84 真相解明
密告自体ありませんでしたで、済む問題ではないことは、トーア新学長も充分理解していることだろう。
沈黙を続ける僕を見て、再び口を開いた。
「リューゲン殿下が学力テストで不正を行ったという話が、どこから出てきたのかという説明をさせていただきます。まずこの『不正』の言葉が出てきたのはアインホルン学長の秘書であるザルツ卿からです」
僕がザルツ秘書に視線を向けると、さっと顔をそむける。
「王立学園では長期休暇明けに必ず学力テストを行います。そしてそのあとテストの総合順位が張り出されることになっています。ザルツ卿は、その時ある生徒たちの会話を聞いたそうです。会話は『リューゲン殿下がいつも12位なのは偶然なのか?』『案外、教師が採点の調整をしているのかもしれないな?』というものでした」
「発言を」
「どうぞ」
手を上げて声を出すと、トーア新学長に促される。
「その会話をした生徒はどこの科の生徒で、どんな意図があってそのようなことを言ったのですか?」
「リューゲン殿下の疑問はもっともです」
会話をした生徒の特定は既にできていて、その聞き取りをしたところ、仲間内での軽口だったというのだ。
彼らのそれはやっかみではなく、僕を貶める意図があったわけでもなかった。その会話をしたところで、一緒に会話をしていた生徒たちは、誰も本気でそう思っていたのでもなかった。
「彼らは騎士科の生徒で、下学部の時にリューゲン殿下と同じクラスであったわけでもありません。弁護というわけではありませんが、先ほどの彼らの会話の後に『そんなことあるはずないだろう』『採点調整をされていたならもっと順位が上のはず』『下学部で殿下と同じクラスだった彼なら、殿下ならこれぐらいやれそうって言うだろう』とのことでした。生徒の名前を伏せた表現をさせていただいています」
そう言って調査書類のようなものを僕に差し出したのは、トーア新学長の後ろに立っていた女性だ。
書類には会話をしていた生徒の名前と、交友関係の生徒の名前が書かれていた。
その交友関係のところには、下学部の時に同じクラスだった生徒の名前もある。彼は上学部に進級後も、廊下ですれ違ったりするときには、気軽に声をかけたり立ち話をする相手だった。
人柄も横柄なものとは程遠く、どちらかというと気安さで人気がある生徒だ。
「この調査において、リューゲン殿下が不正やカンニングをしたという目撃証言はありません。そして『密告』でもなかったと報告させていただきます」
「単純に、生徒の会話を聞いたザルツ秘書が歪曲して、アインホルン学長にそのことをお伝えしたということですね」
女性の発言にトーア新学長が補足する形で付け加えた。
「それで?」
僕が不正やカンニングをしたと密告した生徒がいなかったのは理解した。
調査の結果、不正はなかったよ。疑惑が晴れてよかったね?で、済む問題ではないのだ。
「それで終わりというわけではないですよね?」
「も、もちろんです」
僕の静かな怒りを察したのか、トーア新学長は咳ばらいをして続ける。
「生徒たちの会話を聞いたザルツ卿が、アインホルン学長にそのことを報告し、今回の騒ぎになったということです」
「ちょっと、いえ、少々よろしいですか?」
トーア新学長の説明に口を出したのはネーベルだった。
「かまいませんよ、えー……」
「私はアルベルト殿下の従僕を務めさせていただいてる、文官科三年生のネーベル・クレフティゲです。学生の身でまだ作法がおぼつきませんがそこはご容赦ください」
名前を告げてからネーベルはトーア新学長、それからアインホルン学長とその後ろにいるザルツ秘書を見ていった。
「今の話、説明が足りません。ザルツ卿がどのように報告したのか、アインホルン学長とどういった会話をしたのか、そこを明らかにしてください。ただの勘違いで済む問題ではないはずです。これは、第一王子殿下への貶めの行為だと思います。王族に対しての反意と受け取ってもいいですか?」
思った以上に、ネーベルはこのことに関して怒っていた。
今までこういったことには、腹を立てていても自ら前に出て、意見を言ったりすることはなかったのに、今回ばかりはそうはいかなかったようだ。
「そ、そんな、大袈裟な……」
呟いたのはザルツ秘書。
なんかデジャブったぞー。むかーし、似たよーなことがあったぞー?
僕が貶められていたことに、『たいしたことではない』『騒ぐなんて大袈裟』って感じのことを言った人いたよねー?
「大袈裟じゃない? 第一王子殿下へ冤罪を吹っかけて、たいしたことないですか?」
「冤罪だなんて、そんなことは」
「アルベルト殿下に疚しいところは何一つない。なのに不正をした密告があったと、そう言ってきたのはそちらです。しかもちゃんとした捜査や裏付け調査さえもしないで、アルベルト殿下を呼び出し糾弾した。コレのどこが冤罪じゃないというんですか? どう解釈しようと、アインホルン学長とザルツ卿が、アルベルト殿下に冤罪を吹っかけたように思います」
客観的に見ると、確かにネーベルの言う通りなんだよね。
僕とアインホルン兄弟の確執を知らない者から見れば、アインホルン学長とその側近であるザルツ秘書が不正したと言ってるのは、僕に冤罪を吹っかけたようにしか見えない。
でも、アインホルン学長やザルツ秘書から見たら、そこまでのことだという認識ではないのだ。
では、冤罪ではなくなんなのだというと、前々から言ってる通り、これはただの嫌がらせなのだ。





