第五話
四月八日(土)9:00
「誰だよこんな朝から」
小学生の頃であれば、土日の休みはかなり早くから起床し、普段見れないテレビやゲームをやっていたが、中学に上がったあたりから夜更かしが続き、その影響で年中寝不足となっていた。
そんな寝不足を解消するのが休日の長時間睡眠である。
長時間睡眠と言えば通常よりもちょっと長めの睡眠を想像するだろうが、俺のそれは度を越している。
前日布団に入るのが大体深夜二時。そこから眠り始めて朝を通り越し、正午を経過し、昼の三時を更に通り越して夕方五時くらいに起床する。
眠っている間は死んだように眠り、たとえ震災が起きようと起きることは無い。
簡単に表現するならば、私生活が乱れている。いや、乱れ切っている。
そんな六畳一間の部屋に通知音が響き、はっきりしない視野で自分のスマホを操作して、誰からの通知なのかを確認する。
『オハヨ! 今日は土曜日だから来れないんだよね? 本当は少しでも会えれば良いんだけど、わがまま言わないようにするね! また明日!』
送ってきた相手は、昨日WIREを通じて知り合った女の子、“花子さん”だ。
女の子と言ってもその相手は普通ではない。何が普通じゃないかと言われれば、その女の子は学校のトイレでしか会う事が出来ない。
その女の子はある条件を満たさないと会話が出来ない。その女の子は子供たちに昔から怖がられている。
その女の子は息をしていない。心臓が動いていない。細胞が……まぁ、とどのつまり、幽霊である。
どういうわけか俺は「トイレの花子さん」とWIREでやり取りをし、出会う事になったわけである。
その花子さんからWIREが届き、通常目覚めることのない俺の睡眠、否、爆睡を妨げたのである。
「そう言えば毎朝送るって言ってたな……」
夢じゃなかった……ってことか。
まぁ昨日の帰り道から、夢で終わらせないって決めてたけどさ。しかし、本当に送ってくるとは思わなかったな。
さて、どうするか……。
『時間が取れるかわからないけど、部活の奴らに紛れて少しでも会いに行こうか?』
本当はもう少し……いやかなり寝たいんだけど女の子、それもかなりの美少女であれば話は別だ。
だから『来ないで良いよ』と言いやすくするための「時間が出来たら」という文面なのだから。
俺にとって休日は、日ごろの寝不足を解消をするための貴重な日である。
それを昨日会った女子……というより幽霊のために使うのは、俺のココロに何かしらの変化があった訳ではなく、ただの社交辞令だ。
『え? 本当に? 何か悪い気がするなぁ。でも待ってるね!』
どうやら花子さんの頭の中では、俺が学校に行くことが決定してしまったようだ。
遠回しに「行きたくない」って言ってるのは、花子さんには伝わらないみたいだな。
……行くしかないか。
四月八日(土)10:00
校舎北側の図書室近くにあるトイレ内は、土曜日という事もあってかいつも以上の静けさを纏っていた。
その空間を乾いた音が三回鳴り響く。
「花子さ~ん、遊びましょ!」
言わずと知れたトイレの花子さんを呼び出す方法だ。
『あ、は~い! ちょっと待っててね~!』
昨日と同じ明るい声が耳に届く。
普段この時間であれば、人通りが少ないとは言えそれなりに話し声などが聞こえてくるのだが、今日は土曜日という事もあってかいつも以上に静かに感じられる。
聞こえるのは校舎外の車の音と部活を行っている生徒たちの声。
そしてその中で異彩を放つ花子さんの声だけだった。
『本当に来てくれたんだ?』
いや『来てくれたんだ?』って……WIREした時から決定してましたよね?
間違いなく来ること前提で話が進んでたよね?
「まぁ先生には大分怪しまれたけどね、ごまかしたけど」
実際は忍び込んだんだけどね。今先生に見つかったら面倒だな。
『ふふ、ありがと』
そう言うと花子さんが両手を胸の前で握って笑顔を向ける。おもわず効果音で“きゃぴ♪”と聞こえてきそうな仕草だ。
あざとい……こういう仕草はデフォルトでやってるのか? それともわざとやってるのか?
