26 どちらが姉だかわからない
「イヴ、どうして……」
泣き出しそうな顔で、震える声で、イヴにそう漏らすブルーメ嬢だけど、それを見たイヴの顔が……やべーわ。
苛立たしさでいっぱいというか、怒鳴りたいのを我慢してるというか。
「どうしてもこうしても、事実でしょう?」
低く押し殺した声で、イヴは短くそう答える。
「少し、いいだろうか?」
ずっと黙って異母姉妹のやり取りを見つめていたイジーが、静かに口を開く。
「ブルーメ嬢」
声を掛けるイジーに、ブルーメ嬢は再びビクッとして俯いてしまう。
「ブルーメ嬢、俺の声は聞こえているのだろうか?」
返事を返さないブルーメ嬢に、イジーは困惑してしまう。
「~っ、返事!!」
辛抱たまらんと言わんばかりに、イヴが声を荒らげる。
「呼びかけられてるんだから返事ぐらいしなさいよ!! 人見知りだからなんて言い訳してるんじゃないわ! あんた、イグナーツ様と同じクラスなんでしょう?! 言っておくけど、相手が王子殿下だから返事しろって言ってんじゃない、呼びかけられた相手に返事するのは、常識として当然のことだって言ってんのよ! 生まれながらの伯爵家のお嬢様なのに、なんでそんな当たり前のことができないのよ! マナー以前の話でしょうが!」
う~ん、たしかにそうなんだけど……。
「口挟んで、申し訳ありませんっ。続きお話しください」
そしてイヴは声を荒らげたことを取り繕う気はないようだ。自分の非礼を詫びて、眉間に皺をよせながら、ぐっと口を引き締める。
それはまるでここでまた口を開いたら、また怒鳴ってしまいそうなのを堪えているように見える。
「イヴ。お茶、飲もうか? 落ち着こうね」
「……はい」
唸るような返事をして、目の前のティーカップを持ち上げ、中身の紅茶を一気に煽る。
「本人を目の前にして、こんなこと聞くのはどうかと思うんだけど、ブルーメ嬢って昔からこんな感じだったの?」
「私は、八歳の時に実父に引き取られて、そこでアンジェリカと引き合わされたから、それ以前のことは知らないわ」
それはオティーリエから聞いて知ってるんだけど、言わないほうがいいか。
「イヴがブルーメ嬢に会ってからの話でいいよ」
「うちの恥っていうか、私の両親の非常識をさらすことになるけれど、私の父親は伯爵家の婿で、母親は愛人だったの。愛人って言っても、お貴族様の囲われてた愛人じゃないのよ。あのクズはそんな甲斐性なかったもの。娼館にいたのよ私たち母娘は。それでアンジェリカの母親が亡くなって、葬儀が終わってすぐに呼び寄せられたのよ」
「うん、それで?」
「母親が亡くなってすぐだから、アンジェリカも気落ちしてたと思う。でも、話しかければちゃんと答えたし、こんな喋れない状態じゃなかったわ。まぁ……、いきなりやってきた愛人と隠し子の存在には驚いただろうし、怯えられてはいたとおもうけど」
やっぱり父親と継母からの虐待のPTSDか。
「うちの両親クズなのよ」
吐き捨てるようにイヴは言う。
「お父……様もお母様も、伯爵であるアンジェリカの母親に対して、コンプレックス抱いてたから。でもその相手は亡くなって、何もできないじゃない? まぁ、生きてた時に、本人の目の前で何も言えなかったんだから、もともと小心者なんだけど。だから、子供であるアンジェリカに八つ当たりして、鬱憤を晴らしてたのよ。虐待してたの」
イヴは自分の親が虐待してたって、隠す気がないのかな?
このことを話して、自分まで虐待に加担してたって疑いの目で見られるとか、黙って見てたのかって、責められることはわかってるはずだ。
「イヴは……、親になにもされなかったのか?」
イジーの問いかけに、イヴは驚いた顔をする。
「私が? なんで? 普通は親と一緒にアンジェリカのことイジメてたんじゃないかって思うんじゃないの?」
「親と一緒にイジメてた人は、絡まれていた姉を見て庇ったりしない」
せやな。ついでに連れて逃げたりしない。
「そうね。でもクズ親がアンジェリカを虐待しているのを止めたりもしなかったわ」
そうかなぁ……。
だって、八歳から十歳。
本来、守ってくれるはずの親が敵になってる状態で、しかも誰に助けを求めていいのかわからなかったら、いくらイヴが、その年頃にしては、機転が利いたとしても、下手に動くことはできないんじゃないか?
イヴは生粋の貴族のお嬢様じゃない。
周囲に守られていた箱入り娘ではなく、娼館にいたのなら、人の裏をかいていく、こ狡い生き方を学んでいたんじゃないか?
もし、そうだったとしたら、正攻法でブルーメ嬢を庇ったとしても、そんなのは一時しのぎだと思ったはずだ。
親の虐待を終わらせるなら、まずは親よりも権力を持っていて、ブルーメ嬢の後見をしてくれるだろう相手を見つけるのが一番だ。
それには外に……、貴族のお茶会に出て情報を得る必要もあって、イヴがそれに出席するには、貴族としてのマナーを学ばなきゃいけなかっただろう。
すぐに動けなかったのは、そういった下準備があったからだだろう。
実際、そうやって、ブルーメ嬢が虐待されてることをヘンカー家に密告したのはイヴだ。
僕は、イヴがブルーメ嬢を全く庇わなかったとは思えない。
たぶん最初は、何をしてるんだと親に言ったんじゃないかな? でも虐待をやらかしてる親だから、取り合ってもらえなかったんだろう。
そのあとは、イヴの性格から言って、ブルーメ嬢にやられっぱなしでいるんじゃないと、発破をかけたんじゃないだろうか?
自分のことなのに、抵抗一つせず、虐げられてるままのブルーメ嬢に、イヴは苛立ったのだろう。
しかもブルーメ嬢は、ただの貴族令嬢ではなく、伯爵家の当主となるべく育てられていたはずだ。
自分よりも恵まれた環境にいて、多くの恩恵を得ているはずなのに、実父と継母の虐待を次期当主という権力で、捻じ伏せることもしない。
はっきりとしない苛立ちもあっただろう。
でも、それよりもきっと、自分よりも有利な立場にいるはずなのに、それを活かすことなく虐げられているブルーメ嬢に、腹立たしさのほうが強かったのかもしれない。
オティーリエが、イヴとブルーメ嬢の相性が悪いっていうのは、こういうことの積み重ねがあったからなんだろうなぁ。
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モチベ上がりますのでよろしくお願いします。