40 捕獲指示を出して、捕まえた
ネーベルとヒルトに、僕の心中を見透かされているみたいで恥ずかしいと叫んで、二人を残し飛び出した。
恥ずかしいのは本当のことだけど、学園じゃクラスも違うから久しぶりに二人にさせてあげたい!
露店を回ってイジーとリュディガーのお土産になりそうなものを物色している真っ最中だった。
ちらりと視界をかすめた金髪に、浅黒い肌。
顔を上げると、相手の視線とバチリと合う。視線が合った途端に、相手は『やべっ』と言わんばかりの顔をして僕に背を向け遠ざかって行こうとする。
甘いな。
「シュティレ。アレ、確保。仲間がいたら一緒に捕まえて、僕らが滞在してる館に連れてきて」
離れていく相手の後ろ姿を指さして、僕が独り言をこぼすように呟くと、音もなく離れていく人影。
せっかくの休暇だっていうのに、もうちょっとのんびりさせてよ。
「ネーベルとヒルトはさっきの場所にいる?」
「はい」
当たり前のように返ってくるシルトの声。
「二人のところに戻るよ」
もう少し二人っきりにさせてあげたかったけれど、そうもいかない。二人に気を使って僕が一人で動いたら、あとで二人に『勝手に一人でやるな』って怒られるのは目に見えてるからね。
戻ってきた僕に気づいたネーベルとヒルトは、最初笑顔で出迎えてくれたけれど、僕の様子から何事かを悟ったのかすぐに顔を引き締める。
「なにがあった?」
「どうされましたか?」
「ゆっくりしていたかったけど、そうもいかなくなったよ。館に戻ろう」
異口同音で訊ねる二人に、その場で説明せずに館に戻るように告げる。
「そうだ、ヒルト。僕らが今使っている館には、汚しても大丈夫な場所はあるかな?」
僕の問いかけにヒルトはどうしてですか? と、訊ね返すことはせず、答える。
「館には使われてない厩があります。今、アルベルト様がお使いになっている場所とは別の場所ですね。随分古くなったので、そのうち取り壊す話になっています」
「どれだけ汚しても構わない?」
「はい」
「そっか。じゃぁシルト。シュティレが戻ってきたら、そっちに運ぶように伝えておいて」
「かしこまりました」
シルトに指示を出した後、僕はネーベルとヒルトになにがあったのか伝えた。
「ヴァッハを捕まえたよ」
二人は驚くどころか、直ぐに納得したようだった。
「仲間がいるかもしれないから、それがいたら一緒に捕まえるように言ってある」
「泳がさないのか?」
「意味がないなと思ってね」
あんまり長引かせるのも良くない。
放置して相手の好き勝手にさせ過ぎると、男性嫌悪症のオティーリエのメンタルが保たないからね。
あー、そろそろオティーリエのあれもなんとかさせないとなぁ。直さなくてもいいから、傍にいても大丈夫な相手を見つけないとね。
アインホルンの跡継ぎになるんだから、結婚して子供作らないといけないし、弟の子供を養子っていう手もあるけれど、オティーリエにはそういう逃げ道作ると、一生結婚しなそうだ。
そして僕らは館に戻ったのだが、捕獲にむかったシュティレはまだ戻ってきていなかった。
ん~、シルトとランツェと同じアッテンテータであるシュティレがヘマをしたとは思えない。
なんかあったのかな?
そう思っていたら、シュティレが戻ってきたとランツェに告げられた。
「ご指示通り、使っていないほうの厩のほうへ運んでおります」
「ありがとう。ネーベル、ヒルト、行こう」
二人に声を掛けて、使われていない厩のほうへと移動する。
外はもう日が沈んでいて、遠くの方に見えるオレンジの光が、藍色に呑み込まれそうな空になっている。
ヒルトの言った使われていない厩は、いつ取り壊してもいいように残置物は置かれていなかった。空っぽの厩の中には左右に各六つに仕切られた馬房がある。
厩の前ではカンテラを持ったシルトが立っていた。
シルトは黙って僕らをヴァッハがいる馬房へ案内する。
案内された馬房の中には、後ろ手に両手を縄で拘束されているだけではなく、両足と、それから腕も動かせないように、二の腕の脇をしめるように、上半身も縄でぐるぐる巻きにされて、床の上に転がっているヴァッハ。そして、すぐそばには、ヴァッハを監視していたシュティレがいた。
「ミノムシみたいだねぇ」
僕の声を聴いて顔を上げるヴァッハは、口も布をかまされている。
見た感じ、抵抗して怪我した様子が見れないから、素直に捕まったのか。
「お仲間いなかったの?」
「はい、念のため、くまなく探りましたが、いませんでした」
遅くなったのは、連れがいないか探していたからか。
「ありがとう」
僕がそう言うとシュティレは音もなく姿を消す。
「まずは自己紹介から始めたほうがいいかな? 同じ学園に通っているし、初対面じゃないし、僕はこの国の王子だから、君は僕のことを知っているかもしれないけれど、礼儀は大事だからね」
僕はヴァッハに向けてにっこりと笑う。
「こうやって言葉を交わすのは初めてだから、初めまして、と言っておこうかな。リューゲン・アルベルト・ア゠イゲル・ファーヴェルヴェーゼン・ラーヴェだよ」
僕が名乗っても、ヴァッハに動揺はない。
「こんばんは。レアンドロ・ヴァッハ」
僕が彼の名前を口にしても、あまり驚いてはいないようだ。
いいね、その度胸。
「それとも、レアンドロ・アトゥ・ノーヴェ・ツァンナ・リトスって呼んだ方がいいかな?」
今度はあからさまに反応した。
「君の本名を僕が知らないとでも思った? オティーリエたちの傍をうろつく君のことを知って、もう五か月以上たってる。君の背後を洗い出すには十分な時間だよね?」
調べられないほうがおかしい。
「レアンドロは偽名じゃなかったんだね?」
『アトゥ』はリトスでは王家の男子に付けられ『ノーヴェ』は九番目を意味している。そして『ツァンナ』はリトスの先代国王陛下の寵姫……つまり公妾の一人に与えた名前。
レアンドロ・ヴァッハの正体は、リトスの先代国王陛下の九番目の子供だった。





