91 お片付けは迅速かつ奇麗に
ローレンツ・ヨハン・アインホルンは、最後まで僕に頭を下げることはしなかった。
根性あるじゃん。
まぁ、どのみちもうすぐ最果ての門を潜る人間だからな。好きにしろや。
それはそれとして、アインホルン公爵家には当然責任を取ってもらうことになった。
こればっかりは仕方がない。
前もってオティーリエからはローレンツ・ヨハン・アインホルンを始末するために、僕に迷惑をかけてしまうと言われていたけれど、だからといって、それでアインホルン家門に何もしないわけにはいかないのだ。
これもまぁ、王侯貴族の面子という奴である。
もともと僕はオティーリエのことがあった時に、アインホルン公爵に次はないと言ってたんだからね。
アインホルン家の人間が、次にまた僕に喧嘩売ってきたら、次代のフルフトバール侯爵として報復措置をとらせていただきますって。
ここで王家の人間として、と言わなかった僕を褒めてほしい。そっちだったら、もっと大ごとになる。
アインホルンが王権簒奪を狙ったのか!ってことにならないようにするために、フルフトバールとアインホルンの問題に持って行ったんだからさぁ。
今回、前もってオティーリエから話を聞かされていたから、その時にすでにことが起きた後の報復措置の話も済ませている。
そんなわけで、フルフトバール侯爵からの報復措置は、数年間の魔石の供給停止だ。
この世界の魔石って言うのは、いわゆる石油とかレアメタルのような天然資源と同じ扱いだと思っていい。
そしてこのラーヴェ王国の魔石産出の60%を担っているのがフルフトバールなのだ。あとの30%が他の領地からので、10%が他国からの輸入となっている。
それだけ不帰の樹海からの魔獣出現率がえぐいんだって。
魔獣は各地域に点在してるけれど、出現と被害率が多いのは、やはり不帰の樹海があるフルフトバールの地だ。
アインホルンはメッケル北方辺境伯にマティルデ様がお嫁入しているから、フルフトバールから魔石供給が止められても、そっちから必要最低限は引っ張ってくることができる。
なので、この辺が妥当では? と話し合って決められた。
数年間とはっきりと年数を定めなかったのも、措置を早めに切り上げるための布石で、何事もなければ一年ほどで解除ということにしている。
これはねー、オティーリエの弟で、最後のアインホルン公子であるマルクス・ヴィム・アインホルンのことが残ってるからだ。
彼が上の兄同様のことを仕出かせば、フルフトバールからの魔石供給停止の期間が長くなる。
マルクス・ヴィム・アインホルンには、今回の出来事をすべて話してあるので、あとは彼次第だ。
どうか、兄たちのようにバカなことは考えてませんように。
そしてやらかしたローレンツ・ヨハン・アインホルン公子を領地に連れていくために、オティーリエは一時的に王立学園を休むことになった。
お目付け役でアインホルン領地まで同行するのだ。
わざわざ一緒に行かなくったってと思うんだけど、オティーリエは『そんなわけにはいきません』ときっぱりと言い切った。
本当に覚悟完了しちゃったんだなぁって思う。
オティーリエがローレンツ・ヨハン・アインホルンを連れてアインホルン領に戻る途中、二人を乗せた馬車は、野盗に襲撃された。
オティーリエは多少の怪我を負ったものの無事救出され、御付きの護衛たちも軽傷は負ったが全員無事。
無事でなかったのは、領地に蟄居予定だったローレンツ・ヨハン・アインホルンだ。
野盗に襲撃され恐慌状態になった彼は、馬車から飛び出し、森の中へ逃げ出し、魔獣に襲われた。
魔獣によって無残に食い荒らされた遺体は、見るに堪えない状態だったそうで、領地に到着してすぐに埋葬されたそうだ。
……貴族、おっかなーい。
まぁ、アインホルンとしてはやらかした人間をいつまでも後生大事に匿ってるわけにはいかんからな。
最愛の妹に見送られながら最果ての門を潜ったんだから、ローレンツ・ヨハン・アインホルンとしてはこれ以上ない喜びでしょう。
ローレンツ・ヨハン・アインホルンの葬儀は身内のみで行われた。
遺体の破損が激しかったのと、いくら涼しくなってるといえども、何日も埋葬しないでおくにはいかない季節だからね。
この世界は、ほら、土葬だから。
もう埋葬するって決まっている遺体に、腐敗処置をする意味はないから、早目の葬儀、早目の埋葬となったわけだ。
棺の中にある遺体が、魔獣に食い荒らされたのではなく、明らかに人の手で命を奪われた状態であると確認されることを恐れたわけではない。
ないったらない。そんなことはないのだ。
ローレンツ・ヨハン・アインホルンは、間違いなく魔獣に襲われ、それは同行していたオティーリエと御付きの護衛騎士も確認している。
そして領地にいたアインホルン公爵夫妻も、運ばれた遺体を確認したのだ。
ローレンツ・ヨハン・アインホルンの死因は、野盗に襲撃され森の中に逃げて魔獣に食い荒らされた。
不幸と事故が折り重なった出来事だったのだ。
オティーリエは次兄の葬儀と埋葬をすませて、一か月ほど休んでから、学園都市に戻ってきた。
保護者にはアインホルン学長は、王子殿下に不敬を行いすぎたので懲戒免職と通達したけれど、王立学園の生徒には、病気療養のため辞任して領地に帰ることになったと説明してある。
そしてその付き添いでオティーリエも一緒に領地に戻る途中に、不幸な事故に遭遇してしまったということだ。
戻ってきたオティーリエは、寄子家のご令嬢たちに慰められていた。
兄が不幸な事故に遭って亡くなって、もちろんその時オティーリエも同行して大変な目に遭ったわけだから、そりゃーアインホルン公爵家の寄子家のご令嬢たちは、主家の姫君であるオティーリエを気遣うだろう。
オティーリエも、痛ましそうな顔をし、悲しんだ様子を見せながらも、亡くなった兄のためにも立派な女公になると言っていた。
貴族こえ~。