69 辺境伯子息に問い詰められた
帰寮してディナーまで時間があるから、今日起こったことをネーベルに伝えるべく、談話室で話をしようとしたら、先に帰ってきていたテオがクルトと一緒に突撃してきた。
「アル! ラリーに難癖付けられたって聞いたぞ!! どういうことだよ!」
あ、そうか。テオにとってもアインホルン学長って従兄にあたるのか。
「これからネーベルに話をするところだよ。聞きたいなら一緒に聞いてもいいけど、話をしてる途中で騒がないでね。僕、今日はちょっと機嫌悪い」
「おう、わかった」
「失礼します」
二人とも、言いながら僕の左隣のソファーに座り込む。
「で? なにがあったんだ?」
テオの促しに、ホームルーム後にミュッテル先生に呼び止められたところから、何があったのか全部説明する。
話を聞いていくうちに、テオはどんどん呆れた様子になっていき、対照的にネーベルは僕同様にどんどん不機嫌になっていく。クルトは頭が痛いと言わんばかりの顔をしていた。
「俺たちより年上の世代、みんなこうなのかよ? 大丈夫か?」
「大掃除大変ですよねぇ。アインホルン公爵家はオティーリエ様が立つと内定していますけど、来年の春にはマルクス様が入学されるんでしたっけ?」
オティーリエの弟君ね。僕、一度もその弟に会ってないんだよね。イジーは何度か顔を合わせてるみたいだけど、その話、僕にしないからなぁ。
オティーリエの弟君は、上二人同様に相当なシスコンだって話は耳にしてる。それで上の二人が漏らした僕の悪口に影響されて、僕に対していい印象を持っていないっていうのも聞いていたけど、今、どうなってるんだろう?
「テオとクルトは、オティーリエの弟君とは親しいの?」
「一時的にうちで預かってたんだよ。オリーがまだお姫様脱却してなかった頃、エルとラリーが身内にアルのことを悪く言ってただろう? ガキだからすぐに上の兄弟に影響受けるんだよなぁ。それで、マルクスだけうちで預かってほしいって、公爵夫人が母上にお願いしてきたんだ。うちは主体性がないやつはビシバシ鍛え上げるから、公子だろうと高位の貴族令息だろうと、親の地位は通用しないからさ」
そう言って、テオは僕の顔を見る。
「あと、公子でありながらなんでフルフトバール侯の重要性を知らないんだって、母上だけじゃなくって爺様も怒髪天ついちゃったんだよなぁ」
マティルダ様は母上贔屓だからわかるけれど、テオの言った爺様って前辺境伯のこと? 孫が生まれたからって、早々に息子に家督譲ったんだっけ?
「あー、そっかー。アルは知らねーか? うちの爺様はさぁ、ヘンリエッタ様に惚れてたんだよ」
「ふあぁっ?」
おばあ様?!
「でもヘンリエッタ様とフルフトバール侯って、小さいころからの婚約だったんだろう? だからヘンリエッタ様に告白したところで、どうにかなるわけがないのはわかってたけれど、踏ん切りがつかないっていうのか? あと自分よりも弱い相手に愛しの姫を任せたくないっていうのもあって、フルフトバール侯に決闘を申し込んだんだって。『自分の踏ん切りをつける協力をしてほしい』ってお願いして。そうしたらフルフトバール侯に、めちゃくちゃ嫌な顔をされて『自分の武力は魔獣狩りをするものであって、人に向けるものではない。意味のない人殺しはしたくない』って拒否られたんだってさ」
おじい様も僕と同じ感性だった。
「そこで魔獣狩りでの決闘に変更になって、狩った魔獣の数で勝敗を決めるってことになった。結果うちの爺様が惨敗。メッケルだってトゥルム山脈から魔獣が降りてくるし、魔獣狩りのノウハウだってそこそこあるんだけどさ、やっぱ不帰の樹海に湧く魔獣とは強さがダンチなんだよな。まぁそういう経緯があって、きっかけはヘンリエッタ様のことだったけど、今ではフルフトバール侯の方にめちゃくちゃ傾倒してんのよ。国内のパワーバランス的に表立っての交流は控えてるんだけどな」
前辺境伯なら僕が王太子になるのではなく、次期フルフトバール侯爵になることも知ってるから、オティーリエの弟君が上の兄たちの影響で、意味なく僕やその身内でマルコシアス一門を貶したとなったら、そりゃあ怒るか。
そんなことを考えている僕をよそに、テオが続けて話し出す。
「マルクスのことは、今は放っておいてもいいだろ。それよりも、ラリーの方だよ。あいつまだアルのこと恨んでんの?」
「まだというか、もうずっとだよ」
「元はといえば、あれですよね? オティーリエ様の誘拐未遂事件。あの時、同行していたアルベルト様が、オティーリエ様の目の前で実行犯を処しちゃったのが、公子お二人にとっては許しがたいってことなんでしたっけ?」
「あー、エルとラリーって、オティーリエのことになると常軌を逸してるっていうの? なんか異常なほど可愛がってるっていうか、まるで女神扱いだったよな」
「気持ち悪いですよねぇ、アレ。自分の婚約者よりも、血のつながった実の妹を優先するの」
そういうパターンのラノベもあったよなぁ。
でもそういうのって義理の妹だとか、実は従兄妹だったってパターンで、妹の方も異常に兄に執着してるんだけど、オティーリエはそういう感じじゃないんだよね。
兄も気持ち悪いって感じだったし。
「継嗣ってもうとっくに婚約解消してるんでしょ? アインホルン学長の方はどうなってるの?」
僕の問いかけにテオはけろっとした顔で答えた。
「エルの相手もラリーの相手も、公爵夫妻が内々に相手方と話をつけて、慰謝料払って白紙撤回させてる」
「白紙撤回にしたの?」
「公爵は非は公子側にあるから、公爵側の有責で破棄にって提案したらしいんだけどな。相手側から、解消や破棄だと衆目の的になるから、お互いの要望が整わなかったってことで白紙撤回にしてくれって言ってきたんだと」
それでも公爵の方から謝罪と慰謝料を支払ったそうだ。
社交界、些細なことでも、噂の相手に悪意があると何十倍と膨れていくからな。





