし、はめを外す生徒も」
「そうじゃなくって、誰? 誰がイヴに絡んだの?」
「し、知らない先輩。大丈夫、その時はヒルトも一緒だったし、上手く追い払ったから」
そーいう問題じゃないんだよなぁ! そりゃ、イヴと僕の関係は、僕の片想いってだけなんだけど、それでも、だよ! 好きな子がそんな危険な目に遭ったのに知らなかったって、何なの僕! 全然頼りがいのある人間じゃない!! このへっぽこ野郎!!
「毎日一緒に帰ってたのに」
「一緒に帰る前の話だもの」
そういう事じゃないんだなぁ~!
あー、いかんいかん! イヴは被害者なんだから、そんなこと言われても困っちゃうよね。
だけど、そう、僕の気持ちがね!
好きな子の一大事に何もできなかった自分の情けなさに腹が立つし、ついでにイヴに絡んだ奴! おめーはなんのつもりでイヴに絡んだ!
アバンチュール目的か?! そんなの休み中に外出てお姐さんに相手してもらえ! タダでいいことができると思うな!
タダより高いものなんかねーんだぞ!!
僕の怒りを察したのか、イヴが気まずそうに話し出す。
「もう終わったことだし。だからっ、そんなに怒らないでよ」
うっ……、くぅ~! 気を使わせてしまった!!
「僕も、ごめん」
だってだって、何もできなくって悔しいんだもん。





