67 調査はちゃんとしてもらう
くだらないやり取りに、少なからず僕の機嫌は悪くなってきている。
「アインホルン学長。貴方がちゃんと調べもせずにアルベルト殿下の不正を疑ったので、我々王立学園の理事会は、学園設備に新たな魔導機材を導入することを決めましたわ」
そう告げるヘッダにそばにいた執事が一枚の紙を渡し、ヘッダは受け取ったその紙をアインホルン学長に向ける。
さりげなくとんでもねーこと言ってんな。
ヘッダちゃんよぉ、いま『我々王立学園の理事会』って言ったね? ってことは、ヘッダは僕らと同じ歳だけど、王立学園の理事の一人ってことじゃないか。なんとなーくそうなんじゃねーかなーとは思ったけど、やっぱりね。
そもそもヘッダは、王立学園での学習内容は、もうすでに修学済なのだと思う。
一年の最初の学力テストで首席だったのに、それ以降、ヘッダの名前が出ていない。
淑女科に進級しているけれど、受ける授業はマナーの授業とダンスの授業、それから催事・招聘の授業だけで、四項目の基礎学である授業は出ていないそうだ。
おそらく授業を受けていない時間は、理事としての仕事をしているのだろう。
ヘッダのあの性格を考えるに、入学の際の入試テストはちゃんと受けて入学し、長期休暇明けの学力テストも一生徒として受け続けているだろうけれど、順位に組み込まないように指示しているのではないだろうか?
首席になるのがあたりまえのテスト結果なら、順位に入れる必要なし。でも生徒として在籍しているのだからテストは受けると言って、テストはきちんと受けているのだろう。
そのあたりの線引きはきちんとしているに違いない。
ヘッダは喜々とした様子で、アインホルン学長に告げる。
「各教室に四か所、魔導カメラを設置しますわ。魔導カメラは長期休暇明けの学力テスト中にて、テスト試験中の生徒の様子を映像に収めます」
つまりー、えー、これは、監視カメラってことか。
「不正が行われていたなら、この魔導カメラに証拠として映像が残されることになりますものね。もちろんカメラを設置していても、試験監督者は配置していただきますわ。二重の不正防犯処置。素晴らしいと思いませんこと?」
煽ってんなぁ。
そしてアインホルン学長の様子を見るに、ここまで大げさなことになるとは全く思っていなかったに違いない。
おそらく、不正疑惑がある僕を問い詰めて、不正を認めさせるか、それとも『そんなことはしていない。助けてくれ』と泣き言を言わせたかっただけなのだ。
それをやりたかったら、ちゃんと調べてからにしろっていうんだよ。
「そ、そこまでしなくても」
「あら? なぜそのようなことを仰いますの?」
学園内の現行システムを変える気なんて全くなくって、単純に僕に対しての嫌がらせだったからだよ。
「ハント゠エアフォルク公爵令嬢。不正対策の話は、僕らがいなくなった後にしてほしい」
運営側の話はあとでにしてくれ。
「かしこまりました」
言ってヘッダは僕にカーテシーをしてみせる。
「それではアインホルン学長。ミュッテル先生。再テストをする日程が決まったらお知らせください。専門外だからテスト問題が作れないというなら、担当教科の先生と一緒に作っていただいてもかまいません。ただし、一緒にテスト問題を作った先生と僕が接触しないように、そちらでちゃんと調整してください。あとから、テスト問題を作った先生が僕に問題内容を教えていたという難癖をつけられるのはごめんこうむります。何度も不正の疑いをかけられて、いつまでも僕がそれを甘んじて受けていると思わないでいただきたい」
僕の怒気を感じたのか、アインホルン学長だけではなく、ミュッテル先生とツェルヴェッゼ副学長も、顔色が悪くなる。ツェルヴェッゼ副学長なんかは額に汗がでてるんじゃない? どうした具合悪いのかな? まぁいいや。
「なぁなぁで終わらせるのもやめてください。再テストの日程は、一週間以内に連絡いただきたいですね。知らせがない場合は、僕のほうから聞きに行きますから悪しからず」
僕がそう告げたら、ツェルヴェッゼ副学長がその場に倒れこんでしまった。
「ツェルヴェッゼ副学長っ!」
ミュッテル先生がツェルヴェッゼ副学長を支えるように抱え起こす。
「ツェルヴェッゼ副学長! お気を確かにっ!」
「クラウディウス」
ヘッダの呼びかけに応えた執事さんが、ツェルヴェッゼ副学長に近寄り状態を確認する。
「緊張からくる貧血でございましょう」
「あらあらあら、まぁまぁまぁ。ツェルヴェッゼ副学長には荷が重すぎたようですわね。早々に理事会の招集をしませんと」
アインホルン学長よりも先に、ツェルヴェッゼ副学長が降ろされんのか。ヘッダはその辺り、容赦しねーからな。使えんものはさっさと変更する。
「そこの貴方、何ぼさっとしていますの? 救護室に行って救護医を連れてきてくださいまし」
「わ、私はローレンツ様の秘書ですっ」
ヘッダが当たり前のように、ザルツ秘書に声をかけて指示を出すのだが、何っつーか、この反応は、人としてどうなんだ?
「何を仰っていますの?」
案の定ヘッダも非難の視線を向けるけれど、そんな奴にかまうのはやめなさい。
「ハント゠エアフォルク公爵令嬢。この緊急時にそんなことを言って看護に協力しない者は、相手にするだけ無駄だよ。放っておきな。ミュッテル先生、申し訳ないのですが救護医を呼んできてください。お願いします」
ミュッテル先生に代わってツェルヴェッゼ副学長を支えながらお願いをする。
「はい!」
僕の指示を受けて学長室を出ていくミュッテル先生を見送って、すぐそばでツェルヴェッゼ副学長を一緒に支えてくれているヘッダの執事さんを見る。
「えーっと」
「クラウディウスとお呼びください。アルベルト殿下」
「わかった。ツェルヴェッゼ副学長をソファーに運ぶの手伝ってくれる?」
「承知いたしました」
「イジーも手伝って」
「はい」
ツェルヴェッゼ副学長、細身だけど成人男性だから、大人一人と子供二人でソファーに運ぶの大変だった。