07 公女の兄君が上学部の学長だそうだ
とにかくこう言ったことは、誰かにすり寄ってくる相手が出てこない限り、どうしようもない。
近づいてくる相手に気を付けつつ現状維持だ。
「それから、アルベルト様。最後にもう一つご相談というか、お伝えすることがあります」
神妙な顔をしながら、オティーリエは告白してきた。
「上学部の学長は、ローレンツ・ヨハン・アインホルン。わたくしの二番目の兄です」
「……オティーリエ。ダーフット・ザルツと言う名前に心当たりある?」
「兄の側近の名前です」
やっぱりあの人、下学部の学長の秘書じゃなかったね。秘書は秘書でも、上学部の学長の秘書。探り入れてきたのかな?
それにしても上学部の学長かぁ。
「随分若くして学長になったんだね?」
シルトたちよりも一つ下だから、相当若い学長だよね。
僕がそう言うと、オティーリエは眉間にしわを寄せながら答えた。
「天下りのようなものだと思ってください。本人に大した功績があったわけでも、明晰な頭脳があるわけでもありません。ただ勉強ができる・得意と言うだけの人間で、教師という道に進んだものの、人にものを教えるということに向いていない。しかしアインホルン公爵の直系で、継承権を持っている公子です。扱いに困りますよね。持て余した学園の理事会が、それなりの地位に据えさせておこうと、上学部の学長に就任させました。実質的な学長の仕事は、副学長がなさっていて、兄は本当にただのお飾りです」
すっごい言いざまだなぁ。
仲の良い兄妹じゃなかったっけ? 兄君のほうは妹ラブなのは間違いないはず。だから身内限定で、妹を危険にさらした僕の悪口を言いふらしていたわけだし。
「勉強できるだけっていうなら、学者にさせればよかったのに。なんで教師?」
「兄は何かを研究して何かを発見する、そう言った発想力が皆無です」
「学者、研究者としても無理だったわけね?」
「はい。アルベルト様にご協力をお願いしたいのです。お手を煩わせることになると思うのですが、今しばらく兄を泳がせてください」
それは公子が僕に何かを仕出かすことを待っているってことになる。
そもそもの話、公子たちはオティーリエの魅了の影響で、「妹に近づく奴は敵」、「妹を悲しませる奴は悪」、って感じで、妹ファースト状態だったんだよね?
でもそれはヘッダが開発した腕輪で、収まっていると報告されている。
「オティーリエのお兄さんたちって、魅了でおかしくなっていたんじゃないの?」
僕がそう言うと、オティーリエは腕輪に触れながら首を横に振った。
「ほとんどの男性は、この腕輪のおかげで、魅了に惑わされることはなくなりました。ヘドヴィック様からこの腕輪を頂いた後、父の過保護も常識の範囲内に収まるようになりましたし、わたくしへの教育不足も自覚してくださったのですが、二人の兄は変わりませんでした」
変わらない?
「ヘドヴィック様が言うには、元の性質だと」
「度を越したシスコンってこと?」
「アルベルト様から女神の話を聞いたとき、兄たちのあれは、魅了もですが女神の干渉もあったのではないでしょうか?」
ない、とは言い切れない。むしろあり得る。
「今にして思えば、兄たちはわたくしのことを『女神』扱いしていたような気がします」
「う~ん、女神がオティーリエを自分の現身にしたがってるのかな?」
途端にオティーリエは嫌そうな顔をした。
「女神は兄に干渉してくるはずです。それによってアルベルト様と接触し、何かしらの不敬を働けば、それを理由に学長の座から降ろし、わが家へ謹慎させる口実ができます。それさえできれば、もう一生、兄が外に出ることはありません」
上の公子はアインホルン公爵の命令で、ここ二年ほど領地から出ることが許されていない。
表向きは次の公爵として、アインホルン領の領地経営に注力させているという態ではあるけれど、そのうち事故死させる気でいるようだ。
オティーリエの様子から見るに、学長をやっている公子のほうは、やらかしたら即領地で謹慎させ、そのうち心を病んで亡くなったという筋書きを立てているのではないだろうか?
「ヘドヴィック様ならもっと効率のいい、そして思い切りがいい方法をとられるでしょう。わたくしは、やはり凡人ですから、ヘドヴィック様のようにはできません」
「ヘッダはさぁ、ギフテッドなんだと思うんだよね。オティーリエだけじゃなくって、誰もあんなふうには出来ないよ。そもそもの土台が違うんだから、比較すること自体が無謀というか、するだけ自分のメンタル壊れるよ」
とは言っても、オティーリエの性格からいって、気にしちゃうんだろう。
「オティーリエはどうやったって、ヘッダのようにはできない。その代わりヘッダのやり方を見て自分でできるようにカスタマイズはできるでしょう? それが遠回りなやり方でも結果が同じならそれでいいんだよ」
兄二人の処分は、オティーリエが考えた方法なのだろう。
ヘッダなら、オティーリエの言うとおり、効率よく二人まとめて処分できるだろうけれど、それはヘッダだからこそ仕掛けられる策だ。
仕方がないよ。
だってオティーリエは二十一世紀の日本人の意識が、根本にあるんだもの。
あの世界で一般人として普通に生きてきた少女が、家を残すために身内殺しもある、この陰惨極まりない貴族社会になじむには、相当なストレスを抱えることになるとおもう。
「アルベルト様、ありがとうございます」
感謝の言葉を声に出すオティーリエは、どこか吹っ切れたような顔をしていた。
「それから、兄のことでこれからご迷惑をおかけすることを、謝らせてください」
「いいよ。もう決めてるんでしょう?」
「はい、これが最後です。もう二度とアルベルト様のお手を煩わせることはないと、誓います」
オティーリエがそこまで覚悟を決めているなら、僕が口を挟む問題ではない。
「兄君のことは気にしなくていいよ。それよりも、オティーリエも気を付けるようにね」
可愛さ余って憎さ百倍ってわけじゃないけど、追い詰められた人は何を仕出かすかわかったものではないからね。
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