90 頭が高い。跪け。這い蹲れ。平伏しろ。
ローレンツ・ヨハン・アインホルン公子は、公爵家の次子で継承権を持っている公子という立場を顧みても、『知らなかった』と軽々しく発言できない。いや、できないのではなく、してはいけないのだ。
公爵家の次子として、そして継承権を持つ公子として生を受けた以上、ローレンツ・ヨハン・アインホルン公子にはその立場に見合った責任が発生するのだ。
アインホルン家の人間が王族に対して行った謗り行為を『知らなかった』と言ってはいけない。
しかも正当な継嗣が寝所の住人になっている以上、本来なら、スペアであった彼が次の継嗣として準備をしなければいけない。
過去にオティーリエが僕にしたことは、確かに子供がしたことだからと大目に見て許された。
僕も一回手打ちとなったそのことに、今更とやかく言うつもりはない。
だけどアインホルン家の人間として、一回ペナルティーを貰ったことは忘れてはいけないのだ。
「一度警告を出してるのですから、今回のアインホルン公子の愚行に目をつぶることはしませんよ。僕の後見人であるおじい様、フルフトバール侯爵はアインホルン家に報復措置を行います」
僕がそう告げるとアインホルン公子は目を見開いて固まってしまう。
この様子から見ると、そうなる予想をしていなかったと見ていいだろう。
なんだこれは、スペアの割には、昔のオティーリエ同様、何の教育も受けてないみたいだ。
「ほ、報復……」
「想像してなかったような口調ですね。されないと思ったんですか?」
「だって、そこまでされることじゃ……」
バカかおめー。いい大人がこれだけのことをしておいて、『そこまでされることじゃ』で済むかボケが! ふざけんなよ。
「今までの相手は、貴方の『そこまでされることじゃない』が通って、何のお咎めもなく、もみ消すことができたのでしょうね。だってアインホルン家よりも上の貴族なんていないでしょう? 文句を言いたくても公爵家に喧嘩を売る権力も財力も武力もない。ついでに公爵家よりも下位の貴族は、身分的に文句は言えないじゃないですか。だから泣き寝入りするしかない」
僕に対してやったことほどじゃなくても、オティーリエがらみで、似たようなことを他の貴族の子供にやってたじゃないか?
オティーリエの同世代の公爵家の子供はヘッダだけだし、そのほかの侯爵家はヒルトとヘレーネ嬢。
宰相閣下であるビリヒカイト侯爵には、僕らと同世代の子供は養子に取ったリュディガーだけしかいない。
伯爵家以下の相手なら、まーアインホルン公子がやらかしても、口止め料と慰謝料払って握りつぶせる。
貴族ならそれで終了だ。
「しかし僕は王族です。泣き寝入りなんてしませんよ」
対魔獣のエキスパートであるフルフトバール軍が動かなくても、マルコシアス家に忠誠を誓ってる暗部組織のアッテンテータは動くで?
次期当主を害したんだからな。
「僕は貴方よりも上の立場ですし? だから今まで貴方が僕にやらかしたことをなかったことにはしません。しっかり落とし前をつけてもらいます。でもここまで愚かなことを仕出かして、全く反省の色がない貴方に、今回の出来事を収拾する責任能力がないと、僕は判断しました。貴方が仕出かしたなら後始末は、貴方を製造して教育を行った人にしてもらいます」
つまり、おめー個人はなんもできねーって判断したから、おめーを生み出した家門に落とし前をつけてもらうってことだよ。
ことが大きくなって動揺していた様子のアインホルン公子なのだが、僕のあきれ果てた表情に、プライドを傷つけられたのだろう。さっと顔を赤くして喚きだした。
「バ、バカにしてるのかね!」
「そうですね」
間を置かずにそう返すと、ますます怒りを顕わにさせる。
「はぁ?! な、なんて生意気なっ! それが年長者に対しての態度かね?!」
この手の人間は、言い返すことができなくなると、今度は年齢でマウントをとってくるんだよなぁ。
「敬意に値するのであれば、年齢関係なく誠意をもって接しますよ。年長者であろうとも、ローレンツ・ヨハン・アインホルン公子。貴方に向ける敬意など微塵もないでしょう?」
「なんだと!」
なんだとぉじゃないよ。自分がしたことを振り返れば、恥じることはあっても、怒ることなんてできないはずだ。
「貴方は自分が行ったことに対しての理由を説明することもできず、疑問に対しても明確な回答をすることができなかった。それから言い訳さえもお粗末だ。なのに今度は、自分は年上なのだから、おとなしく言うことを聞けですか? なら、僕はこう言いますよ」
自分の立場を理解しろよ。
「公子風情が、上からものを言うとは何様だ」
まっすぐアインホルン公子を見つめると、さっと目を逸らされる。目を逸らしてんじゃねーよ。
「頭が高い」
僕の言葉に、アインホルン公子は顔をこわばらせ、震え、俯く。
「跪け」
ザルツ秘書も、トーア新学長も、名乗っていない女性も、ミュッテル先生も、みんな顔を青くさせたまま俯く。
「這い蹲れ」
ヘッダが俯こうとしたオティーリエの手を掴んで、顔を上げろと無言で促した。
「平伏しろ」
動じないのはネーベルとヘッダとクラウディウスだけか。
「ラーヴェ王国、王位継承権第一位のリューゲン・アルベルト・ア゠イゲル・ファーベルヴェーゼン・ラーヴェに、その空っぽな頭を地に擦り付けて、詫びを入れろ」
そして誰も何も言わず、気まずい空気に包まれる。
継承権は今だけの話で、もうすぐ放棄するけれど、アインホルン公子のようなわからずやへの脅しに使うには、もってこいだな。
はー、疲れる。自分でやっておいてなんだけど、こういうの柄じゃないよー。





