27 守りたいものは何だったのだろう?
イヴはアンジェリカを虐待する両親を止めなかったと言うけど、僕もイジーもその言葉を額面通りに受け取ることはない。
だけど、その言葉を否定することも言わない。
イヴにどんな考えがあって、どんな気持ちで、両親の虐待から異母姉であるブルーメ嬢を助けたのか、それはイヴだけしかわからない。
そしてイヴは、誰かに自分の行いを知ってもらって、褒めてもらいたいだとか、そんなふうにも思っていないのだろう。
自分の中の信念の為に行動を起こした。それだけなのだ。
なんだろう……、キラキラって言うんじゃなくって、ギラギラって感じの生き方だ。
同時にイヴのそのギラギラが、綺麗だなぁとも思った。
誰にも気が付かれないだろう努力をしているイヴに、僕はエールを送る。
「イヴは、充分に貴族令嬢として、できていると思うよ」
その言葉に、イヴは思いもよらないことを言われたと言わんばかりの顔をする。
「そう、かな?」
「うん」
「ありがとう」
そこでようやくイヴは笑顔を見せた。
その笑顔は、令嬢らしい花がほころぶようなと、そんな形容とは程遠く、でも喜びに溢れて生き生きとしたものだった。
思わず見惚れてしまったよ。
だってイヴって、ずっと厳しい顔や、怒りを抑えた顔してたんだもん。
笑えば年相応に、可愛い顔なんだ。
いや、イヴもブルーメ嬢も、元から可愛いとは思っていたよ?
でも、ほら、僕の周囲には、美しいお嬢さん方がたくさんいるから、容姿の美しさには免疫があるというか、反応が鈍くなっちゃう。
イヴの事情は分かったけど、でもやっぱり問題は、ブルーメ嬢なんだよなぁ。
もともと内気で内向的、そこに虐待によるPTSDで、まともに対人ができないのは、やっぱり良くない。
例えばブルーメ嬢が、ただの伯爵令嬢であったなら、その経緯なら仕方がないなーって済ませられるかもしれないけど、彼女の立場はブルーメ家の唯一の当主であり次期伯爵なのだ。
対人ができない当主、そして次期伯爵として、貴族社会でやっていけるのか?
本人はそのことをどう思ってるのか? だよね。
「ブルーメ嬢、返事ができないならしなくていいよ。でも、僕らの声は聞こえるよね?」
当然のごとく返事はない。
「僕、ヘレーネ嬢とも知り合いだから、実を言うと、君とイヴの状況はある程度聞かされていたんだ」
何か言いたそうな顔をするイヴに、僕は自分の口の前で人差し指を立てた。
僕のそのジェスチャーに、イヴは開きかけた口を閉じて、ぎゅっと唇を噛みしめる。
「それでね、今の状態で王立学園に来ることに、誰も何も言わなかったの?」
八歳から十歳のあいだ虐待されて、発覚してからは、療養期間があったはずだ。
ヘンカー家からの監視が入ったと思うから、二人の両親が直接害することはなくなったはずで、でも元凶とは同じ家に暮らしていただろうから、完全な隔離ではなかっただろう。
療養も部屋から出てこないで、両親との接触に制限を掛けられたといった感じだったのかもしれない。
家庭内別居みたいな感じで、PTSDの治療ができたかは不明。
実父の伯爵代理と継母を家から排除させるというのは……、ブルーメ嬢が未成年であるから難しい話だ。
「僕から見ると、君は病気だとおもう。心の病気。君が、貴族でなく平民なら、心の病気を抱えたままでも問題ない。上学部に進学しないで、下学部終了後に何処かに就職すればいいだけの話だ」
まぁ、その人見知りでは、働き口があるかどうかもわからないけれど。
「でも君は、貴族だ。そして成人すれば、ブルーメ家の当主となり伯爵になる」
オティーリエは、ブルーメ嬢の芯はしっかりしている。一対一なら話はできるって言った。小人数とも対話は可能とも。
このブルーメ嬢を見ると、人見知りで片付けられるようなものではなく、重篤な心の病を患っているように見える。
いくら義務だと言っても、制約が多い学園生活を送れるだろうか?
オティーリエの言う通りなら、ブルーメ嬢のこれは、PTSDからくる症状ではなく、フリなんじゃないか?
本当は人見知りではなく、ちゃんとした受け答えができるのでは?
もしそうなら、なんでこんなことをしてるんだってことになる。
「君は、今のその状態で、貴族として生きていける? 生きていく気がある?」
やっぱり答えない。
そしてイヴの顔が怖い。
「イヴ、お茶飲んで。クッキーも食べて。落ち着いて」
イヴに声掛けしてから、僕はイジーを見る。
「クラスでも同じ?」
僕の問いかけに、イジーは静かに頷く。
「そっか、まぁこればっかりは、周囲が何を言ってもどうしようもないことだけど、でも一つだけ、ブルーメ嬢に教えておくね」
聞いているのかいないのかわからない彼女に、僕は告げる。
「返事をしないことは、君の身を守る術にはならないよ」
そこでブルーメ嬢は勢いよく顔を上げる。
あ、やっぱりそうなんだ。
「沈黙は、相手の都合のいいように解釈されるし、利用されてもいいって言ってるのと同じ。あの時自分は何も言わなかったと主張すれば、不利な状況に追い込まれても逃げ切れるかもしれない。でも、それは同時に、君はあの時何も言わなかったのだから、それは同意したのと同じだよね、とも受け取られることになるんだ」
ブルーメ嬢は、何も言わなければ、利用されないと思ってたのか。
「黙っていれば無関係になるんじゃないんだ。状況によっては、黙っていたら同意したことになる」
そんなの全然、良い手じゃないよ。
そんなことじゃ生き残れないよ。
七年前の国王陛下も、そうだったからね。
おかげで僕とおじい様の思い通りに物事が進んで、僕は王族でなくなるし、おじい様はマルコシアス家の直系の血をフルフトバールに取り戻すことができた。
「君は、そんな愚かな方法で、何かを守ることができると思ったの?」
そもそもブルーメ嬢は、一体何を守りたいんだろうか?
面白かったら、いいねとブックマーク、★評価もぽちりしてください。
モチベ上がりますのでよろしくお願いします。