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第八話

 四月九日(日)19:00


 日比谷の家から帰宅し、夕飯を食べてからスマホをいじっていた。

 いつもなら何かしらのゲームやウェブサイトを覗いているところだが、今日は何故かそんな気分になれなかった。


「はぁ。なんだろ? 何もやる気が起きない」


 と言うよりも、何をやっても物足りない気がする。それに胸の奥がなんだか痛い気がする。病気かな? ってそんなわけないよな。

 俺は決して鈍感な男子高校生ではない。しかし、過去のトラウマからわざと鈍感な男子を演じ続けている自覚はある。

 そしてその演じる期間が長ければ長いほど、その演じている人物を本当の自分だと勘違いする。

 長い人生の中から振り返ってみれば、大した事はないかも知れない。だが、高校生と言う立場で、小学校、中学校という九年間を演じていれば、それが当然の様になってくるものだ。

 俺は自分の気持ちを偽っているつもりはないが、花子さんの事を考えた時に訪れる胸の痛みは説明出来ないままでいた。

 こういう時は実際に話してみると何かわかるかも知れない。


「花子さん、今何してるかな? 電話かけてみよっかな」


 スマホの画面をいじりながら呟き、今日会っていない学校の地縛霊に電話を掛けるかどうか迷っていた。

 いや、既に俺の中では決定事項だ。

 WIREトークの一番上に表示されている名前をタップする。

 最近イタズラと思われるようなWIREを送ってきた相手とのトーク画面を開き、無料通話ボタンをタップする。

 通話口を耳に当て、数回の呼び出し音を聞いたあと呼び出し相手が応答する。


『隼人? どうしたの?』

『いや、特に理由は無いんだけど、今何してるかな? って』


 まさかただ暇だから掛けたとはさすがに言えないよな。

 こういう時、女の子ってどう言われたら嬉しいんだろ? やっぱり「声が聞きたくて」とかにすれば良いのかな? いやさすがにそれは気障すぎるか。


『校内に誰もいないから、とりあえず近くの図書室で本読んでるよー!』


 またしても明るい声が聞こえ、そんな思考はどこかに吹き飛んでしまった。代わりに別の事が頭に浮かぶ。それは、


『ポルタ―ガイストじゃねぇか! 誰かに見つかったらどうするんだよ?』


 もしも今、花子さんの近くに誰かいた場合、図書室の本が勝手に捲られていくのが見えるはずだ。

 言うまでもなく、それは怪奇現象に見える。


『大丈夫大丈夫! 図書室には隠れるところたくさんあるから! それに誰もいない学校って足音が響くから、誰か来たらすぐに隠れるし!』


 だがその原因を作り出している通話口の相手は、あっけらかんとした快活な声で俺の不安を取り除いてきた。


『はぁ……人間から隠れる幽霊ってどうなんだろ?』


 本来ならば幽霊といえば人間を驚かしたり、悪霊であれば悪さをするはずだろ。

 それなのにその人間から隠れる幽霊って残念すぎる。

 とそこまで考えてから、何かを思い出したように顔を上げて花子と視線を合わせ「あれ?」と口を開く。


『そう言えば、花子さんってトイレから出られなかったんじゃないの?』


 昨日花子さんは自分の口から『地縛霊』と言った。それならばトイレからは動けないはずである。

 地縛霊ならば、その場に縛り付けられて動けないというのが常識だ。

 それなのになんで花子さんは今、トイレから離れ近くの図書室にいるのだろうか。

 そう思った俺の疑問に通話口の花子さんが「えっとね」と話し始めた。


『基本的にはそうなんだけど、それは生きてる人の「意識」があるからだよ。私たちは聖域って呼んでるけど。今日は日曜日で人がいないし、聖域の範囲が狭いからある程度動けるんだ』


 花子さんが口にした「聖域」はつまり、生きている人間の意識が多い場合、姿が見られても「気のせい」と思われることが多く、それにより花子が悪霊化するリスクが高まることを言っているのかも知れない。

 それが今日は日曜日だからある程度出歩くことが出来るということか。


『だからトイレの隣にある図書室ぐらいなら行けるってことか……どんだけ自由な地縛霊なんだよ。ちなみにどんな本読んでるの?』


 残念感がこみ上げて軽く溜め息を吐き、素直な感想を漏らす。

 そういえば読書が趣味って言ってたな。自己申告だから本当かどうかはわからないけど。

 どんな本を本出るんだろう?


