17 またもや女神の介入
僕が怒っていると思ったのか、ヘレーネ嬢は一生懸命弁明する。
「ヘッダ様からは、何も言われておりません。ただ、アンジェリカの周囲に気を付けるようにと言われただけです」
「それなら、その忠告通りにしていればいいよ。僕らの事情に巻き込まれる必要はない」
「……これは、アルベルト様への、わたくし、いえヘンカー家の個人的な贖罪でもあります」
贖罪……、罪滅ぼしをされるようなことをヘンカー家からされた覚えはないぞ?
「アルベルト様の不遇。もとをただせば、わたくしの実母が、国王陛下との婚約から逃げたことに起因しております」
「待って待って待って! さすがにそれはこじつけだよ」
「いいえ、マルコシアス家の家訓を捻じ曲げてまで、リーゼロッテ様を国王陛下の婚約者にされたのは、祖父母がわたくしの実母の我儘を聞き入れたからに他ありません。あの時わたくしの実母が国王陛下の婚約者になっていたのであれば、おそらく側妃になったのもわたくしの実母です」
情報管理のエキスパートだけあって、マルコシアス家の家訓のことまでよく知ってる。
だけど、ヘレーネ嬢の母君が国王陛下の婚約者に……。
あれ? ちょっと待って、なにかおかしい。
なんだろう、何がおかしいんだ? 変だって、引っかかってるのに、それが何だかわからない。
僕は何を見落としてる?
「アルベルト様。わたくしは次期ブルーメ伯爵となるアンジェリカの行動や選択を見届ける立場ではありますが、同時に彼女にとっての数少ない友人でもあるのです。もし、彼女がなにかしらの企みに巻き込まれる恐れがあるのだとしたら、それがわたくしのヘンカー家の特性で防げるのでしたら、手を貸したいと思うのは、当たり前のことではないですか?」
考えてるときに正論ぶつけないで! 何を思い出そうとしてるのかわからなくなる! 思考力が鈍る! そしてそんなこと言われちゃったら断れないでしょう?!
「お願いします。協力させてください」
頭を下げるヘレーネ嬢に、僕は何も言えなくなる。
だって、きっと何を言ってもヘレーネ嬢は引かないし、断ったら勝手に動き出しそう。ついでに情報収集に自分のところの手足を使うぞ。
「アルベルト様」
「わかった。ただし、ヘレーネ嬢。君にしてもらうことは、ブルーメ嬢の傍にいることと、彼女に近づいてくる人物のチェックだけだ。それ以外のことはしちゃダメ。チェックした相手を深追いするのも禁止」
「はい」
ヘレーネ嬢は淡々とした返事をするけれど、目の輝きが……
「ブルーメ嬢に近づく生徒は、ヘッダかもしくはオティーリエに報告して。二人が無理だったらヒルトでもいいよ」
「ヒルト……、ブリュンヒルト様ですか?」
「そう」
「わかりました。必ずや、お役に立って見せます」
ヘレーネ嬢は僕にカーテシーをして、僕らの前から立ち去って行った。
残されたのは、僕とヘッダ、そして少し離れたところにいるネーベルだけだ。
ネーベルはヘレーネ嬢が立ち去っていくと同時に、僕の傍に寄ってきた。
「まず先に、差し出がましくアルベルト様の意に染まないことをして、申し訳ありません」
先に口を開いたのはヘッダだった。
こうやって潔く謝るのは、ヘッダらしい。
「ですが、ヘレーネ様をアルベルト様に会わせる必要はありましたのよ」
「……続き、話して」
「はい、ヘレーネ様の話を聞いて、引っかかるところありませんでした?」
「あった。けど途中でぐちゃっとなってわからなくなった」
僕がそう言うとヘッダはクスリと笑う。
「情報量が多いとそうなりますわ。わたくし、ヘレーネ様の話を聞いて、気が付きましたのよ。ヘレーネ様の実母様は王妃殿下と同じく黄金色の髪です」
最初のほうの話だったな。
「リーゼロッテ様も金色の髪でしたわね」
それだ! 僕が引っかかったこと。
「まさか」
「えぇ、そのまさかですわ。『虐げられた伯爵令嬢は氷の王太子に溺愛される』について、オリー様に詳しい話をお聞きしましたのよ。このお話に出てくる王太子様は、アルベルト様のお名前を持ちながら、イグナーツ様と同じ黄金の髪に紫の瞳をお持ちとのこと。王太子の母親は王妃ではなく側妃という立場である。でも、話に出てくる王太子の母君の情報は『侯爵令嬢』であったというものだけで、何処の家の人間であったのかということは何一つ書かれていなかったようです」
つまりヘッダは、元のラノベに出てきたリューゲン王太子の母親は、フルフトバール侯爵令嬢ではなく、ベシュッツァー侯爵令嬢であったのかもしれない、と言いたいのだ。
「ついでに言いますと、ヘレーネ様の実母様は、昔、国王陛下をお慕いしていたようですわ。王子殿下の婚約者に相応しいのは自分の他いないと、息巻いていたようです」
なんだそれは。それはまるで、母上のようじゃないか。
いや、待って。母上が国王陛下に一目惚れしたのっていつだった?
「この話はヘレーネ様のご両親や、当時のことに詳しい方々に確認を取りました。国王陛下をお慕いしていたはずのヘレーネ嬢の実母様は、王家のお茶会を欠席し、しばらくして病弱であると言う話が広まり、婚約を打診されても、子が産めぬやもしれないと言うことで辞退されました」
子供を産んでることからして、その病弱云々は嘘だってわかってる。でも、じゃぁヘンカー家はなんでそんなことをしたんだ?
「お茶会の前日に実母様は急に『お茶会は欠席する』『王子殿下の婚約者になんかならない』と言い出したそうです。ヘレーネ様が言うには、実母様は物事にとらわれず、大変に信念が強いお方なのだそうですわ」
言い換えると、身勝手で我儘だと。
ヘレーネ嬢の色彩が自分とも旦那とも違うという理由で、実家に引き取らせたほどなのだから、相当に苛烈な気性なのだろう。
おそらくヘッダは、ヘレーネ嬢の実母にも、女神の介入があったと言いたいのだと、察した。
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モチベ上がりますのでよろしくお願いします。





