63 怪しい雲行き
僕とオティーリエの噂は、下学部の頃から流れていたとヴァッハが言っていたので、そのことも訊ねてみた。
仲が良いという噂は、下学部の頃からそこそこ耳に入れていたようだ。
でも付き合っているという噂ではなく、『お似合いだ』とか、『もしかして、お付き合いされるのでは?』というものだったらしい。もちろん婚約の噂まではいっていない。
おそらくこの噂は、伝言形式で徐々に内容が変わって、『仲が良い』『お似合い』から『お付き合いをされているのでは?』『お付き合いをしている』に変わり、そして『婚約するのでは?』『婚約している』に変化していったのだろう。
前にも予測したのだけど、こうなると本当に元の噂の出どころなんて特定できない。
だから、噂の発端を追求するつもりはないのだ。
とりあえずみんなには僕とオティーリエの噂について知らせたから、変に誤解されることはないはず。
ついでにヴァッハのことも、イジーに説明した感じのことをみんなに伝え、協力者になった旨を伝えておいた。
みんなに噂の件について説明してから数日後、休み明けの学力テスト期間が終わり、通常授業に移行し始めた頃に、僕は一緒に行動をしているオティーリエに、オティーリエの今後を確認することにした。
「オティーリエ。ちょっとこれからのことを聞きたいんだけどいいかな?」
「はい、かまいません」
「あ、ヘレーネ嬢とブルーメ嬢も一緒に話聞いておいて。僕ら一緒に行動しているから、知らなかったら混乱するでしょう?」
僕がそう告げると二人とも了承の返事をしてくれたので、放課後改めて話し合うことにしたのだが。
「アルベルト様。この後、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
連絡事項などのホームルームが終わった後、領地経営科のクラス担任であるミュッテル先生に、横入りされてしまった。
「はい、わかりました。ですが、自衛のために僕らは団体行動をしているので……」
そう言って傍にいるイジーとオティーリエたちを見てから、再びミュッテル先生に向き直る。
ミュッテル先生は、僕とイジー。そしてオティーリエたち女子組をかわるがわる見る。
「そう、ですね……」
「内密の話、なのでしょうか? 僕一人だけが聞かなければいけない内容ですか?」
例えば『王子殿下』に話があるというなら、それは僕だけではなくイジーが同席してもいいはずだ。
「実は我々もどうしていいものか困る内容でして。この話は一面から見れば、アルベルト様、個人のお話なのです」
「一面?」
「アルベルト様のお立場、その他もろもろも話すとなれば、アルベルト様だけのお話で済むものではないのですが、そこのことをご理解……、いえ気が付いていない方がいらっしゃるので」
ますますよくわからない。
「アルベルト様自身が、ご兄弟のイグナーツ様やご友人に聞かれても構わないと仰るのであれば、同席いただいてもいいと、私は思います」
ん? なんか引っかかるな。
「ミュッテル先生から僕への話というわけではないのですか?」
僕の問いかけに、ミュッテル先生は周囲を見回してから、声を潜めて話した。
「アルベルト様をお呼び出ししたのは、アインホルン学長なのです」
その言葉に僕は思わずオティーリエを見る。
オティーリエは次兄の名前が飛び出したことに、騒ぐことも慌てることもなかったのだが、しかし表情は強張っている。
「ご一緒します」
僕が何か言う前に、オティーリエがそう告げた。
「ミュッテル先生。兄は精神的に幼いところがあります。アルベルト殿下のお立場、このラーヴェ王国の王子殿下であるという認識よりも、自分の親族であるという認識が強く、公私の境があいまいなところがあるのです」
他人ではなく実の妹からの発言に、ミュッテル先生も戸惑った様子を見せる。
「長々と話をして申し訳ありません。簡潔に説明させてください。わたくしとアルベルト殿下は幼少期に行き違いで不和になったことがありました。その件はすでに解消しています。わたくしたち当人だけではなく、家としても解決済みのことです。むしろわたくしとアルベルト殿下は、その件をきっかけに、こうして交友を深めるようになったと言ってもいいでしょう。当人であるわたくしたちには蟠りはないのです。しかし兄はその件に対していまだに恨みを持っています」
幼少期の出来事は、隠す必要もない事実だから、誰に知られようとも問題ない。
ただヘレーネ嬢はともかく、ブルーメ嬢は、僕とオティーリエが昔いざこざを起こしていたことは知らなかったようだ。驚いた顔で僕らを見ていた。
「つまりオティーリエ様は、アインホルン学長がアルベルト様に対して大人げのない態度をとると仰いたいのでしょうか?」
「はい。妹ですので兄のことは、よくわかっております。ですので、わたくしも同席させていただきます。疚しいことがなければ、誰が立ち会おうともいいはずです。アルベルト殿下も、ご自分に疚しさをお持ちではないからこそ、一人で聞かねばいけない話なのかと仰ったのではないでしょうか?」
言えない悪だくみは、かなりやってます。とは言えないよねぇ。
というか、学長が呼び出しをするっていうことは、この学園都市内で起こってること、ついでに言えば学園内のことで、僕に言及したいってことだろう。
僕が学園内でやったやらかしってなに? 七不思議のこと? それともルイーザ先輩とベーム先輩の婚約関係にヒビを入れたこと? メイヤーの婚約者にモラハラしていたゾマーをボロクソ貶したこと? ブルーメ嬢の婚約者が幼馴染みファーストしていたことに『おめーの婚約者誰だ?』って突っ込んだこと? どれよ。
いや、呼び出しの主が学長だってことは、もうそれは間違いなくオティーリエが関係してることか。それ以外ねーな。
あと考えられることと言ったら、なんだろう?