39 まだ、スタート地点にも立っていなかった
僕は本当に何もわかっていなかった。
誰かを好きになるって、どんな風になるのか、理解していなかったのだ。
傍にいるだけで満足っていうのは入り口で、その先にはもっとドロッとしたものがある。
母上も、こんな感じになったのかなぁ?
好きで好きで、何をしても振り向いてもらえないってわかっていたのに側妃になって、そのあとだって冷遇されて、それでも好きだっていう気持ちが消えなかった。
王妃様に対しても、出会いや対応が違っていたら、友人になれたと思う。
でも国王陛下からの冷遇の理由が、全部王妃様のせいだと、そう思わなきゃやっていけなかったんだろうなぁ。
「アルベルト様」
ヒルトに声を掛けられて、ドキッとする。
「私もネーベルも、アルベルト様の友人という立場であったなら、こんなふうに口出しはしません。黙ってアルベルト様の恋の行方を見守っていたと思います。ですが、アルベルト様は私たちの主君です。余計なお世話だと思われようとも、介入させていただきます」
「えっと……」
「イヴをアルベルト様の奥方に望まれますか?」
まっすぐ僕を見て訊ねるヒルトに、喉がぐぎゅっと鳴る。
「ネーベルが言ったことは、もしも、の話ではなく、近いうちに必ず起きることです」
それは、わかる。
僕がイヴを魅力的な子だと思うように、同じように思う男子だって出てくる。僕のようにイヴが好きだっていう相手だって……。
「やだ。渡したくない」
だって、イヴが誰かと一緒になるって、そんなの、考えるのも嫌だよ。
イヴが笑って、それで幸せでいてくれるなら、それでいいっていう思いもある。そう思う気持ちに嘘はないけど、だけどその横に、僕ではないほかの男がいると思うと、穏やかではいられない。
イヴの傍にいるのは、僕でいたい。
「イヴに、僕の傍にいてほしい」
こんな想いを声に出していっていいのだろうか? この想いは傲慢じゃないだろうか?
なのに、ヒルトは何でもないことのように、僕の言葉を受け入れる。
「では、私はイヴをアルベルト様の奥方であると発表したとき、誰にも言いがかりがつけれない、素敵なレディにします」
ヒルトははっきりとそう言い切って、僕に笑顔を見せる。
「ヒルト」
きっと生半可な気持ちで、こんなことを言い出したわけじゃない。ヒルトはヒルトなりに考えて、それが最善だと思って、だからこんなことを僕に言ったのだろう。
「その申し出は、嬉しい」
余計なこと、とは思わない。
友人という目ではなく、僕の臣下として、先を見据えての発言なんだって、それは分かる。
「有り難いと思う。だけど、ヒルト。それは少し、待って欲しい」
ヒルトを止めたのは、そうやって動かれることが嫌だからではなく。
「僕、自分で何もしてない。イヴに、自分で何も言ってない」
そう、僕はイヴに、自分の気持ちを伝えることさえ、まだしていないのだ。
「だから、僕が自分でイヴにこの気持ちを伝えるまで、待って欲しいんだ」
ぬるいとか、甘いとか、そう言われるかもしれない。けれど、これは僕だけの気持ちで進めることじゃない。
「だってさぁ、イヴの答えも聞いてないのに、そんな道を塞ぐようなことをしないであげてよ」
イヴにだって選ぶ自由があるんだから。
「僕が告白して、イヴの返事をもらうまで待って」
僕の言葉に、ヒルトはどう思ったのか。しばらく黙って僕を見つめた後、目を伏せながら頷いた。
「わかりました」
わかってくれたと、思わずほっと息をつく。
「私やネーベルが、アルベルト様やイヴをせっつくようなことをしたり、あからさまにくっつけるように手配したり、そういったことはしません」
「あ、ありがとう」
「ですが、アルベルト様が告白するまで、イヴに今一緒にお昼をとっているメンバー以外の異性が近づかないように、そういった牽制はさせていただきます。卑怯だと思われても、これぐらいのことはしなければダメですからね」
「それは、イヴを囲うってこと、かな?」
「大まかに見ればそうなります。大丈夫です、イヴに気づかせるようなへまはしませんよ。先ほども言いましたが、イヴの意思を無視したようなやり方はしません」
それならいいけど。いいのか?
「イヴに対して悪いことじゃなければ、いいよ」
僕がそう言うと、ヒルトはまた仕方がないなって顔をする。
「再三言いますが、悠長にしていられないということも、お心に留めてください」
「うん、わかった」
それは、ちゃんとわかっている。
さっきネーベルに煽られたもんね。
ちゃんと、イヴに自分の気持ちを告白しよう。
でも、本当に、良いのだろうか? 僕がイヴに自分の気持ちを伝えることは、みんなに迷惑をかけることになるんじゃないだろうか?
相手が誰であれ、僕が特定の人に、気持ちを向けることは許されることなんだろうか?
いや、ここで躊躇うのは、ヒルトに悪い。
それに、ぐずぐず言い訳して、イヴの隣にいるそのチャンスを逃がしたくない。
ブレるな僕。
それに、それに、僕がイヴに告白しても、それを受け入れてくれるとは、まだ決まってないんだぞ!!
自惚れるんじゃない。告白したって振られる可能性があるんだからな。
そう、ふ、振られるかも、しれないし。
「う、うぅ……。ぼ、僕、情けない。不甲斐ないバカみたいに感情がふらふらしてる。こんなの、イヴに知られたら呆れられる」
思わずそう漏らした僕に、ネーベルとヒルトは、さっきと同じく仕方がねーなって顔を向けていた。





