102 まだまだ知らない話がたくさんあった
いや確かに好きな子の話はしたことなかったけど、そっち系の手配はしてくれたじゃないか。
なんの手配かというと、下世話な話になってしまうのだけど、いわゆる性教育だ。
実のところ僕とネーベルは、もうすでに初体験は済ませている。
学園に来る前に二次性徴が来ましてね。それを双子がおじい様に報告したらしくって、おじい様とクレフティゲ老に、王都のお金持ち御用達の最高級娼館に連れていかれましたよ。
お相手してくれたのは、その娼館で一番の売れっ子のお姐さん。計三回ほど手ほどきを受けた。
お姐さんは、僕のお相手が最後の仕事だと言っていたので、思うに僕の相手をすることで、娼館に入る理由となった借金の返済と、娼館を出た後しばらくやっていける支度金を受け取ったのだろう。
これはたぶん、僕がお姐さんに入れ込まないために、最初からおじい様がお店側とお姐さんと取り決めをしてたんだと思う。
初めての相手っていうのは、印象に残るじゃない? それで僕が初めてのお相手に入れ込んだら元も子もねーってことで、この手の教育をプロに頼むことにしたと、おじい様に言われたのだ。
相手も常日頃からそれを商売にしてる人だからね。弁えてるのよ。
んで、お店に行く前に、おじい様から好みの女性のタイプを聞かれてたんだよね。
あの頃は好みのタイプって言われてもピンと来なかったので、だから、母上とは真逆な人にしてくださいってお願いしたのだ。
僕、マザコンではないので、母上みたいな見た目や雰囲気のお姐さんが相手だと、その気になれないから、性に奔放そうで元気のよさそうな人と言ったら、おじい様に微妙な顔をされたのを覚えている。
あ、でも、僕とネーベルは自分のお相手をしてくれたお姐さんが、どんな感じの人だったかは話してないよ。だって気恥ずかしいじゃないか。
だけど、ネーベルの相手のお姐さんが赤毛の人だったことは知ってる。ちらっと見えちゃったんだよね。
あれはさぁ、ネーベルが赤毛の女性が好きなんじゃなくって、ヒルトが赤毛だったから、赤毛の人にしたんだよ。
「そういえばおじい様」
「なんだ?」
「学生時代、前メッケル辺境伯に、おばあ様の件で決闘申し込まれたって本当ですか?」
「ゴホッ!」
「あら?」
ゴボゴホとせき込むおじい様の背中をなでながら、おばあ様はにっこりと笑う。
「テオドーア様からお話を聞いたのかしら?」
「うん、昔テオのおじい様がおばあ様に一目惚れしたって」
「あらあら、実はね。リーゼの婚約で王家から申し出があったときに、とても心配していただいたのよ。仮でいいから、自分のところの息子の一人と婚約をして、王家からの話をお断りしてはどうかとね」
へー。そんな話も出てたんだ? おじい様を見るとなんだか苦々しい顔をしている。
「仮と言いつつ、あやつは、自分の子供をうちに婿入りさせる気満々だったのだ」
母上がおばあ様似だから、自分の夢をお子さんに押し付けちゃったのかな?
「でもねぇ、先代国王陛下は、フルフトバールとメッケルが繋がることは、よく思われていなかったの。国王陛下のお相手として、最有力候補だったのはベッシュッツァー侯爵のご令嬢だったけれど、候補に入れる前から病弱設定を持ち出されて逃げられてしまったでしょう? フルフトバールの娘を王家に入れるのは、いろいろ難しいとわかっているのに、王命まで出して婚約を整えたのは、うちとメッケルの婚姻をさせないようにする意味合いも強かったの」
テオも言ってたな。表立って仲良くできないって。
「武力の集中ですね?」
「そうだな。メッケル北方辺境伯領には、トゥルム山脈がある。あそこの魔獣は不帰の魔獣とはまた質が違う。その魔獣を退けていると言うことは、相当な手練れを確保しているのだ」
つまり先代国王陛下は、『真実の愛』なんて言い出す息子の教育は失敗していたけれど、知略のところはよく考えていたってことか。
おそらくマティルデ様がメッケルに嫁いだのも、先代国王陛下の思惑が働いてのことだったのだろう。
「母上と婚約させようとした相手は、今のメッケル辺境伯じゃないですよね?」
「あぁ、弟御だが……」
「だが?」
「フルフトバールにいる」
「フルフトバールに?」
なんで?!
「深層で魔獣を狩っておる」
どうして?!
前が付くにしてもメッケル辺境伯のご子息を? 今のメッケル辺境伯の弟さんを? フルフトバールで魔獣狩りにさせてるんかい?!
それってありなの?! やっちゃっていいの?!
「出奔してヒンデンブルク籍から抜けたから、メッケルとは無関係だと、ご本人は仰っているのよね」
おばあ様の補足から予想するに、メッケル北方辺境伯の弟さんは、母上と婚約する気でいたのかな?
結局のところ母上は国王陛下と婚約したし、そのあとは側妃に召し上げられたから、メッケル北方辺境伯の弟さんとの話はご破算になったんだろうし……。
あれ? 待って、僕、今、めちゃくちゃ嫌なことに気が付いたぞ?
「母上が側妃として王宮に入った時の護衛騎士は、クリーガー父様だけだったけど、他にもっと候補者がいた?」
僕の呟きに、おばあ様が慌てて、何かを隠すかのように言い募る。
「リーゼの傍には、クリーガーだけではなくってアッテンテータもいたのよ? だからね。そう、それに側妃になる者に、独身の護衛騎士を多くつけるのも問題だったもの」
「……母上の再婚」
クリーガー父様が一騎当千で、大爪熊二十体倒したから、褒美の下賜だったはずだった。
いくら大爪熊が異常繁殖していたからと言って、クリーガー父様が二十体倒す必要があったのか? 側妃であった母上を下賜させる理由であったとしても、やりすぎ……。
「クリーガー父様が大爪熊を狩った時、フルフトバールで何かあった?」
おじい様とおばあ様が僕から顔を背けた。
「大爪熊が大繁殖していたのは本当なのよ? た、ただね。その、リーゼが宿下がりしたとはいえ、国王陛下の側妃でいることは変わらなかったでしょう? 宿下がりの表向きの理由は、気鬱の療養ということだったし」
「国王陛下がリーゼとの離縁の話になかなか頷かなかったのが、よくなかったのだ」
「大型魔獣をたくさん狩ったら、下賜の理由になるのではと、ヘンゼルが言ったら、あっという間に広まってしまって……」
「リーゼを娶りたいと思っている魔獣狩りたちが、大爪熊討伐に向かってしまったのだ」
そ、そんなことが、母上の再婚話の裏側にあったの?!
そういえば、フルフトバールの魔獣狩りって独身の男性が多いって聞いた。理由は何時死ぬかわからん危険な職場だからなんだけど、もしかしてその中には、母上のことが忘れられない人もいた?!
なんてこったい! 母上はふわふわお姫様だと思ってたのに、多くの男性を惹きつける魔性の女だった。