『今はね「学校の怪談」だよ!』

『シュールすぎるだろ』


 またしても残念感がこみ上げ、自分のスマホに向かってボソリと呟く。

 そんな俺のつぶやきを花子さんは気にした様子はなく、読んでいた本の感想を語りだした。


『でもこうして読んでみると、私の先輩はみんな悪い人だったんだねぇ』

『しみじみ語るな! あと少し遅かったら、花子さんだって危なかったんだろ?』


 読んでいる本に載っている「トイレの花子さん」が、どういう悪さをしたのかはわからないが、学校の怪談で一番有名な幽霊である。

 大体想像はできるというものだ。

 まったく、小学生の頃に読んだ花子さんは、見つけた子供をトイレに引き込んで霊界に連れて行くような悪さをしてたはずだぞ。それなのに俺と会話している花子さんは、人間から隠れ、誰もいない図書室に行って、恐い話が載っている本を読んでいるって、どれだけ残念なんだ? それに俺が見つけなかったらそいつらの仲間入りだったんだけどな……。


『あ、そうか! そしたら先輩たちはみんな悪霊になっちゃったのかな?』


 俺の言葉を聞いて、自分のことをすっかり忘れていたようである。

 俺と出会うのがあと一週間遅ければ、この花子さんもめでたく悪霊の仲間入りしていたはずだ。

 図書室にある本の内容から、花子さんが頭に浮かんだ感想を言う。


『知らん』


 学校の怪談に載っている幽霊は、基本的に悪さしかしないんだから悪霊になってるんじゃないのか。

 それぐらい想像できると思うんだけどなぁ。


『アハハだよねー』


 花子さんが乾いた笑い声を上げる。

 その声色がやや寂しそうに聞こえた。

 さすがに失言だったかな?


『あれ?』


 謝ろうと口を開けた瞬間、通話口の声色が突然険しいものに変わる。


『ん? どした?』


 何かあったのか?


『揺れてる? 地震かな?』


 花子さんが何気なく呟いた。

 その声に部屋を見回してみると、たしかにところどころ揺れている。

 そしてその揺れがだんだんと大きくなっていくのが分かる。


『あ、本当だ。結構大きい』


 部屋の本棚から数冊の本が落下する。

 窓ガラスがガタガタと揺れて大きな音を立てる。

 まぁ日本でこのぐらいの地震は当たり前に発生するからな。


「そのうち収まるよ」

『うんそうだね……きゃあ!』

『花子さん! どうしたの?』


 突然通話口から花子さんの悲鳴が聞こえた。


『……』

『花子さん! 花子さん! 返事をしてくれ!』


 花子さんから何も返事がない。

 何か起こったのか?


『ゴメン、急に本棚が倒れてきたからびっくりした』

『え! ケガはない?』


 図書室の本棚が倒れてきたって、大丈夫なのか?


『幽霊だからね』

『あ、そう言えばそっか!』


 幽霊なら物理的なケガはないよな。

 さっきまで花子さんのことを『幽霊なのに』と思ってたのに、何だか花子さんに揚げ足を取られた気分だ。


『でも結構大きかったね』

『そうだね。こっちでも家の前のコンビニの中が結構なことになってるよ』


 そう言って自分の窓から外を見てみれば、向かいの個人経営のコンビニでは棚からアルコール類の瓶が落ち、割れた破片を拾っている店主が見える。

 初老の店長が何やらブツブツ言いながら破片を片付けている。

 今の地震の影響だろうな。これはかなり被害が出ちゃったのかな?


『ん? あれ?』

『どしたの?』


 余震でも続いてるのかな? でもそれにしてはなんか……。

 花子さんの声が、いつもの調子じゃない。

 まぁ大したことはないだろうけど。


『何か動けない。それにあれって……もしかして、悪霊?』

『え?』


 あくりょう? って悪霊のことか?


『ヤバイ、どんどん瘴気が濃くなっていくみたい。苦しい!』


 瘴気? 悪霊? どういうことだ? うちの学校の図書室にそんな危険な奴がいたのか? いや、それよりも今は、


『花子さん! 花子さん!』


 何か答えてくれ! 悪霊がどうしたって?


「花子さん! チッ! くそったれが!」


 通話が切れやがった。

 もう一度花子の名前を呼んでから『通話終了』の表示をタップする。

 何も持たずに一階に降りて行ってドアを乱暴に開けると自転車にまたがる。


「隼人ーこんな時間にどこ行くのー?」

「学校!」


 母親の言葉に短く答え、太ももがはち切れんばかりにペダルを全力で漕ぎ、途中にある赤信号なども全て無視し、花子さんの待つ学校へと急ぐ。

 春になったばかりの生ぬるい夜風が、これから起こる不吉な出来事を助長しているように頬を撫でる。

 その生ぬるい向かい風の中を、自転車で飛ばしながら学校に向かって走り抜ける。

 あと十分もあれば着く。それまで無事でいてくれ!



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