89 ごめんなさいで済む問題ではなくなっている
ヘッダの指摘に、アインホルン公子はなんでイジーと婚約しているヘッダが、そんなことを持ち出してくるんだと言いたそうな顔をした。
「イグナーツ殿下は君と婚約をしてるじゃないか」
「そのことが決まったのは、学園都市に来る直前のことですわよ? アインホルン公子はそれよりも前から、アルベルト殿下を目の敵になさっていましたわよねぇ? 同じ王子殿下でありながら、なぜ早くに出会っていたイグナーツ殿下ではなく、アルベルト殿下を敵視なさったのかしら?」
オティーリエとの立場に釣り合いが取れる同世代の男子なら、確かにイジーも同じだった。
あとテオもじゃないか? テオはオティーリエと従兄妹だけど、同世代であとアインホルン家とは親密な付き合いをしている。オティーリエの婿候補としては、僕らよりもテオの方が有力だったはずだよ?
ヘッダの問いかけに、アインホルン公子は戸惑う。
「そ、それは……イグナーツ殿下はオリーに興味がない様子だったし……」
「アルベルト殿下も同じでしてよ?」
「なっ! そんなバカな!」
「なぜ驚かれるのかしら?」
「いや、だって……。オリーに惹かれないなんて、ありえないだろう」
「本当に、先ほどからおかしなことばかり仰いますのね? イグナーツ様がオリー様に興味がないのは当たり前のように納得されているのに、アルベルト殿下がオリー様に興味がないのは信じられない。オリー様じゃありませんけど、矛盾されていると思いますわよ?」
ヘッダの発言にアインホルン公子は目を見開く。
「オリー様と先に顔見せをしていたのはイグナーツ殿下。そのあと親しくなろうとオリー様がイグナーツ殿下に歩み寄られている。にもかかわらずその件に関してアインホルン公子は何も仰ってはいない。アルベルト殿下にはあれこれ理由をつけて文句を仰るのに、なぜでしょう?」
やっぱり僕の態度かな?
イジーは寡黙だけど素直だからね。もし、アインホルン公子から、オティーリエに近づくなと言われたらその通りにするだろうし、泣かすなと言われたら……、言われたらどうするだろう。
イジーって自分の内面を表に出さないけれど、訳の分からない言いがかりを一方的につけられて、おとなしくしてるっていうタイプじゃないはずだよ。なにをするのか僕でも予想できないことがたまにある。
だけどアインホルン公子たちから見ると、御しやすい子供には見える。
「だって……」
なにやら途方に暮れたようにアインホルン公子は呟く
いい大人が『だって』なんて声に出すんじゃない。
「国王陛下が……」
またあのおっさんかい!!
「オリーとリューゲン殿下を婚約させようとしたし」
あれは国王陛下の独断で、もしそういうことになっても、国務会議にかけなきゃいけないから認証されないっつーの。
「それにリューゲン殿下は、成人したら王籍を抜けると」
僕が王籍を抜けることと、オティーリエがどう関係するんだよ。
「リューゲン殿下が王籍を抜けるのは、オリーと結婚するためだろう?」
「なんでそうなるんだよ」
唸るような声を出したら、アインホルン公子とザルツ秘書は震えだし、トーア新学長とその後ろに立っている女性、それからミュッテル先生は顔色を青くさせる。
ヘッダは笑顔を崩さないが内心は焦っているようで、オティーリエも何とか動揺を表には出さないように耐えた様子だ。
微動だにしないのはネーベルとヘッダの執事であるクラウディウスだけ。
ネーベルは僕の片腕だけあって当然だけど、クラウディウス……侮れんな。
いやいや、今はクラウディウスのことじゃなくって、アインホルン公子のとんでも発言だよ。
「僕が王籍から離れるのは、オティーリエと出会う前に決まってます。なのにアインホルン公子は、まるで僕がオティーリエと結婚するために王籍から出て、アインホルンに婿入りするかのように思っていらした。なぜですか? もう『勘違いでした』では済まないところまで来てるんですよ。アインホルン公女は、アインホルン公爵家としての貴方に沙汰を下してますが、それで終わりというわけにはいきませんからね。今度は、アインホルン公爵家に報復措置を下されなければいけないんですよ」
「なぜっ!」
「王族に不敬を働いて、『ごめんなさい』だけで終了ってわけにはいかないでしょう? しかもアインホルン家は、もうすでに一度警告を出されている立場ですよね」
「警告……?」
「アインホルン公女が、国王陛下の元側近たちの流言に惑わされて、意図してはいなかったけれど、同世代との社交で僕の悪評を強めてしまったでしょう? 子供の頃の出来事ですし、悪意あってのことではない。だから謝罪を受けて和解に応じました。しかし王家とフルフトバール侯爵としては、それだけで済ますわけにはいかなかったんですよ」
いわゆる王族、そして高位貴族としての面子だ。
当時オティーリエは子供だったし、原因を突き詰めれば、一番悪かったのは国王陛下の元側近たちだ。そういった事情を加味してマルコシアス家が、アインホルン公爵家に詫びとして何かを要求したこともなければ、報復措置を施すこともしなかった。
そのかわりの、警告だったのだ。
今回は見逃す。けれど次は必ず報復措置を行うと、おじい様はアインホルン公爵に通達した。
公爵家よりも下の侯爵が偉そうにというならば、王族に不敬を働いた公爵家はどうなのだという話になる。
フルフトバール侯爵は、第一王子殿下の後見人だ。いずれ王籍を抜け侯爵となるけれど、今はまだ王族なのだ。
貶めていい相手なわけがない。
そうやって一度警告を出しているのだから、有言実行として今回は報復措置に動くと、おじい様はアインホルン公爵に通達をしていた。