どちらにせよ、この行動に騙されないようにしないといけないな。
「んで、今日は何しようか?」
ここに来た目的というのは、花子さんを認識することである。そのためだけに来たならば、こうして会いに来た時点で目的は達成しているということになる。
だが、せっかく学校に来のだから、それだけで帰るのももったいない……というより、花子さんともっと話がしたかったというのが本音だ。
『私が出来るのってお話ししかないよ』
「あ、そっか! う~ん、そしたらお互い自己紹介でもしようか?」
そんなのはわかってる。俺もそれが目的だから。
俺としては、こうしていつまでも花子さんの相手をしているわけにもいかない。
だから花子さんのことをもっと知って、何かしらの解決策を見つけるのが目的だ。
『あ……でも私』
「あぁ、名前は気にしなくて良いよ! 覚えてるところだけで良いから!」
名前以外にも情報はある。例えば年齢や趣味がわかれば、そこから派生して調査することも出来る。
仮に年齢がわかった場合、ここ二ヶ月以内でなくなった派手な女子高生を探せばいい。
趣味が分かれば部活動に所属していた可能性が高い。
ただ花子さんが俺の考えを読んでいた場合、ちょっと危険な質問だったかもしれないけど、
『ん、分かった!』
「じゃあ俺からね! 俺は西園寺隼人、一七歳。身長一七二cm、体重五八kg。家族は母親と妹の三人家族。趣味は……寝ることかな」
『それ趣味って言わないよ! えっと私はこのトイレで地縛霊してる一七歳、名前は思い出せないけどトイレの花子さんやってる。スリーサイズは上から八八(E)、五八、八〇! 身長は一五二cm、体重は……秘密!』
どうやら俺の意図は分からなかったようだな。それもかなり斜め上の事が知れた気がする。ってそれよりも
「幽霊に体重なんてあるの?」
もしかしたら俺の質問はデリカシーというものにかけていたかもしれない。
まがいなりにも女性に体重を聞くというのは、やや配慮が欠ける質問だっただろう。
問題はその女性が生きているか死んでいるか、という点かもしれない。
『生前……かな! それで趣味は多分読書かな』
その俺の質問に、特に嫌な顔をすることなく答える。
体重のことはスルーしていたが、これには触れないでおいたほうが良いだろうな。
「多分?」
『記憶が曖昧だから確実には言えないの。ごめんね」
それなのに趣味が読書っていうことは覚えてるのか? これは何かのヒントになるかもしれないなぁ。
『それで、隼人は今日何時まで一緒にいれるの?』
腕を組んで考え込んでいた俺だったが、花子さんの質問にハッとして顔を上げ「う~ん」と唸ってから口を開く。
「大体夕方くらいかなぁ。それ以降だとさすがに先生に怒られるし」
『あ、そうだよね! それまで何も予定ないの?』
それは『あなた休日に遊ぶ相手もいないの?』に聞こえますよ。そういう発言は結構傷つきますよ! 分かってるんですか?
一人で傷心してから軽く溜息をついて口を開く。
「昨日も話したけど、友達いないんだ」
『何で? 性格と女性の扱い以外には悪いところなさそうだけど』
「女の扱いはともかく性格は余計だよ!」
え? 何? もしかしてこれ、俺の事を傷つけようとしてる? わざとなの? そんな言い方されるとさすがに俺も凹んじゃうよ。
再び傷つきそうになった俺を花子が『まぁまぁ』と言い、両肩に手をのせて柔らかな微笑みを浮かべて更に質問する。
『それでどうして友達いないの?』
「うん、すごく恥ずかしい話なんだけどさ」
って俺の中で封印していた恥ずかしい出来事を話しても良いのか? もしかしたらそれを原因にもう会ってくれないかもしれないんだぞ。
自問自答して花子さんに話すべきかどうかを悩んでいたのだが、
『別に他人に話すわけじゃないし、良いんじゃない?』
その答えはすぐ目の前の少女から帰ってきた。恥ずかしい話でも誰にも話さず受け止めると、そう花子は言っているのだ。しかし、
「いや、花子さんが話さないとも限らない……」
今までの経験と他人を信用出来ない性格から、言葉を濁しながら軽く拒否反応を示す。
『誰に? この学校で私の事認識してるの隼人だけだよ!』
しかし、これも花子さんによって否定された。
たしかに俺以外に花子さんを認識している人物はいないから誰にも伝わらないだろう。
「……まぁそれもそうか」
こう言われてしまうえば特に拒否する理由と言うのも特にはない。
それにこれで嫌われても問題はないんだよな。ここに来る理由もなくなるしな。
『そうだよ! それで?』
「……笑わない?」
でもやっぱり話す内容が内容だけに、かなり勇気が必要だ。
だからそんなに期待したような目で俺を見ないでくれ。このままだとうっかり幽霊に恋しちゃうかもしれないだろ。
『笑わないよ!』
あざとく頬を膨らませて上目遣いに見つめてくる。
だからね、そういう仕草はやめてもらえませんか? 本当に勘違いしちゃいますから。
もしかして生前もそんな感じだったんですかね?
そこまで考えてから、「はぁ」と一つ溜息をついてからゆっくりと口を開き、その内容を話し出す。




