56 王妃様と宰相閣下に相談
面倒なことになったけど、流れた噂はもうどうやったって消せないのだから、この噂は休み明けにガセだって広めるしかない。
あとは……。
ジーッとヴァッハを見てると、ビクッとしながらも僕に目を合わせてくる。
「ヴァッハは本当に王子様になる気はない?」
「ない。っていうか、無理! だって考えてみてくれよ。リトス王家の血が流れてても、俺は伯爵家の人間として育てられたんだぞ? ある程度のマナーはできるけれど、雁字搦めの仕来りとか、今更頭に入っていけないって! そんなの殿下みれば誰だってわかるよ。結局そういうのって、小さい頃からの積み重ねだろう?」
氏より育ちって言いたいのかね。
「僕がこんなにしつこく確認してるのはね、リトス王家にちょっかい出されないようにヴァッハ家の保護をラーヴェ王家で引き受けることが可能だから。ただし、そのためにはヴァッハはラーヴェ王国の国民としてラーヴェ王家に忠誠を誓ってもらうのが絶対条件だ。それから、今までと同じ生活の保障はできるけれど、ある程度の行動制限をさせてもらうことになる」
「え? そんなことでいいの?」
「気軽に言わない」
そんなことで済ませられる内容じゃないだろう。
「はいっ! で、でもさ、俺はラーヴェの国民だし、王家に忠誠を誓うのは当たり前だって~っ、そんな怖い目で見ないでっ! 確かにジュスティスに乗せられてたけど、生まれは違っても俺の母国はラーヴェ王国だ。母国も母国の王家も裏切るとかそんな気は全くないよっ。なんだったら神殿誓約したっていいっ」
ありがたい話なんだけど、いまいち不安なんだよなぁ。
「それよりも、まず、ヴァッハは家に帰ってご両親に今までのことを全部話して、ついでに進路相談もすること。あと、手紙を渡すから、それをご両親に渡して。近いうちに話し合いをするために王宮に来てもらうことになるよ」
僕も王宮に戻ったら王妃様と宰相閣下に話さなきゃ。これは僕一人でどうにかできることじゃない。
あともう一日、聖霊祭典を楽しんで帰ろうと思ったけど、そうも言ってられない。
早速、ヴァッハ伯爵あてに手紙を書いたので、翌朝、それを持ってヴァッハには家に帰ってもらう。
ヒルトにも、滞在の感謝の手紙をギュヴィッヒ侯爵とお父上に渡してもらうよう頼んだ。
僕とネーベルは予定を切り上げて王都に戻り、王妃様と宰相閣下に連絡を入れて、ヴァッハのことを相談することにした。
王妃様も宰相閣下も休暇中だと言うのに、快く僕との面会を受けてくれて、久しぶりの情報共有会議のお茶会が開催された。
「まさか、そんなことが……」
ヴァッハのことを二人に告げると、宰相閣下は渋い顔をしながらも、話を持ってきてくれたことに感謝された。
「王妃殿下、このことはご存じでしたか?」
宰相閣下の問いかけに王妃様は首を横に振った。
「先王陛下の身に起きたことは、父と弟から聞いていました。ツァンナ伯爵夫人との間に出来たお子の話は、生まれてすぐに亡くなられたとだけ。おそらく父もこのことは、詳しくは知らないことでしょう。お子は王家の霊廟ではなく、先王陛下とツァンナ伯爵夫人がいらっしゃる離宮に葬られたとお聞きしています。いわゆる密葬であったようなのです」
その埋葬には、離宮に住まう方々のみの出席だったそうだ。
先王陛下が自分は玉座を退いた身なのだから、静かに送りたいとの意向で、ツァンナ夫人との間に出来た子が亡くなったと、国王陛下や自分の臣下に知らせたのは埋葬からひと月も過ぎてからなのだと言う。
「ご実家に連絡入れますか? 密書を出すなら人手貸しますよ?」
ポストマンに頼むわけにはいかないし、王家の使いでリトスに手紙をもっていかせるのは不用心すぎるからな。
「お願いしてもいいですか?」
「賜りました」
王妃様のお父上であるヘネロシダー公爵は、先王陛下の弟君だ。
結婚を機に臣籍降下したけれど、忠誠は王家ではなく、兄君であった先王陛下へ向けられているそうだ。
おそらく、ヘネロシダー公爵は、先王陛下の意向に沿うだろう。
「ヴァッハ家は王家の保護下にいれてください」
「むしろ早急に、その手配をしましょう」
やっぱり宰相閣下は頼りになる。
「ヴァッハ伯爵家には登城するように手紙を出してます。ヴァッハ伯爵家との話し合いの調整をお願いします」
「構いません。この話はリトス王国が絡んでくる話です。わたくしの主導で話を進めます」
王妃様も誰かさんに任せるという気にはなれないらしい。というか、誰かさんに任せたら、ヴァッハの身柄はリトス王国に委ねられそうなんだよなぁ。
もちろんあの人、仕事は出来るから、ラーヴェに損失が起きるようなことはしないと思うんだけど、それはあくまで国の話。ヴァッハ個人のことはどうなるかわかったもんじゃねぇ。
国を守るために個人の犠牲に目を瞑るってことは、国を背負うものとしては、時には行うこともある。感情としてしたくないと思っても、やらなくてはいけない時だってある。
もちろん個人の犠牲なんてならないように、そんなふうにことを持っていくのは理想だけど、全部が全部それができるかと言えば、できない時だってある。
王というものは、時にはそういった決断を躊躇わずにくださなければいけないのだ。
そしてうちの国王陛下は、自分の恋愛事には壊滅的だけど、王としての采配はちゃんとできている。
ヴァッハのことも、ラーヴェ王国の損失と天秤にかければ、条件次第では相手に差し出すこともあるわけだ。
あの人、そう言うところはねぇ、ちゃんとしてるんだよねぇ。
「このことはもう、僕の一存でどうこうできない話になってます。だけど、できるだけレアンドロ・ヴァッハの意向を汲んであげてください」
こういうところが僕の甘さだ。きっとこの先、この甘さで、後悔することも出てくると思うんだ。
だから僕は王に向かない。
「彼の素性を考えれば、自由にさせるわけにはいかない。ラーヴェ王家の目に届くところにいてもらうのが一番で、監視を付けてヴァッハ領に留まってもらうべきだと言うのは分かってます。でも、彼は自分の生い立ちを知って、相当悩んでいました。ヴァッハ伯爵は彼を跡取りとして教育していたと思います。なのにヴァッハは領地経営科ではなく騎士科に進んでいるんです」
ヴァッハが僕らに言った、実子である妹に爵位を継いでほしいという考えは、自分の中では揺るがずにあると思う。
だから騎士科に進んだのだ。
僕に何か言われたからといって、自分の進路を変える気は、ヴァッハにはないだろうな。





