74 公女の決断
翌日の放課後、オティーリエたちと改めて話をすることにした。
「昨日はごめんね。態度悪かったでしょう? 気を付けるよ」
「アルベルト様がお怒りになるのは当然かと」
そうフォローしてくれたのはヘレーネ嬢だった。
「わたくしはご兄妹だからといって、オティーリエ様とアインホルン学長を混同したりは致しません。むしろ兄君でありながらあれでは先が思いやられると言いますか」
「先はありませんから大丈夫です」
はっきりと言い切ったオティーリエを見て、僕は気が付いた。
あー。覚悟完了しちゃったかぁ。
ヘッダがオティーリエの指導に入った時から、すでに上の公子二人は廃してオティーリエが次期アインホルン公爵と内定していたけれど、そのための二人の処分の仕方はオティーリエに委ねられている。
その時から、オティーリエは次期公爵としての采配を試されているのだ。
アインホルンの次期当主としてやっていく最初の課題は、使い物にならない公子二人への生殺与奪の権の行使。
直接、自分の手でその命を奪うのではない。けれど、自分が発したたった一言で、あっけなく命が奪われる。
それができてしまう自分の立場。命を奪うことで発生する重責。
次期公爵として内定していても、前世の価値観を捨てきれないオティーリエには、兄弟を処分するってことはハードルが高い。
オティーリエには人の命を背負う覚悟がなかった。
それでも、第一王子への不遜な態度を改めない公子二人は、野放しにはできないし、後顧の憂いを断つ必要がある。
まず継嗣の方は、アインホルン公爵が理由をつけて、四年前に領地の方で軟禁状態にしていた。
あとは次の公爵として立つオティーリエの手腕に任せられた。
オティーリエが采配した落馬事故は、わざと命を獲らなかったのか、獲るつもりで失敗したのかは不明だ。それでもすぐに殺すことはせずに、寝たきり状態で生かしているということは、まだ躊躇いがあったからだろう。
僕やヘッダだったら、そのままにさせておく方が可哀想だって考えちゃうけどねぇ。
オティーリエはそこまで振り切れてないから、最終処分の決断を引き延ばしにしていた。
でも、このオティーリエを見るとねぇ。
もともとアインホルン学長は泳がせている状態だった。
僕とイジーの護衛を学舎内でもつけなければいけないのに、学舎内での警備面は万全だと言って護衛をつけさせない。アインホルン学長からすれば、僕に対しての些細な嫌がらせだけれど、オティーリエにとっては違う。
その状況を逆手にとって、僕とイジーへの襲撃の計画を立てていた。
もちろん、本当の襲撃ではない。学園祭あたりに警護の抜打ち訓練という名目で、実行しようという話が付いていたのだ。
この襲撃で警備騎士が僕らを完全に守り切れなかった場合、アインホルン学長は大口を叩いていたくせに、あっけなく僕らが襲撃されてしまったということになるわけだから、神殿誓約がかけられた誓約書を持ち出し、責任を取って学長を辞任してもらう手はずになっていたのだ。
オティーリエとヘッダの画策よりも先に、アインホルン学長が自滅した。不正疑惑は体のいい口実となったのだろう。オティーリエはこの件を使って次兄の学長降ろしを決行する気でいるらしい。
「オティーリエ」
「イグナーツ様、気遣いはなさらないでください」
心配そうに声をかけたイジーに、オティーリエは笑顔を見せるけれど、うまく笑えていないよ?
ゲームとか小説の中の話ではなく、現実に恐ろしい決断を自分が下さなければいけないのだ。
嫌だ、したくない、怖い。そう思っても、オティーリエはこういった責任からは逃げられないのだ。
「アインホルンの身から出た錆です。この錆を早く落とさねば、アインホルンは腐食していくだけです。わたくしは、次期公爵としてアインホルンを守っていく義務があります。公爵家が二家門しかない状態で、その一つを終わらせるわけにはいかないのです。せめて、新しい大公家が興されて、イグナーツ様の御世が安定するまでは、アインホルンは残さなければいけません」
オティーリエもヘッダにいろいろ教わったんだろうね。
ラーヴェ王国の弱みは、公爵家が二家門しかないことだ。だからアインホルンは潰せない。潰すにしても、代替えができる家門を興してからだ。
そのあとは、今のアインホルンという名だけを残して中身を総入れ替えするか、マティルデ様の血を引く誰かにアインホルンを継承させるか、好きにすればいい。
まだイジーが国王になっていない今、ラーヴェ王国内の内乱、特に筆頭公爵家であるアインホルンの内部抗争は避けなければいけない。
でなければリトス王国に付け入られることになる。
「アルベルト様、一晩お時間をいただきありがとうございます」
オティーリエは僕に向かって頭を下げた。
「わたくしも心が決まりました。わたくしの方からフルフトバール侯爵にお手紙をお出ししたく思います」
それはつまり、アッテンテータに依頼を出すということか。
しゃーないわな。
「うん、わかった。僕の方からもおじい様に伝えておく」
「よろしくお願いします」
もともと、そういうことはアッテンテータの専門だ。王家の影を動かすよりも、不自然なく、より確実に任務を遂行できるのは、うちの暗部組織であるアッテンテータの方が適任である。
とんとん拍子に進められる会話に、イジーは表情には出さないけれど気遣わしい視線を向けている。
そうだね。オティーリエが決断をしたように、そのうちイジーも同じようなことをしなくてはいけなくなるだろう。
同じくブルーメ嬢も、顔をこわばらせながらも、神妙な様子でオティーリエを見つめている。
ブルーメ嬢も次期伯爵となるなら、オティーリエのようにいずれ家のために大きな決断を下さなければいけないのだ。





