88 アインホルン公女VSアインホルン公子
一言……、でも最後まで言い切る前に、ズバズバと斬り込んでいくオティーリエの返事に、ザルツ秘書の手助けももらえないアインホルン公子は、どんどん勢いをなくしていく。
オティーリエは『やんのか。おらぁ!』と臨戦態勢で迎え撃つ気満々だ。
「で、でも、オリー。僕はお前がリューゲン殿下と付き合ってると言う話を聞いたんだよ?」
へー、普段の一人称は『僕』なんだ。
それからその情報はさぁ……。
ほんの一瞬強張った表情を見せたオティーリエだけど、すぐさまキツイ……いわゆる悪役令嬢然とした冷笑を浮かべる。
「だから何ですか?」
アインホルン公子はそんな返しが来るとは思わなかったのか、ただひたすらに驚いている。
「そんな根も葉もない噂は、今までだってたくさんありましたし、これからだって出てきます。この手の話題は、あくまでも一時の娯楽と同じです。真に受けてどうするのです」
「ご、娯楽?! オリーをそんなのに巻き込むなんて!」
「お兄様がそれを言いますか? 貴方のわけのわからない八つ当たりの対象にされたアルベルト殿下に、どう詫びを入れるのですか」
「そ、それとこれとは違うだろう? 僕はただリューゲン殿下が大事な妹にちょっかいをかけているみたいだから」
「そんな事実は一度もありません!」
たまらずオティーリエが怒鳴りだした。
「アルベルト殿下は、一度だってそのようなことをわたくしにはしていません!」
「で、でも仲がいいって」
「一番仲がよろしいのは、側近でいらっしゃるヴュルテンベルク家のブリュンヒルト様です!! 同じくハント゠エアフォルク公爵令嬢も、親しくなさっています!!」
「なっ! オリーがいるのに、そんなあっちこっち色目を使ってるのか!」
使ってねーよ。
僕が好きなのはイヴなんだっつーの! 恋人になってお付き合いしたいのも、そこから結婚したいのも、イヴだけなんだっつーの!!
「友人として仲良くしていると言っているだけなのに、なぜそのような考え方をするのですか!!」
オティーリエが勢い余ってバンッとテーブルを叩く。
「アルベルト殿下はいつだって、どの女生徒に対しても、紳士的に対応されています! 誰彼かまわず粉をかけて、女生徒をご自分の周囲に侍らしていることもなさっていません!!」
「そ、そんなの……、わからないじゃないか」
オティーリエの勢いに押され、もごもごと言っているアインホルン公子だが、その様子がさらにオティーリエを苛立たせてしまうようだ。
「ではお兄様はアルベルト殿下の何を知っているのです!! ご自分の思い込みだけではなく、根拠や証拠があったうえで、アルベルト殿下が多くの女性に色目を使っていると仰っているのですよね?!」
本人の目の前で言わないで。
「そ、そんなことは」
「じゃぁ何なのです!!」
もう一度、バンッとテーブルを叩く。
「オリー様」
「仰いたいことはわかっております! 冷静になれ。はしたなく喚くな。そう仰いたいのでしょう?!」
制止を促すようにヘッダに名を呼ばれるが、それでもオティーリエの憤りは収まらないようだ。
「ですが、このわからずやの兄の、意味不明な言動に、どうして冷静になれましょうか?! 友人として親交を深めていれば邪推し、邪推を否定すれば、わたくし以外の女子と仲良くするのは不誠実だと仰る。一体何が言いたいのです!」
それはそうなんだけど……、あれ? アインホルン公子って、オティーリエに近づく相手は誰であろうとも許さないって話じゃなかったっけ?
「ぼ、僕はオリーの兄として、リューゲン殿下がオリーの相手に相応しいかどうかを見極めたくって」
「見極めるも何も、そもそもアルベルト殿下は、そのような気持ちをわたくしにはお持ちではないと、何度も言ってるではありませんか! 一度だって恋のお相手として、わたくしにそのような態度をとっていません! 当然、思わせぶりなことも致してません! アルベルト殿下がわたくしに向ける好意は、あくまでも友人であり、親族としての範囲です!」
何度も同じことを言わせるなと、オティーリエはアインホルン公子を睨みつける。
「ぼ、僕はただ……、大切な妹であるオリーの相手として、リューゲン殿下が相応しいのか見定めたくって……」
アインホルン公子の発言に、またしてもオティーリエが眦を上げて言い返そうとしたら、隣に座っていたヘッダが人差し指を立てて、オティーリエの口元に持ってくる。
ヘッダの仕草に、オティーリエも冷静になったのか、口を閉ざした。
「おかしなお話ですわ」
そうしてヘッダは満面の笑みを浮かべながらも、やはり獲物を定めたような視線のまま、アインホルン公子をみつめる。
「アインホルン公子は、アルベルト殿下とアインホルン公女の交流に、口煩く仰っている割には、アルベルト殿下よりも先に顔合わせをなさっているイグナーツ殿下のことは、今まで何も仰ってはいない」
そうなんだよなー。あの頃の僕って、母上と一緒に引きこもりで、子供同士の社交も一切してなかったんだよ。
だから、本来もっと早くやるお披露目のような社交は、一切やっていなかった。
そういった面ではイジーの方が、王子殿下としてちゃんとやってるんだよね。まぁ、それは、国王陛下に執着していて何も見えていなかった母上とは違って、王妃様が王子殿下の母としてその手配をしっかりやっていたからなんだけどね。
オティーリエとの顔見せは、僕よりもイジーの方が早かったし、そのあと悪役回避のために、自分の味方になって貰おうとオティーリエはイジーに接近を続けていた。
なのに、なんでアインホルン公子たちは、イジーには何も言わなかったんだろう?