65 密告のされ方がおかしい
アインホルン学長の発言に驚いたのは、ブルーメ嬢だけだった。
ブルーメ嬢以外のみんなが驚いていないのは、それぞれの思惑があるのだろうけれど、僕に対しての信用あってのことだと思う。
まずイジーにおいては、僕に対する信用だ。そんなことを僕がする必要がないと思ってくれている。
次にオティーリエはアインホルン学長が、僕に対して敵愾心を持っていることを知っているので、こういう手で僕に嫌がらせをしているのだと思ったのだろう。
ヘレーネ嬢も、アインホルン学長が一方的に僕を嫌っているという情報を持っているから、学長の言ったことは僕に対しての嫌がらせの延長だと思っている。
僕との付き合いも浅く情報量も少ないブルーメ嬢だけが、アインホルン学長の発言に驚いた。
ツェルヴェッゼ副学長とミュッテル先生は教員側だから、僕の呼び出し理由が不正を行ったのではないかという話であったことは、知っているはず。
ただ、この様子から見ると、僕が不正をしたという情報は、生徒から教師へ密告されて上に報告していった流れではなく、アインホルン学長からという流れのように思う。
つまり、いきなり上の方から情報が降りてきてる。
この手の密告っていうのは、たいていが不正したと思われる人物と同じ立場。僕らの場合で言えば、同じようにテスト試験を受けた生徒か、試験監督者からの報告で判明するものだ。
当然その流れであれば、真っ先に耳に入るのが担任のミュッテル先生で、次にツェルヴェッゼ副学長。
その二人がこの態度ということは、学長と教職員の間で話し合いがきちんとできていない状態なのでは?
教職員の立場としては、情報も揃ってなければ調べもついていない状態で、不正をしたとおもわしき生徒を呼び出したくないはずだ。
だって不正が行われていたと、明らかになっていないこの状態で、こうやって呼び出すのは、学園……ひいては教職員としては状況的にまずい。
不正をしていたなら呼び出しも当たり前のことだけど、していなかったらこの責任はどうしたらいいのかと考えるだろう。
しかも疑っている相手はこの国の王子殿下だ。これこそ不正していなかったと判明すれば、不敬罪が行使される。
アインホルン学長は『どうだ、お前の悪さを見つけてやったぞ。悔しいだろう?』と言わんばかりの顔をしている。
「それで?」
僕としてはそれ以外に言いようがない。
「なっ! 不正をしておいてなんて態度だっ!」
「説明不足です」
いきり立つアインホルン学長に、僕は冷めた視線を向けながら告げる。
「まず、不正とはどういうことですか? テスト試験中に僕がカンニングをしたということでいいですか?」
「そうだ。認めたな!」
「僕、不正がどんなものなのかの確認してるんですけれど、これって自白したことになるんですか?」
「ぐっ!」
いちいち反応が三下ぽくって、しらける。
ミュッテル先生を見ると、先生は首を横に振る仕草を見せたので、僕の発言は自白とは認められないと受け取らせてもらおう。
「僕が疑われているのは、テスト内容をどこからか入手して、あらかじめ回答を知っていたという不正ではなく、テスト試験中に回答をカンニングという不正でいいですか?」
「……」
不正の種類を詳しく確認しているのに、なんでにらみつけるだけで答えないんだよ。
「ミュッテル先生」
「アルベルト殿下、申し訳ありません。私とツェルヴェッゼ副学長は、殿下が不正をしたということをアインホルン学長からお聞きしました。が、詳しい内容を聞いておりません」
ほーん。やっぱり僕の予想通り、アインホルン学長だけが入手した情報で、呼び出しをかけたというわけか。
「アインホルン学長。不正の種類はテスト試験中のカンニングでいいですか? お答えください。先に言っておきますが、疑いがあるという状態ではなく、ちゃんとした証拠があって、最終判断として僕の自供をとるという形での呼び出しなんですよね?」
質問した途端、びくりと体を揺らしたアインホルン学長やザルツ秘書だけではなく、ミュッテル先生とツェルヴェッゼ副学長までも、顔が青ざめている。
「あ、アルベルト殿下。先ほども言いましたが、私とツェルヴェッゼ副学長は詳細を知りません」
「えぇ、先ほどお聞きしたのでわかっています。ですので、この先の回答はアインホルン学長にしていただきます。あぁ、わかっているのでしたら、秘書の方でもいいですよ」
なんだこの状況は。不正をかけられた僕が、なんでこんなこと聞いてるんだ。これじゃぁどっちが不正をした人間かわからねーな。
「アインホルン学長、お答えください」
促してるのに喋る気配ないし。
「『はい』か『いいえ』でお答えできる簡単な質問です」
「答えを聞くまでもないと思います」
きつい口調でそう言ったのは、オティーリエだった。
「わかってるよ。でもここで曖昧のままにしておいたら、また何か言ってくるでしょう?」
何度もこういったことで煩わされたくないから、今回で終わりにしたいのだ。
「次はありません」
オティーリエも今回のことを利用して学長降ろしをする気だな。
「お兄様、アルベルト殿下のご質問にお答えください」
擁護するどころか逆に責める口調のオティーリエに、当てが外れたと思ったのか、それとも自分が思い描いた反応ではないと思ったのか、アインホルン学長は信じられないといった表情で、ひたすらにオティーリエを見つめていた。