70 妹に向ける異常な溺愛
白紙撤回にもかかわらず、謝罪に慰謝料を出してるんだから、相手側も腹の中では不愉快でも、それ以上は何も言えないか。
「一応さ、元婚約者の方には、母上から次のお相手を何名か紹介してんだわ」
うわっ、マティルデ様にそんなことさせたんだ。
僕の視線に何が言いたいのかテオも察したのだろう。
「しゃーねーよ。公爵家が『うちが悪かった』って平身低頭で相手方に瑕疵が付かないように気を使って詫び入れても、相手としちゃ心情的にはムカついてるだろう? でも相手は公爵家。しかも継承権もってるところなんだから、下手なこと言えねーわけじゃん。新しいお相手の紹介だって、どの面下げてって思われんだろうし。だから、嫁に出ても身内がしでかした不始末だから、母上が動くしかねーんだよ」
マティルデ様、めちゃくちゃ怒ったんだろうなぁ。公子二人が婚約者相手に不始末を起こす前に、なんの手も打たなかった公爵に。
「婚約白紙にしたのに、本人たちはなんも言わないの?」
「前にも言ったじゃん、エルもラリーも、オリー至上主義なんだって。婚約者との付き合いよりもオリーの方を優先して、それが当たり前状態だったんだぜ。そのことが相手の両親にばれても、悪かったなんて微塵も思ってねーんだよ。『オリーを大事にできない相手との婚約がなくなったところで痛くも痒くもない』って考えなんだから」
「……それは聞いたけど、でも白紙撤回した頃って、公子たちの年齢の人たちは、ほとんど結婚ラッシュだったでしょ?」
あのタイプって同年代の人たちは結婚するのに、自分たちは結婚するどころか白紙撤回になったらさわぐもんじゃないか?
「そこのところはオリーに聞かねーとわからん話だな。いや、あいつも自分にべったりしてくる兄貴たちのこと気持ち悪がってたし、エルとラリーが結婚についてどう思ってたかなんて、わざわざ聞かねーか」
聞かないだろうね。
どのみち婚約を白紙撤回した頃は、上二人の公子たちは始末が決定してたんだろうし、その辺のところは考える必要はないって割り切ってたかもしれないな。
「婚約者相手でそういう状態だったんだからさ、オリーとひと悶着起こしてたアルのことを目の敵にするんだろうなって想像はつくぜ? でも、そのひと悶着ってぇのも結構前の話じゃねーか。いつの話だっけ?」
「十歳の頃に起きた話だから五年前」
「根に持ちすぎだろうよ。オリーを怖い目に遭わせたからって、五年間、アルのこと恨んでんのか? 表向きはアルを狙った誘拐未遂事件だってことにしてるけど、実際はオリー目当てだったんだろう? それは関係者の家族であるエルとラリーも聞かされてたはずじゃん」
「ローレンツ様がアルベルト様に突っかかってるのは、五年前にオティーリエ様を危険に遭わせたからってだけの理由じゃないと思いますよ」
それはねぇ……、クルトの言う通りだと僕も思うんだよね。
「誘拐未遂事件は、きっかけなんですよ。もっと違うことで、アルベルト様が気に入らないはずです。まぁ、それも結局はオティーリエ様がかかわってると思うんですけどね」
クルトはそう説明すると、テオと一緒に僕のことを見てくる。
心当たりがあるんだろうって感じの視線だなぁ。
「誘拐未遂事件が起きる前ってさぁ、国王陛下の元側近の人たちが流した僕の悪評を、オティーリエが真に受けて僕を避けるようなことをほかの貴族の前でやってたでしょう? あの悪評。公子たちも真に受けてたと思うんだよね」
その真に受けた理由が、妹であるオティーリエが避けてるんだから、あの通りなんだろうっていう先入観もあったと思う。けど、あの悪評が流れてた頃、僕はオティーリエに会ってなかったんだよ。
「それでもおかしいだろう? だって途中でオリーもアルの悪評は、国王陛下の元側近たちの流言で事実とは違うって知ったわけだろう? んで、詫び入れ案件になったんじゃねーか」
「おそらくそれも、ローレンツ様から見れば、不満だったんじゃないですか? そんな噂を流した側近たちが悪い。噂を流されるようなアルベルト様が悪い。なのになんで自分たちの大事なお姫様が頭を下げなきゃいけないんだ。ってところだったと思いますよ」
責任転嫁。
「クルトの言うことが、一番アインホルン学長の心情をついてると思うけど、もっと何かあるような気がする」
ずっと険しい顔をして黙っていたネーベルが口を開く。
「他にって何が?」
「クルトが言ってただろう? 婚約者や好きな相手にならともかく、血のつながった実の妹に、あんな風になるのは気持ち悪いって。それなんじゃないか?」
ネーベルの言葉に、僕だけではなくさすがにテオも気が付いたようだ。
「えー、つまりそれって、そーいうことかよ!」
「うわぁ、ますます気持ち悪いですね」
昔ならともかく今はそういうことは禁止されてるしねぇ。あと僕は、前世の価値観も根付いているから、その手の禁忌はやっぱり相容れない。
思春期になった娘が、血の繋がった父親に嫌悪感を持つのは、正常に成長している証だっていうのは聞いたことがあるけれど、あれって息子の方はどうなんだろう。
息子の反抗期で家庭内暴力がよく上げられるけれど、それと同じぐらいに血の繋がった姉妹に対して、あの手の虐待をするって聞いたぞ?
あのときの心理はどうなの? 血の繋がった異性に手を出す嫌悪感ってないんか? 女性の方は血の繋がりのある異性に嫌悪感を持つのに、男は性欲が我慢できないから、血の繋がった姉妹に手を出しますって、ちょっとおかしな話だよね。
オティーリエの魅了はヘッダの魔導具によって抑えられた。にもかかわらず、アインホルン学長はいまだにオティーリエに執心している。
これは、やっぱりネーベルが言ったように、実の妹に懸想しているとみていいのかな?





