34 改めて決意する
シュヴェル神の主神殿は、テオのところのヴォータン主神殿よりも、なんというか威圧感が強い。
あのシルバードラゴンと対峙したときに似てる。
なんでだろう? ヴォータン神のところはこんなことなかったのに。
ヴォータン神の主神殿に行ったときと同じように、前もって僕の『夜明』と『宵闇』に祝福を掛けてほしいので訪問するという手紙を出していたので、すんなりと神事長の元に案内された。
通された場所は応接間ではなく、シュヴェル神の本尊が祀られている本殿の前だった。
本殿の扉の前に立っていたのは、司祭服に身を包んだ中年の女性が一人。
「お初にお目にかかります。リューゲン・アルベルト殿下。私はシュヴェル主神殿の神事長です」
デジャヴ。一年前のヴォータンの神事長に挨拶されたことを思い出す。シュヴェル神の神事長は女性なのか。
「アルベルトでお願いします。殿下もなしで」
「心得ました。今回の訪問は、アルベルト様がお持ちの武器に、シュヴェル神の祝福を施すこと、でしたね?」
「はい。去年、ヴォータン神の主神殿に訪問したら、祝福をなした武器を魔獣狩りに使用するなら、それはシュヴェル神の祝福のほうがいいと言われたんです」
「ヴォータンの神事長の仰る通りです。ではかける祝福は強さの祝福でよろしいか?」
シュヴェルの神事長の言葉に、僕は即答できなかった。
「……神がいる神殿で、このようなことを言うのは不謹慎……不適切、いえ恐れ知らずの無作法者になると思います。ですが言葉を飾ることなく、言わせてください」
言葉を切って、そして目の前に立つ神事長を見上げる。
「僕は、僕の『夜明』と『宵闇』で、どうしても、殺さねばいけない存在があります」
女神を『斃す』なんて曖昧な言葉は使わない。
「僕が殺さなければいけない存在は、人ではないのです。獣でもありません。そしてその存在は、人によっては、希望なのかもしれない」
ウイス教が今も存在しているのは、女神の存在で救われた人がいるからだ。
純粋に信仰している人だっていだろうし、生きるための心のよりどころとしている人もいる。
でも女神は、僕とイジーと、それからオティーリエの未来を玩具にして、自分の望むように弄りまわしている。
「それでも僕は、その存在を葬りたいんです」
シュッツ神と呼ばれる創生者たちと人の関わりが密接だった時代とは違い、今は神との関わりなんて祈りを捧げるときぐらいだ。
神と人が直接関わらなくなったこの時代で、神殺しなんて無茶な話だって分かってる。
それでも僕は神殺しをしなくちゃいけないんだ。
僕の未来の為だけじゃないよ。僕と同じ王子であるイジーと、それから目を付けられているオティーリエにブルーメ嬢の為にも、女神の息の根は止める。
だってあの女神は、自分の思い通りの世界を作ろうとして、僕らを人形のように使ってる。
僕の人生を女神の玩具にされたくないって思いもあるけれど、何よりも女神の存在そのものが気に入らないのだ。
「だけど僕は、そのために自分の命を投げ出す気はありません」
自分の命を引き換えにしても葬りたいだなんて、そんなどこかのヒーローのようなことは言わない。僕は命汚く、生きることに固執するよ。死んだって、女神と刺し違えても斃すだなんて言ってやらない。
「僕は何としてでも生き残らなきゃいけない」
おばあ様の言葉を僕はちゃんと覚えている。
後世に血を残すマルコシアス家の直系は、もう僕だけしかいないって言われた。
おじい様の跡継ぎは、僕だけだ。
僕はフルフトバールの地の未来を守るためにも、可愛い奥さんを娶って、それからたくさん子供を産んでもらって、物語の最後を締めるように『いつまでも仲良く暮らしました』で終わる、ハッピーエンドな人生を送るんだ。
僕の言葉にしない想いをシュヴェルの神事長はどう感じ取ったのだろうか?
黙って話を聞いてくれたシュヴェルの神事長はゆっくりと頷く。
「では、戦いの祝福を施しましょう」
シュヴェルの神事長は、微笑みながら告げた。
「そのような事情であるならば、アルベルト様の武器へ施す祝福は、強さの祝福ではなく、戦いの祝福です。どうぞ奥へ。祝福はシュヴェル神の本尊の前で行います」
シュヴェルの神事長は背後の扉を押して、入り口を開ける。
威圧が、さっきよりも強くなった。
広い空間にシュヴェル神と思わしき大きな石像を見て、一瞬息が止まる。
シュ、シュヴェル神って、男神じゃなくって女神なのか!
剣神・戦神・軍神って言われているから、てっきり男神だと思っていたのに、女神だったとは!!
「どうされました?」
「シュヴェル神は女神、だったんですね。浅学ですいません。僕、名前は知っていたけれど、男神だとばかり思っていました」
「この主神殿にきてシュヴェル神の像を見た方々は、みなアルベルト様と同じ反応をされますが、シュヴェル神は男神であり女神でもあるのです」
「え?」
「シュッツ神道の歴史を綴っている神事書はご存知ですか?」
「はい」
「神事書にはシュヴェル神のことをたびたびシュヴェラ神と書かれている箇所があります。シュヴェルとシュヴェラ、二つの名の神が出てくるのですが、二柱は同一の存在であると記されています」
「えっと、じゃぁシュヴェルの名前の時が女神で、シュヴェラの名前の時が男神?」
「そうですね」
シュヴェル神って……、こう言ったらなんだけど、TS神だったのかー! ちょっとそれは反則じゃない? 世の神様萌のオタク心をくすぐっちゃうでしょう?! いや、でもシュッツ神道の神様って、日本の神やギリシャ神話の神様みたいに、男でも子供産んでるっていう話がぽろぽろあるからなぁ。
見上げたシュヴェル神の像は、全然似てないのに、なぜかヒルトみたいだと思ってしまった。





