64 呼び出された内容
学園内、もっと言えば授業態度や対人関係で、僕が他者に知られてまずいことなど何一つない。
ついでに、ヴァッハの件は片付いたけれど、ここで女子組を残し別行動をすると、逆にソーニョに警戒されかねないので、一緒に教員室に向かう。
すると教員室にいた先生たちは、全員げんなりとした表情で慌ただしくあれこれ動き回っていた。
「あ、ミュッテル先生。先ほど使いの助手を出したのですが、行き違いになったようですね。教員室ではなく学長室の方でお話をすることになったようです」
慌ただしく動いていた教師、たぶん、四年生か五年生の授業をしている教師が、ミュッテル先生に声を掛け、場所が移動したことを伝えてきた。
ミュッテル先生は場所移動を教えてくれた教師に礼を言って、僕らは教員室から学長室へと移動することとなった。
ミュッテル先生が学長室をノックすると、中から応えがあり、内側から扉があけられる。
扉を開けたのは、王立学園に入学する前に僕らを訊ねてきた人物の一人、ダーフット・ザルツ秘書。伯爵家の人間だけど、次男だから爵位は持っていない。
「お待ちしておりました」
ザルツ秘書はそう言って、ミュッテル先生の後ろにいる僕と目が合った時、不遜そうに口角を上げたのだが、すぐそばにいるイジーやオティーリエの姿を見て目を見開く。
「ミュ、ミュッテル教員」
「なんでしょうか」
「お呼びしたのはリューゲン殿下だけですが」
「アルベルト様がご一緒で構わないと仰いましたのでお連れしました。何か不都合がありますか?」
不都合っていうか、疚しい気持ちがあるんだろう? オティーリエに知られたくないようなことをしようとしてるんでしょ?
「アルベルト様、中へどうぞ」
ミュッテル先生は立ち尽くしているザルツ秘書を黙殺し、僕らに入室を促す。
僕らもミュッテル先生の言葉に従い、ザルツ秘書の横を素通りして学長室へ入室した。
部屋の主であるアインホルン学長は、学長室に備え付けられているデスクに座っており、その前にはツェルヴェッゼ副学長が立っている。
年長者を立たせて、自分は学長机の椅子に踏ん反り返ってるんかい。
子供だな。
アインホルン学長はオティーリエやアインホルン公爵にはあまり似ていなかった。なんとなく面影は重なるけれど、どっちかというと夫人似なのかもしれない。
「オリー?! なぜ?!」
そして入室してきたのが、ミュッテル先生と僕だけではなかったことに驚く。
一緒に入室したのはオティーリエだけじゃないんだけど、アインホルン学長はオティーリエ以外は眼中にないようだ。
視界には入っているだろうけれど、気にかけるのは最愛の妹だけってことだね。
オティーリエが一緒に来るとは思わなかったんだろうな。ザルツ秘書もオティーリエを見て驚いていたから、僕一人でやってくると思ったんだろう。
「お兄様がアルベルト殿下を呼び出ししたと聞いたからです」
キツイ物言いをしながら、オティーリエはアインホルン学長に厳しいまなざしを向けている。
「アルベルト殿下ご本人が、同席を許可してくださっています」
オティーリエの返答に、アインホルン学長は僕の方を見てくるが、僕は二人のやり取りよりも年長者を立たせているほうが気になって仕方がない。
「ツェルヴェッゼ副学長。ミュッテル先生も。長話になるみたいですので、あちらにお座りください」
二人に来客用のソファーを進める。
僕ら生徒はともかく、副学長とミュッテル先生は、アインホルン学長よりも年配なんだぞ。労われよ。
だけどツェルヴェッゼ副学長とミュッテル先生は、首を横に振ってソファーに座ることを拒否した。
「殿下方が着席されていないのに、我々が座るわけにはまいりません」
一人椅子の上にふんぞり返ってる、アインホルン学長への遠回しな嫌味だな。
「わかりました」
お二方がそういった姿勢なら、こっちも早めに終わらせよう。
僕はアインホルン学長へと向き直った。
「お話とは何ですか?」
前置きなんざ要らんわ。
初対面だし、本当はしなきゃいけないんだろうけれど、自己紹介も必要ないね。相手は上学部の学長で、その学長が名指しで呼び出ししてるってことは、相手が誰だかわかってるってことでしょ?
「……他の者に聞かせてもいいのかね?」
僕を見るアインホルン学長の視線は、敵愾心に満ちていている。
この視線から見るに、何か褒められることがあったとか、そういった良い意味での呼び出しではなく、注意するとか叱責する意味合いでの呼び出しだね。
学長として呼び出している以上、私情なものではないはず。
「聞かれて困るようなことは、何一つしてませんから、遠慮せずどうぞ?」
自信満々に言ってやる。
そして僕の態度に顔を引きつらせて、憎々し気に睨みつけてくるけど、なんだかとっても小物臭いなぁ。
オティーリエが子供だと言った意味がよくわかる。
大人なら、こんなふうに自分の感情を表に出さない。表面上は物分かりが良さそうな大人の顔をするもんだよ。それができないってことは、感情が表に出やすくって腹芸ができないタイプの人間ってことだ。
アインホルン学長は、僕が全く動じないことに苛立つも、しかし僕をやり込める情報を持っていることを思いだしたようだ。
「そこまで仰るなら仕方がないですね。聞かれてもいいと仰ったのはリューゲン殿下です。ご自分の発言を後悔なさらぬように」
ふふんと鼻で笑いながら余裕を取り戻したアインホルン学長は、意地悪そうな表情で言った。
「先ほど行われた学力テストにおいて、リューゲン殿下が不正を行ったという密告があった」
アインホルン学長の発言内容は、人によっては衝撃的な内容である。
しかし、残念なことにそのことを聞いて、息を呑んで驚いた様子を見せたのはブルーメ嬢だけで、それ以外の者は誰一人として驚くことはなかった。





