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繰り返しの日常

初投稿です。思い浮かんだストーリーを形にする練習をしています。

平穏とは、何よりもつまらなくて、何よりも尊い、究極の表裏一体である……。


「……それだから君たちの周りに転がっている幸福の数を数えたことはないでしょう。当たり前を甘んじて受け取っていてはいけません。例えば貧民の多くいる国では……」


夏休みの明けたばかりの学校。6時間目。授業中にも関わらずそわそわとした空気が漂うなか、初老の国語の教師が何かを熱心に語っている声が頭の中を右から左へと通り過ぎてゆく。窓際の一番後ろの主人公席で、流れる雲をぼんやりと眺めていた視線を時計に移すと、針は授業の開始時刻から半周を回ったくらいであった。


才野ハヤト。サイノハヤト。高校二年生。17歳。身長176センチ。血液型は不明。実家暮らし。両親は健在、犬が1匹。至って普通の、不便のない暮らしを送っている。好きなことは読書とゲーム。特技は特になし。強いて言えば数学が得意。


自分のプロフィールを再確認しつつ、才野はふぅとため息をついた。


平凡、平穏、普通、なんにも変化がないこと。面白みのないこと。昨日見たスパイ映画のように世界の富豪に取り入ることもなければ、世間で人気を博すあのゲームのように落ちているショットガンを探して街を走り回ることもなく、ある日突然異世界貴族の子供に生まれ変われたりなんかもしない。教室に突然犯罪者が乱入してくることもなければ、可愛くて自分に懐いてくれる幼馴染とのラブストーリー展開もない、ありふれた日常である。


何不自由ない人生の貴重さを理解していないわけでは無い。でも、なんかあったっていいだろう。俺が他に類を見ない主人公になるようなこと、一世一代の大冒険が、一つくらい。これまた多くの人が夢見るであろう普遍的な願望を抱えて、才野はまた息を吐いた。

つまんねぇ、俺も大概つまんねぇ奴だし、とむくれて前の席に座る春海ハルウミの背中をシャーペンでなぞれば、その肩がピクリと跳ねた。お、ちょっとおもしろい。


しばらくして前から飛んできた四つ折りの紙には、「うぜぇ」「放課後買い物付き合えよ」と粗雑な文字で書かれていた。




授業の終わるチャイムが鳴り、形だけ開いていた教科書を揃える。顔をあげれば、振り返った春海がじっとりとこちらを睨んでいた。


「ハヤトてめぇ、暇だからって俺で遊んでんな」

「何のこと?」

「くっそ、次俺が後ろ取ったら覚悟しとけ」


春海カイは才野の幼少期からの友人である。運動や流行が大好きで、気づけばクラスの真ん中で笑っているような、底抜けに明るいスポーツボーイだ。暇さえあれば本やゲームの世界に没頭していた才野を家から連れ出してきた春海と才野は家族ぐるみでの交流も多く、春海の部活が無い日は放課後に一緒に遊びに行くこともあった。


「カイって毎日楽しそうですげーよな」

「は?どした?」

「まぁまぁ。今日の買い物って何?」

「ほら、修学旅行だろ、もうすぐ。色々必要なものをさ」

「あー……」


春海の言葉に、才野は天を仰いだ。お前まさか忘れてたわけじゃないよなと半笑いする春海にうるせ、と返す。才野と春海の通う霞谷高校では修学旅行は例年高校二年生の秋に予定されており、今年も例に洩れず、その時期が迫っていた。


「なんかねーかな、楽しいコト」

「んな退屈そーにするくらいなら彼女作れよ、お前なら出来んだろ」


こないだだって告られてたくせに、と春海が小突く。その言葉を聞いた他のクラスメートがざわつくのを横目に、才野は天井へ向けていた顔を戻した。


「あんま興味ねぇの、俺そーゆーの……知ってんだろ」

「お前、セイちゃんのことまだ引きずってんの?」

「小学校の頃の話じゃねーか!」


いいから行くんだろ、買い物。置いてくぞ。

そう言って才野が席を立てば、春海も慌てて席を立った。春海の言うように彼女でも作れば確かに、退屈ではなくなるんだろう。でもそれじゃあ「普遍」とは何も変わらないんじゃないか、と思う。実際女の子と付き合ったことが無いわけでは無いが、才野の求める「刺激」にはなにかが、及ばなかった。毎回「ハヤトくん、私といてもつまらなさそう。私じゃなくても、きっと大丈夫なんだね」なんてお決まりのセリフで振られているのがその証拠だ。


そんな生暖かい幸せじゃない、なんだか、もっと爆発的な何か。映画のような、小説のような、ゲームのような、非現実的で何物にも及ばない、強力な何か。


そんな、

「平穏」を疎んだ天罰が、渇望した「刺激」が。

まさかあんな形で下ることになろうとは、この時の才野は欠片も想像していなかった。

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