55 とんでもない噂
一斉に僕らの視線を受けたヴァッハは、あわあわと慌てながら続けて話し出す。
「だって、だって、殿下ってアインホルン公女と、公表されてないけど婚約してるって噂されてたし」
「どこからそんな話を聞いた?」
「答えろ」
ネーベルとヒルトが揃ってヴァッハに脅しをかける。
「いや、どこって割と有名な話だと思ってたんだけど違うの? 殿下とアインホルン公女は小さい頃から交流があるんだろう? 学園でも仲が良いし、恋人同士なんじゃないかって話、聞いたぞ? 婚約の話は信憑性がなかったから、俺は嘘だと思ってたけど、噂で聞いたんだよぉ」
「僕らの耳に入ってないよ」
「あ~、だってさぁ。殿下の恋愛事情をネタにして楽しんでたら不敬じゃん」
「ネーベルやヒルトも聞いてないよね?」
「聞いてたらとっくに話してる」
「初耳です」
だよねぇ?
「……テオはどうかな? 休み明けに確認するか」
「話を耳に入れたら、すぐにアルベルト様にお聞きすると思います」
それもそうか。テオの場合は、なんで話してくれなかったんだよって、突撃してくるのが目に浮かぶ。
「その噂、いつからヴァッハは耳にした?」
「仲が良いって話は、下学部の頃からあったかな? 付き合ってるっていうのは、上学部にあがってからだ。あと、ジュスティスも殿下とアインホルン公女が付き合ってるって話は、知ってるはず」
キナ臭くなってきたなぁ。
「婚約の話は?」
「それ、付き合ってるって話とセットになってるんだ。アインホルン公女は美人だし、騎士科の男子生徒でも憧れてる奴が多くてさ。それで、お付き合いしたいって話になる。でも、殿下と付き合ってるからムリだよな。あの二人って婚約してるんだろう? ってそういう話になって……。えー、この感じだと、付き合ってるって話もガセネタってこと? でも殿下、さっきっていうか、俺がアインホルン公女に近づいた理由とか、拷……尋問してきたじゃん? 彼女だから俺が近づいて怒ったのかなぁって思ったんだけど、違うの?」
「家系図を思い出して。アインホルン家にはね、先代王姉殿下が降嫁してるんだ。国王陛下とアインホルン公爵は従兄弟同士なんだよ。ついでにメッケル北方辺境伯夫人は、アインホルン公爵の妹君だから、テオとアインホルン公女は従兄妹同士にあたる。同時に二人は僕とイジーの又従兄妹だ。ラーヴェ王国は近親婚を推奨していない。王家なら特にそこのところを審議するんだよ。だから又従兄妹でも血が近すぎる。最低でもあともう一代血を薄めないと、王家に嫁入り、もしくは公爵家に降嫁とか婿入りは許可出されないよ」
なのに、国王陛下って、僕とオティーリエを結婚させようとしたんだよな。真っ当に考えれば無理だってわかっていたのに、独断で、僕とオティーリエの婚約を進めようとした。
ほんと、何考えてたんだろう? 女神の干渉があったとしても、操られ過ぎじゃないか?
「じゃぁ殿下が俺のこと警戒したのはなんで?」
ヴァッハの質問に僕は答える。
「仲が良い相手なんだから、変な人間に引っかかってほしくないって、心配するのは当然でしょ? ヴァッハが本気でオティーリエと付き合いたいって言うなら、まず自分の問題を綺麗に片づけてからにして。家を継ぐか婿に出るか、ちゃんと両親と話し合って、お互い納得できる結論が出てから、オティーリエを口説いてほしいな」
「おてぃ……、本当はそう呼んでるんだ」
「そうだよ? それが何か?」
ぶんぶんとヴァッハは首を横に振る。
「いや、えっと、揶揄うつもりで言ったんじゃなくって、やっぱり仲が良いんじゃないかって思って……」
「仲は良いよ。でも仲が良いのはオティーリエだけじゃないよ。ギュヴィッヒ侯爵の孫娘であるヒルトとだって仲が良いし、もう一つの公爵家ハント゠エアフォルクのご令嬢ともね」
「あの、えっと、殿下ぁ」
「なに?」
「なにって、なんか……怒ってる?」
「怒ってはないよ。ただなんで噂の相手がオティーリエなのか。それが引っかかるだけ」
親しくしているのはオティーリエだけじゃない。
ヒルトは当然だし、ヘッダとだって仲が良い。それから今はヘレーネ嬢とブルーメ嬢と一緒に行動している。
イヴもお昼を一緒に食べるメンバーだ。
それに、下学部の時も上学部に進級してからも、僕は男子生徒だけではなく女子生徒とも交流してる。
なのに、なんで相手がオティーリエに限定されて、そんな噂が流れたんだ?
噂の元を探し出すと言うのは、たぶん無理だ。
初動が遅いと、この手の調査は特定が難しい。噂が出始めてすぐに、話した相手に誰から聞いたのかと話を聞かなければ、出所がうやむやになってわからなくなる。
しかも長期休暇に入ってしまってるし、おそらく僕とオティーリエが付き合ってると言う噂は、休み明けにはもっと広まっている。
特定は無理だし、広まってしまった噂はどうしようもないだろう。僕らができることは、その噂はガセネタだと広めることぐらいだ。
この噂を広めた相手は、ソーニョではないはずだ。だって、オティーリエと付き合いたいのはあっちなんだし、付き合いたい相手をフリーの状態だと広めるのではなく、相手がいると広める意味はないだろう。
しかも相手が僕。たかが、とは言わないけれど一代大公家の令息が、一国の王子殿下を巻き込んで、そんなことをする意図は? それはラーヴェ王家に対しての不敬ではないかと、リトス王国に抗議されかねない。
そんな危険を冒してまで、こんなくだらない噂を流す理由を、ラーヴェ王国だけではなくリトス王国だって調べるはずだ。
そんなリスクが高くなるようなことを、ソーニョがするとは思えない。
僕は、この噂を流して誰が得するかと言うのではなく、僕とオティーリエの婚約からの、破局という流れに持っていきたいように思うのだ。





