28 正体不明の声って、女神の声だろう?
顔を上げたブルーメ嬢は、何かに怯えているようだった。
「そうすれば、上手くいくって、言われたのよっ」
組んだ両手と声を震わせながら訴えるブルーメ嬢の目は、焦点が合っていない。
「私は何もしちゃ駄目だって。お父様やお義母様になにをされても、反抗しないで、言われたまま、その通りにしろって……。イヴ……イヴのことも……」
なんか、おかしい。
恐慌状態になりつつあるな。
「イヴ、ごめん。ブルーメ嬢の目の前で、両手を叩いてくれる? こっちの言葉を聞ける状態じゃない。正気じゃなくなってきてる」
隣にいるイヴに、小声でお願いすると、イヴはブルーメ嬢の肩を掴んで自分に向かせると、パァンッと拍手を打つように、両手を叩いた。
室内に響く音に、ブルーメ嬢ははっとして目の前のイヴを見る。
「イ、イヴ……。わ、わたし……」
イヴはブルーメ嬢の異変に最初は驚いていたものの、今は冷静さを取り戻したのか、異常なことを口走った異母姉を見据える。
「あんた、自分で何言ってんのかわかってんの? いい加減にしなさいよ」
「ち、違うのよ!」
ブルーメ嬢はまたしても興奮して、息を乱しながら一気に話し始める。
「だって、あの声の言う通り、お母様が亡くなったの! そのあとすぐにお父様に連れられて、貴女達が来て、それもあの声の言う通りだった!! お父様とお義母様が私のことを疎ましく思って、それでっ、それも、全部、あの声が言った通りのことばかり起こったの!」
いや、それだけじゃない。
それだけで、その誰とも知れないその声を信じたわけじゃない。ブルーメ嬢が信じてしまうような、何かを言われたんだ。
「私があんたをいじめるって言ったわけ? その誰とも知らない声が?」
地を這うようなイヴの声音に、ブルーメ嬢はビクッとなる。
「そ、それは……」
「あぁ、そう。あんたは、自分に優しくない相手は、全員自分をいじめているって、そう思っているわけね?」
「そんなこと思ってないわ!!」
言い方が悪かったと気が付いたのか、ブルーメ嬢は慌てて否定して話を続ける。
「確かにあの声はイヴのことも、お父様たちと同じく、私に嫌がらせして、私のことを悪者に仕立てあげようとしているって言ってきたわ! でもっ、でもイヴは、そんなことしなかった! しなかったけどっ! でも、パウル様がイヴのこと好きになったみたいだからっ!」
パウルって……あ、フィッシャーのことか。
ブルーメ嬢が誰とも知れない声を信用したのは、フィッシャーのことが関係してるのか?
もしかしたら、昔は仲が良かったのかな?
そしてフィッシャーの名前を聞いた途端、イヴはブチぎれた。
「あのクズ野郎は見目がいい女なら誰だっていいのよ! ふざけたこと言ってんじゃないわよ!!」
こわ……。
イヴの勢いに、イジーがそっと僕のほうによる。
そーいや、イジーって、こういうガッとくる女子が苦手だったな。
「私のことが好き?! だったらなんであのクズ野郎は、幼馴染みだって言う非常識クソビッチ女を追いかけまわしてるのよ!!」
フィッシャーの幼馴染みを非常識女から、非常識クソビッチ女にジョブチェンジさせちゃったよ。
「イヴ、ちょっと落ち着こうか?」
かまととぶるつもりはないけれど、さすがにイジーに聞かせられねー言葉だな。
僕とイジーを見て、イヴはさすがに言葉遣いが悪かったと思ったのか、それでも自分の発言を取り繕うことはせず、何度か深呼吸を繰り返した。
「あんた、本当に私のこと怒らせる天才ね」
「ご、ごめんなさい」
「反射的に謝るな! あんたの『ごめんなさい』には、中身がないのよ! そう言えば相手がそれ以上何も言わないと思ってるからでしょう?!」
「ご、だっ、お、怒らないで!」
そこでイヴは、ぐぅっと喉を鳴らして、口を引き結ぶ。
素直。
っていうかイヴがブルーメ嬢を怒るのは、ちゃんと理由あってのことで、闇雲に怒ってるってわけじゃないんだよなぁ。
「あのクズ野郎と結婚したいならね、自分の身なりぐらいちゃんとしなさいよ」
あー、それね。
リュディガーがブルーメ嬢のことを『なんか変』と言ったのは、極度の人見知り状態のことだけではなく、貴族令嬢とは思えない身だしなみのことも含まれていた。
ブルーメ嬢は全体的にもっさりしてるのだ。
学園都市にお付きの侍女や使用人を連れてくるのは、伯爵家以上の貴族の子供なのだが、伯爵家でもお家事情が苦しいところは連れてこれない。
そういったところは貴族でも、自分のことは自分でやる令嬢や子息がほとんど、一応寮の方では、ハウスキーパーを申請することができる。
寮のハウスキーパーの仕事は、掃除と洗濯。
制服のブラウスや靴下ハンカチ、使っている寝具のシーツなどの洗濯、汚れた靴磨き、後は部屋の清掃をしてもらえる。
しかし、極論を言うと、それだけなのだ。
お付きの侍女がお嬢様をお手入れするといったようなことはしてくれない。
そういうのは、お金がある貴族の子供のみになる。
まぁ、外見を気にしたり、身だしなみを整えるというのも、マナーの一つだ。
特に女性はね、お年頃でもあるし、美容関係には興味あるところだからね。
ヒルトやヘッダに聞いたところ、お付きの使用人を連れてきてない令嬢たちには、先輩たちが、美容品の入手方法からお手入れの仕方等々、そういったことをいろいろと指導してくれるんだそうだ。
その先輩たちも先輩たちに教わっているので、いわゆる伝統になっているらしい。
で、ブルーメ嬢たちの話だ。
異母妹であるイヴは、清潔感を保った身だしなみに、なおかつおしゃれにも気を使ってるのに、何故か姉であるブルーメ嬢は櫛を通したのかわからない髪に、服もよれている感じで、どうなっているんだ? となるわけだ。
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