43 愉しい尋問のお時間
シルトがヴァッハに近づいて、身体を起こして噛ませた布をとる。
口布を取ったのは、ヴァッハがこういった隠密活動においては、プロではないと見て取れたからだ。
暗部の手ほどきを受けていたなら、捕まったときに自分で自分の口を封じていたはずだ。
そういったことをしなかったということは、表向きは一般に扮して実際は影として生きていくように育てられていたわけでもなく、普通に貴族の息子として育てられたということだ。
「な、なんでっ! いきなりこんな拘束するとかないだろう!」
案の定舌をかみ切るだとか、口内に仕込んだ毒を飲むとか、そういったことは一切なく、怯えた顔をしながらも喚きだす。
「こんなことして、人を何だと思っ」
「されないとでも思ったの?」
あんまりにもキャンキャン吠えるから、喋ってる途中だけど、思わず口を挟んでしまった。
「ラーヴェ王国の王位継承権を持ってるアインホルン公女の前をうろちょろして、『お近づきになりたかった』なんて言い訳が通用すると思ってる? 一介の貴族だったなら、それもありだよ。美人で聡明で頭もいい。しかも公女だ。婚姻の申し込みやお付き合いはともかく、顔を売っておいて損はない相手だもんね。でもそれは何の裏もない貴族だったならの話だよ。君は、表向きはラーヴェ王国の伯爵家のご子息だ。でもリトス王国の先王陛下と寵姫・ツァンナ伯爵夫人との間に出来た子供で、一介の貴族子息じゃないよね? なによりもね。君、リトス王家と連絡とりあってるでしょう?」
「そ……そ、れ」
「有意義な会話を僕は期待したい。くっだらない言い訳は結構。話したくないならそれでもいいよ。口を割らせる方法はたくさんあるからね」
僕の発言をどう受け取ったのか、ヴァッハはがたがたと震えだし、化け物と遭遇したような目を僕に向ける。
「まずね、君は何が目的で、アインホルン公女に近づこうとしているのかな?」
「あ、あ……」
「喋りたくないと。ん、じゃぁ仕方がない。君は騎士科の生徒だしねぇ。シルト靴脱がして。そうだねぇ、小指から始めようか?」
「なにを」
シルトが黙々とヴァッハの靴と靴下を脱がし裸足にさせ、そのまま拘束した。
「右と左どっちがいい?」
「み、右?」
「右ね。じゃぁ、右の小指から」
「ち、違う! 右ってどういう」
ランツェが僕に差し出したのはペンチだ。
「二十本、全部剥がれるまでにゲロってくれるとありがたいね」
そう言ってペンチの先を、ヴァッハの右足の小指の爪に挟む。
「いっ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! やめてくれ!! 言う! 言うからぉ!」
チッ! まだ何もやってないのにギブアップかい! もっと根性見せてくれてもいいのに。
「アル。代わってくれ。それは俺がやる」
僕が何をやろうとしているのか理解したネーベルが、僕からペンチを取り上げる。
「言うって言ってんだろ!!」
「なにも言ってないじゃん」
「言う前におっそろしいことしでかそうとしてるじゃないか!」
「僕、有意義な会話をしたいと言ったよね。そうやって喚いて、話をする気ないんでしょ。いいよ。ネーベルやっちゃって」
「俺は頼まれただけなんだよ!! アインホルン嬢とどうにかなろうなんて最初から考えてない!! 俺がアインホルン嬢にちょっかい出して、そこをあいつが助けるっていうそういう状況に持っていくのが、あいつの狙いなんだよ!!」
「なんだそれは。新手の詐欺か? こういうの、アルが前に言ってなかったか?」
「マッチポンプ」
僕の代わりに答えたのはヒルトだった。
「あいつと言うのは誰のことだ?」
「そ、それは……」
「ネーベル。やっていいぞ」
「ジュスティスだ!」
ヴァッハが漏らした名前を訊いて、ネーベルとヒルトは僕を見る。
「ソーニョのことだね。ソーニョの本名は、ジュスティス・レオナルド・ソーニョ・カプラ」
「カプラというとリトス王国のカプラ大公殿下ですか?」
おぉ、さすがヒルト。隣国の重要貴族の家名は頭に入ってたか。
「そう、王妃殿下の元婚約者だったリトス王国の王弟。シルヴィオ・ヴェルゴニア・カプラ大公殿下。ソーニョはその御子息だ」
ソーニョは母親の方の家名ね。元は男爵家だったけれど、第二王子と結婚するために母親の実家は男爵から伯爵まで爵位を引き上げられた。
元から領地なしの男爵家だったから、当然の如くソーニョ領なんてあるわけないんだよね。僕がリトスにソーニョなんて言う地域がないと言うのは当たり前だった。
男爵家の令嬢が王族と結婚となれば、どこかの高位貴族の養子に入るか、もしくは実家の爵位を上げることになる。
王家入りするなら、王家と懇意にしている高位貴族への養子入りだし、王家に入るのではなく王籍を抜けた王族との結婚なら爵位上げが、通例だろうね。
大公殿下と真実の愛で結ばれた男爵令嬢は、実家の爵位を伯爵まで上げられて、本当なら領地も貰えたはず。
でも婚約者である王妃様に冤罪をかけて、衆人の中での婚約破棄。
婚約破棄を企てたのが大公殿下の独断だったとしてもだ、婚約者がいる王族とねんごろな関係になった男爵令嬢にはしっかりと非がある。
王妃様が婚約者だったとは知らなかった。略奪を狙っていなかった。
男爵令嬢がそう言ったところで、大公殿下と王妃様の婚約は発表されて、同年代の人間にもそこは周知されていた。そして略奪を狙っていなかったというなら、大公殿下に言い寄られた初期段階で、王妃様に直談判、もしくは王妃様の傍付きの令嬢に接触して、相談することができたのだ。もしくは親に泣きつくのもあり。それをせずにいた時点で大公殿下とグルだと判断されても仕方がない。
つまり悪意があって王妃様を貶め、大公殿下を略奪した元男爵令嬢には、王妃様への賠償責任が発生するのだ。
そのために本来王族と婚姻するに伴って、実家の陞爵と領地が貰えるはずが、陞爵のみとなったのだ。
貰えるはずだった領地は、王妃様への賠償の為に王家へ差し戻しという形になったわけだ。
わっかりやすく言えば、浮気した婚約者だけではなく、その浮気相手だった女にも慰謝料の支払い義務が発生した。でも本人に支払い能力がないので、親が持っていた土地を売買してその金で慰謝料を肩代わりした。ということだ。





