71 辺境伯子息が持つ疑惑
アインホルン学長がオティーリエに対して妹以上の感情を持っていたなら、あの執心とか、僕に向けての敵愾心は理解できる。
つまるところ、自分の好きな相手を搔っ攫われるかもしれない危機感があって、きゃんきゃん吠えて牽制しているということか。
クルトじゃないけど、なんか気持ち悪いなぁ。上の公子も同じ感じだったのかな?
「ただ気になるのは、アルを牽制するために、やってないカンニングをでっちあげるかってことなんだよな。ってことは密告自体は本当にあったってことなんじゃねーか?」
「その密告をしたのは誰かという話になりますね。『カンニングを見た』っていうなら、密告者は領地経営科の生徒ですよね?」
テオもクルトも鋭いねぇ。
「心当たりはあるのか?」
「さぁ? 聖人君子じゃないからね。気が付かないうちに誰かに恨みをかってることもあるんじゃない? 実際アインホルン学長は、僕のことを目の敵にしてるわけだし」
「ラリーにはオリーっていう理由があるじゃん」
「単純に、王族が気に入らないっていうのもあると思うよ? 自分に比べて、地位も権力もお金もあって、同年代なのにずるいっていう考えね」
その恨みがイジーに向けられたのではないっていうのが、不幸中の幸いってところかな?
「生まればっかりはどうにもならねーじゃん。だったらさぁ、それこそ自分の実力で国政に携わる地位に上り詰めればいいだろう? あと高位貴族の令嬢を嫁にもらって、後見についてもらって力を伸ばすとか」
「テオの考え方は健全だねぇ。そもそも、生まれに差があるっていう不満を持って恨みを持つ人はね、どんなことに対しても不平不満を持つんだよ。それでもってそういう人は努力なんかしやしないよ。したとしても、小さな躓きで挫折して終了。その障害を乗り越えて、世の中を変えてやろうとか、自分を馬鹿にしたやつを見返してやろうとか、さらに高みに上ろうなんて、そんな気概もないよ」
それにその努力する気あるかどうかも不確かだよね?
「だからさ、この密告は僕に対しての嫌がらせなんだと思うよ? お前は嫌われてるんだよーっていうのをわからせたいのかもね」
嫌がらせをする理由は、そういった悪意を向けられた相手の落ち込んだり傷ついたりする姿を見て、憂さを晴らしたいってところかな?
「可哀想な奴」
「相手が悪いですよね」
テオとクルトがしみじみと呟く。
「そもそもアルベルト様は、そんな人は相手にしないでしょう?」
「時間がもったいない」
今日のアインホルン学長も、カンニングに関してちゃんとした証拠や説明があるなら聞く気にはなったけど、もうただただ感情的に『不正した』ってだけなんだもん。
相手にされたかったら、不正の心当たりはあるかどうかっていう問いかけぐらいしてよ。
まぁ、後のことはヘッダがうまいことやってくれるでしょう。
「僕がカンニングしたのかどうかっていうのは、ちゃんと調べてもらうことにしたから、そこはもういいよ。あと再テストもしてもいいって言ってあるから、どうするかは一週間以内に連絡がくるとおもうよ? ずるずると引き延ばして、結局不正があったのかなかったのか曖昧なまま放置するなって言ってあるから」
「不正の疑いをかけられた方が、それを言うってどうなんでしょうね?」
してないから言ってるんだもん。いいじゃないか。
「ラリーの件はわかった。もともとアルのことだから、ラリーに嫌がらせされても何とかするだろうなとは思ってたしさ」
「心配かけてごめんね」
「いい。それよりも、もう一つ、俺はアルに確認したいことがある」
テオの様子に、おや? と思う。なんだ、ポジティブの塊であるテオが、警戒してる?
「どうしたの?」
「ヴァッハのことで、前に俺が言ったことを覚えてるか?」
「ヴァッハ?」
「俺はあいつから、『年の離れた兄がいて、自分は次男で後継ぎじゃないから婿入り先を探してる』って聞いてるんだよ。なのに実際のところは、兄はいなくて、いるのは妹。しかも一応、領地持ちの貴族なんだよな?」
「領地の名前がヴァッハではなくノーテンなんだよね。てっきり法衣貴族かと僕も思ってた」
アッテンテータの調べで分かったんだけど、ヴァッハ伯爵家自体が、昔は子爵家で領地も持ってない法衣貴族だった。確か百年ほど前に、ラーヴェ王国を含む近隣諸国に大寒波が来て、その時に率先して救援活動を行ったそうだ。その功績で陞爵と領地を下賜されたそうだ。
「アルはヴァッハがソーニョに誑かされたって言ってたけど、それも嘘なんじゃないか?」
なるほど? テオとしては、本当は後継ぎだったのに、上に兄弟がいて次男だったという嘘をついたヴァッハは怪しい。ソーニョとの話は信用できないってことか。
ヴァッハのことを調べたときに、テオの話とは違うなとは思った。けれど、出生の方のインパクトが強くって、テオの聞いた話と違うことには、あまり注目しなかったというのが本音だ。
ヴァッハがリトスの先代陛下と寵姫の間にできた息子であることは、あのリングで確定しているから、アッテンテータの調査が間違っているとは思わない。
嘘なのは、ヴァッハがテオに話した『年の離れた兄が後継ぎで、自分は次男だから婿入り先を探している』という方だろう。
「そうだねぇ……。なんでそんな嘘をついたのかは、ヴァッハじゃなきゃわからないよ」
僕の返事にテオはむすっとしている。
「本人に聞いてみれば?」
「俺が?」
「そう、テオが。でもみんなの前で、ヴァッハが吐いた嘘を暴露するんじゃないよ? ソーニョも聞き耳立ててると思うからね」
「……アルはヴァッハよりもソーニョの方を警戒してんの?」
「学び舎を共にしている同級生たちに、自分の素性を隠すことは悪いことだとは思っていないよ? 特にリトスの大公殿下の息子なら、うちの王妃殿下にしたことを知ってる人もいるだろう? 良い印象がないだろうからね」
僕が注視してるのは、やましい気持ちがないというなら、外交関係者や学園関係者の上層部には一言あってしかるべきだってことなんだよ。
秘密裏に留学したい。同世代に自分の素性は隠しておいてほしい。そうお願いするだけでいいことを、一切してないから怪しいんだ。





