98 奉納演武はしないといけないらしい
オクタヴィア・ギーア嬢のことはひとまず置いておくとして、神殿の神官さんから、また奉納演武をしてほしいと頼まれたことをみんなに告げた。
「明日、クラスのみんなに伝えるんだけど、どうしようかと思って」
なんかさぁ……、やるのは別にいいんだけど、王子殿下が個別にこういうことやるのって、顰蹙かってしまうような気がするんだよね。
出しゃばり王子とか、依怙贔屓とか、そう思う生徒だっているはずなんだよ。そう考える生徒を刺激したくないんだよ。
ほんと困った。みんなが反対してくれたらきっぱり断ることができるんだけど、って思ってたらなんだか微妙の雰囲気。
「あ、やっぱりよくないよね」
「いえ、ちがいます。やっぱりそうなったか、と。みんなそう思ってるのですよ」
ヒルトがそう言うと、みんながうんうんと頷く。
「あのね、アルベルト君。去年の学園祭で、アルベルト君たちが舞った奉納演武は、来場してた保護者達には、ものすごく評判が良かったのよ。見学した保護者の方々が、他の方にもお話ししたみたいで、当日見れなかった保護者の方々たちはもとより、子供が学園都市に通っていない貴族の方々も、もう見れないのかと問い合わせがあったらしいの」
えぇ~、だって奉納演武って、どこの聖霊祭典でもやってるじゃないかぁ。
「付加価値ですわよ」
ヘッダがにんまりと笑う。
「奉納演武は聖霊祭典で見れますけれど、それを舞うのが、ただでさえ希少の加護持ちであるうえに、しかも第一王子殿下でいらっしゃる。唯の奉納演武ではなくなってしまったというわけですわね。あらあら、まぁまぁ。素敵なお顔をなさってること」
「奉納演武だよ。神聖な儀式でしょ」
神様への奉納なんだからね! 貴賤価値をつけるなっつーの。
「アルベルト様って……、特別扱いが嫌なのね」
イヴの言葉にはっとする。
ざまぁされる王子様って、出来のいい兄弟にコンプレックス持ってる設定もあるけれど、周囲との扱いの差に不満を持ってることもあるんだよね。
それでヒロインだけが垣根なく接してくれて惹かれるっていう……。これはもしやフラグ?! ざまぁフラグか?!
もしや今、僕とイヴにざまぁフラグがたってるのか?!
いや、でも! イヴは別に垣根なくって感じじゃないのだよ!
イヴの場合は完璧とまではいかないけれど、及第点を貰えるぐらいにはできるし、口調が砕けているのは、気心知れた仲間内だからそれでいいと、僕を含めてみんなが言ったからだ。
他の人がいるところでは、僕に対してだけではなく、ほかのメンバーにもちゃんとした言葉遣いをしてるからね。
「アルベルト様?」
考え込んでしまった僕にイヴが声をかける。
「え? あ、いや、王族に生まれたんだから、誰かから特別扱いされても、それは仕方がないことだなぁとは思うんだよ。ただね、それと神事は違うから。神事に俗物的なことを入れたらだめなんだよ」
この世界……ラーヴェ王国は、日本と違って、王家は神様の末裔ではない。なんせ王朝が変わっているわけだしさ。
その代わり、さかのぼれば英雄の子孫で、その英雄は複数の神様のお気に入りだったって言うのは、文献とか歴史書に残ってる。
たぶん他のところに比べれば、直系の人間は比較的加護持ちが多くいるのかも。
僕の場合は、王家だからってわけじゃなく、ヴィント神に印付けされてる初代マルコシアス当主の魂の持ち主って言うのもあるけどね。
「俗物って……。アルベルト様は王族なのに」
「人間は、神にとっては俗物なんだよ。人の世界は俗世って言うからね。神様にとっては、王族も平民も、等しく俗な生き物なんだ」
僕の言葉にイヴは納得できないって顔をするけれど、むきになって何か言い返してはこなかった。
「あら、アルベルト君って、もしかして……」
このやり取りを見ていたルイーザ先輩が、何かを言おうとして途中でやめてしまう。
「ごめんなさい。そうね、これは声に出してはいけないことだったわ」
え? なに? みんな……特に、ネーベルとヒルト、それからヘッダやテオの様子も、ピリリッとしてる。
「ごめんなさいね、気にしないでって言っても気にしちゃうわよね。余計なことを言ってしまったわ」
でも、ルイーザ先輩は、それ以上話してくれる気配がない。
こんな時、話してくれそうなヘッダを見るけれど、ヘッダも笑顔を張りつけて何も言ってくれる気配なし。
ネーベルを見ても何も言ってくれない。
むむっ。なんだこれは。いや、ここで追及しても、この感じだと誰も教えてくれない。なら作戦変更。忘れたころに聞き出してやる。
なので僕は、深追いすることはしなかった。
翌日クラスのみんなに、昨日ミュッテル先生に呼び出された理由を話したら、クラス長が真剣な表情で言った。
「アルベルト様。ご担当の作業ができ次第、演武の練習をしてください。こちらの模型の方は先輩たちもいますから大丈夫です」
「え、でも」
「アルベルト様」
がしっと両肩を掴まれて、クラス長が顔を近づける。
「神殿の神官からのお話であれば、託宣が下りたんです。無視したら、荒れますよ」
「荒れる?」
「ヴィント神は風の神ですから、暴風が吹き荒れます」
「うそ……」
「嘘じゃありません。以前、僕の領地の方でも、似たようなことがあったんです。うちには大地神であるエルデの神殿があるのですが、領民の娘が毎日エルデの神殿に歌を捧げていたんです」
歌と聞いて、シュヴェルの主神殿で聞いた神歌を思い出してしまう。
「歌は昔から土地に根付いた民謡です。ですが、その娘が神殿に姿を現さなくなってから、作物の発育が悪くなってしまって、一部では壊滅的な状態になってしまったんです」
娘が神殿に通わなくなってから、神官たちにエルデの宣託がおりていたそうだ。
『娘の歌声を聞かせろ』
と、言うものだったらしい。
最初は神官たちも何のことだか分らず放っておいたのだが、作物の実りが悪くなり、一部では壊滅状態になった。それでクラス長の父である領主が神頼みをしに行ったら、エルデ神から再び『娘の歌を聞かせろ』という宣託が下りた。
「うちの領地にある神殿は主神殿じゃないんです。なのにあの騒ぎになって本当に大変だったんですよ。当時僕も幼かったのですがよく覚えてます。シュッツ神道の神からの宣託が下りたなら、それは無視しちゃダメなんです。ちゃんとその通りになさってください」
ものすごい勢いで言われてしまったので、頷くことしかできなかった。
奉納演武、やらなきゃダメかぁ。とほほほ。
 






