105 安易に夜会で騒ぎを起こすな
男爵令嬢は、何がそんなに気に入らなかったんだろう。
「男爵令嬢が伯爵家の人間だったら、なにか違ってたんでしょうか? 三回も騒ぎは起きなかったのかな?」
「いいえ。きっとさらにもっと酷いことをしていたんじゃないかしら?」
僕の疑問に、おばあ様は怖いことを言う。
だから執着ぅ~。なんでそんなに執着すんだろう。
「同性で同じ歳で、そして本家の伯爵令嬢と分家の男爵令嬢。双方仲のいい関係になるか。それとも憎しみ合うか。片方が片方に一方的に強い感情を持つか……。よくある話よ」
よくある話? 僕の顔を見ておばあ様は苦笑いを浮かべる。
「アルベルト。もしかしたら、貴方と……そしてイグナーツ殿下も、ギーア゠フォルトシュリット伯爵令嬢とギーア男爵令嬢のようになっていた、かもしれない。そんな可能性が全くないとは言い切れないでしょう?」
おばあ様の言葉に、僕は何も言えなくなってしまう。
確かに、僕があのままだったなら、おばあ様の言う通りだった。
持ち上げられて、それが当たり前って感じになって、努力をしてないのに、自分は頑張ってるなんて言い出して、弟のイジーばかり可愛がられ褒められるって捻くれて……。
自分は優秀だって勘違いしながら、努力して頑張ってるイジーを一方的に敵視する、そんな王子様になっていたかもしれない。
「結局のところ、これは本人の性質なのよ。他人に対して羨む気持ちや、嫉妬心を抱いてしまったり、コンプレックスを持ってしまうのは、多かれ少なかれあることだもの。ギーア男爵令嬢はその傾向が強すぎたのよね。たとえ本家分家の立場が逆であったとしても、ギーア男爵令嬢はギーア゠フォルトシュリット伯爵令嬢に対して、執着していたと思うわよ」
それは……、そうなのかなぁ。
「現にね、ギーア男爵令嬢が結婚した相手は、伯爵家の子息だった。そしてギーア゠フォルトシュリット伯爵令嬢の三番目のお相手は子爵令息。容姿だって二番目のお相手の方が優れていたし、伯爵家のご子息なのだからゆくゆくは伯爵となる方なの。立場が下だったのが悔しかったなら、ここで見返せたことになるでしょう? でもギーア男爵令嬢はギーア゠フォルトシュリット伯爵令嬢の三人目のお相手に言い寄ったのよ?」
そして三度目の騒動が起きたと言うわけか。
「運が良かったのは、三番目のお相手がこの手のことに浮つく方ではなかったことね。事情も訊いていたし、自分に言い寄ってくるギーア男爵令嬢の目的が、自分たちの邪魔をすることだとわかっていたから、その都度対処していた。自分の婚姻相手となるギーア゠フォルトシュリット伯爵令嬢にもフォローを入れていた」
「それだと、騒動というほどのことにはならないですよね?」
「騒動が起きたのは、寄親であるビリヒカイト侯爵が寄子家の二家の繋がりを祝福する夜会だったのだよ」
おじい様の話にドキッとしてしまう。
「えぇ……夜会でぇ? しかも寄親の開催する夜会でぇ? やっちゃったんですか?」
いやそうな顔をする僕を見て、おじい様もおばあ様も苦笑いをする。
「やったんだ」
「やってしまったのよ」
それはさぁ……、駄目だよ。そんなの伯爵家と男爵家、それに婚家の伯爵家だけの話じゃなくなっちゃうじゃないか。
ビリヒカイト侯爵家が黙ってないでしょう?
「ちなみに何をしちゃったんです?」
「まず男爵令嬢が伯爵令嬢の婚約者に、今まで自分は伯爵令嬢に虐げられてきた。自分の結婚も伯爵令嬢に嵌められて、好きでもない相手とすることになったと泣きついたの」
それって、大勢の招待客がいる前で、ってことだよね?
「次に男爵令嬢と結婚した伯爵子息が、自分が好きなのは伯爵令嬢だから、男爵令嬢と離婚して元婚約者だった伯爵令嬢と結婚すると宣言したのよ」
うわっ! まじかー。そんなの醜聞じゃなくって、大問題じゃん!
だって三回目の婚約は、寄親である侯爵家が取り持ってるんだよ? それって侯爵家に対して喧嘩売ったことになるじゃん。
「このことはあっという間に広まったそうよ」
そりゃそうだぁ。社交界、足の引っ張り合いだよぉ。そして、ビリヒカイト侯爵家に飛び火しちゃったじゃん。可哀想。
「すでに騒ぎを起こしていた人物たちだったからな。ギーア男爵家とその婚家の伯爵家は、ひたすらビリヒカイト侯爵に頭を下げ、騒ぎを起こした二人をまとめて神殿に出家させた」
「え? それで終わり?」
「公表されているのは、それだけだ」
わぁ~、ってことは、本当は違うんだね! そりゃそうだよ。そこまでされて、出家させておしまいってわけにはいかんでしょうよ。
出家させたってことにして、どこに連れていかれて、何をさせられたのか。一番手っ取り早い方法は、出荷だよねぇ。怖い怖い。
そこまでしなければ、被害に遭ったギーア゠フォルトシュリット伯爵家も、婚約する子爵家も、その二家を繋げようとしたビリヒカイト侯爵家も、怒りが収まらんだろうしね。
「家のお咎めはどうなったんです?」
「ギーア男爵家は分割した領地をギーア゠フォルトシュリット伯爵家に返納した」
もうそれ以外にできる賠償がなかったそうだ。
二度目の婚約相手だった伯爵家の方は、経営していた事業の一つをギーア゠フォルトシュリット伯爵家に無償で譲渡となったそうだ。
「何事にも適度というものがあるのだ。追い詰めすぎるのは良くなかろう?」
そうか、何もかも取り上げたら、無くすものなんてないんだから、もう無敵の人だもん。屋敷に火をつけるぐらいやらかすか。
「確かに、そんなことが起きれば、ギーア男爵家が女子を忌避する家になったのも、仕方のないことなのかもしれないですね」
そんないわくがある家に、突如として存在したオクタヴィア・ギーア嬢。
ヴァッハやソーニョのことは調べが付いたのに、彼女のことだけはまだ何もわからないのだ。
 






