45 王家の血を引いてるから連れ戻そうと考えるわけではない
白旗を上げたヴァッハの話によると、ソーニョはダメ親の大公夫妻とは違って、自分の立場の悪さは理解していて、リトスでは自分との婚姻に積極的に受け入れてくれる貴族がいないことも知っているのだと言う。
そして当然のごとく、大公夫妻は自分たちのことばかりで息子の将来や婚姻に関しては、全く考えていないそうだ。というか、息子の婚姻相手を自分たちが探さないといけないという考えに至らないらしい。
なんせ大公殿下は王族で、婚約者は周囲が用意してくれた上に、結果的に学生時代に真実の愛の相手と結ばれたわけだから、息子の婚約者はリトス王家が探してくれるだろうし、好きな相手が出来たらその相手と結婚すればいいという考えなのだと言う。
ソーニョはリトス王家が自分の婚約者など探すことはないとわかっているし、こんな親は当てにならない。そして国内で自分と結婚してくれる令嬢はいない。と、わかっていたから、秘密裏にラーヴェに留学して、婚姻相手を見繕いに来たのだ。
ヴァッハが確認したところ、ソーニョは母親の実家の家名を名乗ってはいるが、手回しはしていないっぽい。この辺のところはあやふや。
そしてリトス王家にも、ラーヴェ王国に留学することを言ってはいないようなのだ。
ただ、上学部から卒業までの三年間、家を空けることになるので、家族である大公夫妻にはラーヴェ王国に留学することは伝えているらしい。
でもリトス王家からラーヴェ王国に大公子息が留学したという話は来ていないし、王妃様のところにも個人的な手紙は来ていない。
考えられることは、ソーニョは親に行先を言ってあるから、親から王家に伝わっていると考えている。しかし、何でも人任せな大公夫妻が、息子がラーヴェに留学したことを兄であるリトスの国王陛下に報告しているだろうか? もしくは、報告に値する内容だとは思っていない、とも考えられる。
どう考えても大公夫妻は息子がラーヴェ王国に留学してるってことをリトスの国王陛下には伝えてねーだろう。
ソーニョがいつからオティーリエをターゲットにしていたのかは、ヴァッハにもわからないらしい。
ただヴァッハに話を持ち掛けた時は、すでにオティーリエのことを知っていた様子だったそうだ。
オティーリエがアインホルン公爵の後継者に名乗り出ていることは隠しているわけでもないし、少し調べればわかることだから、先がないソーニョが目を付けたとしても不思議なことではない。
そして、ヴァッハがソーニョに従っていた理由なのだが、生まれてすぐに死んだとされていたヴァッハが、生きてラーヴェ王国にいることを、リトスの国王陛下にバラされたくなければ言うことをきけと脅されたのだそうだ。
「死んだことになってるんだし、今はリトス王国とも縁を切ってる状態なんだから、生きてることがバレたっていいじゃん」
僕のその言葉に、ヴァッハはあんぐりと口を開けて驚かれた。
「え? いや、でも」
「だってラーヴェ王国のヴァッハ伯爵家の実子で届けを出してるんでしょう? 伯爵夫人が南国出身なんだよね?」
アッテンテータの調べによると、先王陛下にはラーヴェ王国の貴族と友人関係である忠臣がいて、その繋がりでヴァッハはラーヴェ王国にきたそうだ。
ヴァッハ伯爵夫人はさっきも言ったように南国出身の方で、ツァンナ伯爵夫人同様の肌色。そしてヴァッハを引き取った経緯も、ちょうどその頃に出産した赤ん坊が死産だったからだそうだ。だから、ヴァッハが実子といっても、周囲が疑問に思うことはない。
「で、ヴァッハは自分の生存がリトスの国王陛下にバレて何が問題なの?」
「りょ、両親に迷惑がかかるだろう?!」
「どんな迷惑?」
「だから他国の王族を実子としてたってなったら」
「なったら?」
「……俺の親が、誘拐したとか言いがかりをつけられるだろ」
「国際問題になるって言いたいわけ?」
すると、ヴァッハは小さく頷く。
「なるほどねぇ。育ての親であるヴァッハ伯爵夫妻に迷惑を掛けたくないって事かぁ」
もっと深く考えてのことだと思ったけど、まぁ……、そんなものかなぁ。
「実際のところ、ヴァッハの生存を知ったら、リトスの国王陛下は、ラーヴェ王国に難癖をつけてくると思うよ? でもそれはヴァッハが想像しているような、王家の面子だとか、うちの王家の人間誘拐してくれやがって許さねぇとか、そういった家族愛のような意味での難癖じゃないからね。もっと俗物的な理由だよ」
「え?」
「おや、まぁ。自分にそこまでの価値があると思ってんの?」
傷ついた顔をされたけれど、事実だよ。なんか、ヴァッハもたいがい甘いなぁ。
「血の繋がりがある、年の離れた弟を取り戻そうって、リトスの国王陛下が考えてると思ったら大間違いだよ。リトスの国王陛下は婚姻していて子供もいる。つまりヴァッハの存在はね、自分の国王としての地位、我が子が継承するだろう地位を奪い取るかもしれない脅威なんだよ。だから君の存在は生きていないほうが、リトスの国王陛下にとっては良いんだ」
「お、俺は、そんなことしない!」
「するしないの話じゃないんだなぁ。ついでに言うと、君の意思もどうでもいいの。ようはね、リトスの国王陛下がどう思うか、ってことね。まぁ、邪魔だと思ったところで、暗殺を企てたりはしないからそこは安心していいんじゃない? この根拠はね、大公夫妻の存在ね。自分の地位が危ないからヴァッハを殺すって考えるような人だったら、さっさと大公夫妻を始末してる。だって大公夫妻ってば、仕事はしねーくせに、贅沢三昧やらかしてるんだもの。僕だったらヴァッハよりも先に大公夫妻を始末してるよ。でもリトスの国王陛下は大公夫妻を生かしてるでしょう? つまりゴミの始末を指示するように、使えねー大公夫妻を始末しろという指示が出せない人なわけ。そんな人が、ヴァッハの存在を知ったとして、『自分たちの地位が危ないから始末してきてー』って、言えるわけがないんだよ」
だからリトスの国王陛下はヴァッハの存在を知ったところで、暗殺の指示は出さない。
「かといって、年の離れた弟が生きていたと喜んで、取り戻そうと考えるわけでもない。さっきも言ったように、弟の存在は歓迎できるものじゃないんだもの。じゃぁ、どういう意味で、リトスの国王陛下はラーヴェ王国に難癖をつけてくるかって話になるんだけど、ヴァッハは答えがわかる?」
問いかけるものの、ヴァッハは答えることができなかった。