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第一話

 あたしはお狐さん、お狐様。そう呼ばれている。

 百年、二百年、もっと前?五百年?もう覚えていない昔。

 あたしは生まれた。


 お母さんから人里に行ってはいけない。魔物は危ないから魔物の気配を感じたらすぐ逃げなさいと繰り返し言われた。

 あたしは言いつけを守って山の中を駆け巡って遊んでいた。


 ある時人の気配を感じた。何人かの子供が山に木の実を拾いに来たらしかった。一生懸命拾っている。一人遅れて迷子になった。泣いている。

 山は日が落ちるとすぐ寒くなる。暗くなる。魔物も出る。早くしないと死んでしまう。小さな女の子なのにかわいそう。案内してやろう。


 ほら、泣かないで。涙を舐めとってやる。こっちだよ。少し歩いて振り返る。始めポカンとしていたが、もう一度少し歩いて振り返ると、気がついて歩いてついて来てくれた。

 少し歩くと人の杣道に着いた。知っている道らしかった。お狐さん、ありがとう。今度遊ぼうね。またね。


 杣道を走っていく。少し走ると女の子を探していた子供達に出会った。もう大丈夫。あたしはお母さんの元へ帰った。


 それからあたしは遊ぶ時、女の子を探した。他の子といるときは遠くから見ているだけにした。


 女の子が一人で来るときは、お狐さんと森の入り口で呼ばれる。

 あたしは嬉しくって走って行った。

 待ってたよ。

 女の子と楽しく遊んだ。木の実をやったり、女の子が竹の皮に包んだ小さなおにぎりをくれたりした。そうやって何年も遊んだ。


 あたしはお母さんとはもう別れていた。だから知っているのはこの子だけだった。


 あるとき女の子がお嫁に行くと言ってきた。あたしは寂しくなった。その夜、アオーン、アオーン、アオーンと何回も泣いた。


 次の日、あたしが山の中から見ていると女の子が大人に連れて行かれてどこかに行った。あたしが見送っていることがわかったのだろう。手を振ってくれた。

 アオーン。

 あたしは女の子にさよならを言った。


 それから村の子供達が山に来ると、木の実を転がしておいたり、時々顔を見せたりした。でも子供達は女の子のように近づいては来なかった。

 でもあたしはそれでよかった。時々、竹の皮に包んだ食べ物を置いて行くこともあった。木の実のお礼なのだろう。


 みんなだんだん育って行く。顔ぶれも変わって行く。


 ある日、お狐さんという呼び声がした。

 あれ、女の子だ。随分久しぶりだ。

 あたしは嬉しくって森の入り口まで走っていった。

 女の子は大きくなっていた。子供を連れていた。女の子だ。可愛い。初めて会った時の女の子にそっくりだ。こっちを見ている。


 「お狐さん?」

 「そうだよ。お母さんの友達のお狐さんだよ」

 あたしは嬉しかった。友達と言ってくれた。

 何日か二人で遊びに来た。美味しい木の実を教えたり、おにぎりを持ってきてくれたりして、たくさん遊んだ。


 明日は帰るという日、山から魔物の気配がした。

 あたしは叫んだ。

 早く逃げて。


 あたしの友達とその子は逃げ始めたが足が遅い。魔物が森の奥から姿を現した。あたしの友達とその子を狙っている。


 このままではやられてしまう。あたしは大きな魔物に向かって行った。体当たりをした。跳ね飛ばされた。


 魔物はあたしの方には見向きもしなかった。魔物が親子の方に向かう足は止まらない。あたしの友達二人が食べられてしまう。あたしは必死になって、魔物を追い抜いて女の子との間に入って、魔物に向き直った。


 あたしは魔物に向かって走って勢いをつけて、思いっきり飛び上がって魔物の顔に張り付いて両目に爪を立てた。

 魔物は吠えた。あたしの体に魔物の両手の爪が食い込む。体が引きちぎれそう。離すものか。あたしは死んでも友達は守る。目は潰した。


 あたしはもう手足が動かない。少しずり落ちた。魔物の鼻が目の前にくる。あたしは残った力で魔物の鼻に思いっきり噛み付いた。それしかできなかった。


 魔物に叩きつけられた。でもあたしはやれることはやった。魔物は目と鼻を潰されて、あちこちの木にぶつかっている。あたしの友達は逃げられたろうか。目が見えなくなる。ふっと体が浮いた。もう死ぬんだろう。


 「死なないわよ」

 「え、あたし目が見える」

 「そうよ。友達思いね。偉いわ。生かしてあげる。でもあの辺はダメね。魔物が多すぎる。魔物が少ない地に送ってあげるわ。魔物除けの力も授けましょう。あなたがいれば魔物がいなくなるわ」


 「あたしの友達は、助かったの?」

 「大丈夫よ。魔物は目と鼻を潰されて一箇所をぐるぐる回っているわ。その隙にあなたの友達とその子は村まで戻れたわ。あなたを心配している。声を届けてあげる。無事と知らせたら」

 「ありがとうございます」


 なんて言おうかな。

 「あたしは無事だよ。神様に助けてもらった。でももうあたしはこの山にはいられない。だから来てはだめだよ。楽しかったよ。もっと遊びたかった。あたしの友達。ずっと覚えているよ。幸せにね。さようなら」


 友達が安心したのがわかる。そして泣いた。あたしも泣いた。

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