62 恋情じゃないよ。友愛だよ。
親身になって話を聞いてくれる友人がいないことが判明してしまった、陽キャのボッチことヴァッハのことはさておき、関係者には根回しをして僕とオティーリエが付き合っていて、そのうち婚約する、もしくはもう婚約している、という噂は放置することにした。
僕から見ればわかりやすいでっかい釣り針なのだけれど、わからん人にはわからんだろう。
わかりやすいブラフだ。
賢明な人間。貴族として、一門を率いる当主として、ちゃんとできている人間は、この噂に関しては、触らず関わらず、そして沈黙を守るはずだ。
なんせ噂の主が僕、そしてオティーリエなのだから、好奇心で首を突っ込んだら、貴族生命の進退に繋がってしまった、なんてなりかねない。
そもそもラーヴェ王国の王家は、近親婚をよしとしていないから、僕とオティーリエが婚姻という話が出ても、聡い相手は政治的な理由で一時的にそうなっているのだろうと思う筈だ。
どのみちこれに引っかかる者は、貴族として長くやっていけない。丁度いい判別方法だろう。
学園都市に行く前に僕とオティーリエで、噂についてどこまで放置しておくか、おじい様やアインホルン公爵が、他所からこの件で聞かれた場合はどうするかという取り決めをした。
長期休暇明け、授業が始まりお昼の時間。いつも一緒にお弁当を食べてるメンバーに、僕とオティーリエがお付き合いをしてるとか婚約してるという噂を聞くかもしれないけれど、真に受けて騒がないようにお願いした。
ついでに、お付き合いも、婚約も、その先の婚姻もないから、変に誤解しないようにとまで付け加えて言うと、ブルーメ姉妹が不思議そうな顔をしていた。
「あの、どうしてそうはっきりと、『ない』と仰るのでしょうか?」
ブルーメ嬢の言葉に、ヘッダが笑いながら答える。
「王家は確かに血統を重んじておりますわ。婚姻相手は伯爵以上と厳選され、なおかつ連綿と直系の血を繋いでいる歴史のある一門でなければならないとされております」
伯爵家でも新興貴族はダメってことね。
「しかし王家は近親婚を忌避していますの。これは血が近すぎると起こる弊害を避けるためですわ」
ブルーメ嬢はこの辺のことは学んでいたようで、直ぐに近親婚のデメリットを思い出したようだった。
「弊害ってなに?」
逆にイヴはその辺のことは知らなかった。そりゃそうか。
一応、ラーヴェ王国の法としては、血の繋がりがある親兄弟、親の兄弟、祖父母との婚姻は禁じられている。してはいけないと決められているからしない、という認識なのだ。何故禁じられているのか、というところまで深く知らない。
これは単純に、そういったことを学ぶ機会が少ないからだ。
お偉い学者様や、何かを専門として研究している魔術師が、『この件について、こういった研究結果が出ました』と発表したところで、平民はそれを知る知識がない。
だからラーヴェ国民の識字率を上げるために、神殿や教会で平民の子供に読み書きを教えるように根付かせた。平民でも裕福な子供や、学びたいと願う子供には、王立学園で学ぶ機会を持たせた。
平民でも読み書きさえできれば、噂話の曖昧な情報ではなく、出所がちゃんとしたよみうり紙や号外紙を手に入れて、正しい情報を得ることができる。
近親婚の危険性も、王族や上位の貴族は知っていても、平民は一部の人間しか知らない。
この世界は魔術が発展している一方で、その恩恵が平民に行きわたっていない。ついでに身分制度は厳しい。なんだかとってもアンバランスだ。
ヒルトはイヴに近親婚を繰り返すことで起こる危険性を説明している。
「王族は貴い血をお持ちだ。ゆえに御身に疾患があってはならない」
「それは分かるけど、それと近親婚がどう関係するの?」
「血が近すぎるとそういった疾患が出てくるんだ。外見だけではなく、知能や精神、感情に出てくる」
「知能って考える力?」
「そう、考える能力が発達しない。できても人よりも遅いということだな。あとは心が幼い子供のままで成長しないこともある。何でもないことですぐ怒りだしたり、誰に何をされてもずっと笑っていたり。酷い言い方になってしまうのだが、『この人は頭がおかしいのではないだろうか?』と、そう思われることをしていると言えばわかるか?」
「えぇ、近親婚をすると、そういう子供が産まれるってこと?」
「すぐに出るというわけではない。ただ、子供には出てこなかったが、孫や曾孫に出てくるという事例もある。だから王族は代続きでなくても近親婚が許されていない。アルベルト様とオティーリエ様は、曾祖父が同じでいらっしゃる。又従兄妹という関係なので、婚姻の許可がおりないのだ」
ヒルトの説明は分かりやすいだろうけれど、でもこれは一歩間違えるとイヴに誤解されそう。
血が近いから、好きあっていても結婚できないってさ。
ヒルトがそれに気づかないわけがない。だからこれは、わざとこう言った言い方をしてるんだろうなぁ。
僕に、ぐずぐずしてるんじゃないって発破をかけてるんだ。
わかってるけれど、タイミングというものがあるんだよ。
それにね、ほら、イヴはあんまり僕のこと意識していないから、もうちょっと交流させておくれよ。
こうやってお昼は一緒に食べてるけれど、一緒に出掛けたりなんてこともしてないんだからね?
「王族って大変ね」
イヴはしみじみと言った口調で、気の毒そうな視線を向けてくる。
あー、その視線はやっぱりなんかオティーリエのこと誤解してるよー。仲が良いから、少しは気があるんでしょっていう視線でしょー?
違うからね! イヴちゃん、自分で言ったでしょ? 僕のことオティーリエたちのお兄ちゃんみたいだって。
そういう感じなんだって!





