第四十二話
七月二十日(木)18:30
「早く! こっちです!」
沙奈絵ちゃんが救急隊の人に向かって悲鳴混じりの声で叫ぶ。私も沙奈絵ちゃんと同じ気持ちで、まだ意識を失っている隼人に必死に声をかけていた。
『隼人! 目を開けて! お願い』
でも今の私に出来るのは隼人に向かって呼びかけることだけ。
それも隼人と沙奈絵ちゃんにしか聞くことが出来ない声で。
なんて自分は無力なんだろう。
「心音、呼吸共に微弱! いや、呼吸止まりました!」
その声を聞いた救急隊の人が隼人に心臓マッサージを施す。
同時に機械による人工呼吸も行われる。
でも、
「撃たれた場所が悪くて出血量が酷い」
「緊急搬送先の病院は決まっていますが、そこまで保つかどうか」
どうしよう! 隼人の命の火が消えそう。
黒くて暗い残酷な空気が隼人の脚を包んでる。
ダメ! 隼人を連れて行かないで!
隼人と出会ってから今まで、いろいろな人を見かけてきた。
最初はもちろん隼人だけしか見れなかったけど、隼人の隣を歩いてるうちに、たくさんの人を見ることが出来た。
隼人には話してないけど、その中で不思議な体験をした。
『あ、この人もうすぐ死んじゃう』
私が幽霊だからだろうか? ある日突然、死ぬ人の気配のようなものを感じられるようになった。
隼人と一緒に歩いていてすれ違ったその人。
多分年齢は五十歳ぐらい。
すごく肩を落として歩いてた。
何があったんだろう? 黒い霧のような空気があの人を包んでる。
少しの間その人のことが気になって、目で追ってからすぐに思い直す。
『まぁ私に出来ることなんてないんだよね』
人が死ぬ気配を感じ取っても、幽霊である私に出来ることはない。
それにその人がいつ死ぬかもわからない。今日かも知れないし明日かも知れない。
そう思っていた時、隼人の後ろを行く私の足元に、封筒に入った手紙が落ちてきた。
白い封筒には油性の黒いサインペンで文字が二つ書かれていた。
「あ! 待って!」
その文字を見た私は振り返って叫んだ。
どうしてそんな行動を取ったのかわからない。
でもきっと、今救える命があるなら救わないといけない。そう感じたからだと思う。
私の声は隼人以外には聞こえない。
直ぐに隼人に教えないと! でも……。
『……遅かった』
男性は踏み切りを乗り越え、猛スピードで迫り来る電車に撥ねられた。
男性のものだろう血液が、“遺書”と書かれた足元の封筒に飛び散った。
その人は自分で命を断つ決断をした。
だからその踏切にはその人の魂は残らず、輝いて天に上っていった。
『必ずしも、生きていればきっと良い事あるよ、とは言えないのかもね。自殺っていう形だけど、ちゃんと天国に行けたもんね』
多分そのことだけが原因じゃないと思う。
でも、その光景を見てから私は“死の気配”を感じても、隼人に言う事はなかった。
人の死を無理に食い止める必要はない。
私みたいなのは別だけど、死んだ魂の殆どが天国に行くんだから。
そう、思ってた……。
七月二十日(木)19:00
『ダメ! 隼人を連れて行かないで! お願い!』
黒くて嫌な空気が隼人を包み込んでいる。
この黒い空気に全身を包まれたとき、隼人の命が終わる。
今までもそういう人をたくさん見てきた。
隼人を覆う黒い空気がもう足全体を包み込んでる。
どうやったらこれを阻止できるの? わからない。でもこのままでは、隼人が命を落とす。
何か、何かないの? でも、何も出来ない。
涙があふれて止まらない、どうしたら良いかわからない。
「だめだ! 銃弾が大動脈を貫通している。このままだと病院に到着する前に失血死する」
救命隊の人の声が救急車内に響く。
『いや……嫌あぁ! お願い隼人! 死なないで!』
神様……お願いです! 私の声を聴けるのなら聞いてください! もうこれ以上誰も死んで欲しくないんです! だからどうか隼人を連れて行かないで下さい! ダメ、何も起きない。やっぱり私みたいな幽霊の声なんて届かない。それでも私は必死になって祈った。
でもそれが無意味だと気付いてしまう。
もうほとんど黒い霧に飲み込まれかけている。
「心臓マッサージのたびに失血する! 大動脈が切断されているからだ! 普通の止血法じゃダメだ」
「そうしたら、足の付け根を縛って……」
一人の救急隊が止血帯を隼人の足の付け根に巻こうとした。
「ダメだ! そんなことをしたらこの子の足は壊死するぞ!」
だが直ぐにもう一人の隊員によって却下され、その手を止める。
その間も黒い霧の浸食は止まらない。
もう足首までが黒く染まり、太ももの半分ぐらいを蝕んでいた。
「しかし、このままでは出血多量で!」
「分かっている! くそ、何とか血管を一時的にでも繋ぐことが出来れば……」
「そんなことは出来ませんよ!」
「分かっている!」
「命と脚と、どちらが大切ですか?」
究極と言っても良い二つの選択。
救命隊なのだからこのような場合、命を選択するのは当然だ。
しかし、今回のような場合はどちらを選んでも後悔するに違いない。
嫌だよ……。こんなのもう見てられない! 私は隼人にそっと寄り添った。
涙があふれて隼人の顔もよく見えないけど、今はそんなことどうでも良い。
ただ隼人の傍に行きたいだけ。
「しかし、この子の将来が……。止血する以外で失血を抑え、且つ、壊死を防ぐ……少しでも血管を繋ぐことが出来れば……」
隊長と呼ばれた救命隊の顔に葛藤が見える。
『血管を……繋げる?』
そうか。
止血するんじゃなく、流れ出る血を正当な血管に繋ぐことが出来れば……。
私に……出来る?
ううん。そうじゃない。
出来るかどうかじゃなくて、やるんだ!
幽霊に出来る、一日一回のポルターガイスト。
今使わないでいつ使うの?
お願い! 届いて私の思い。
私を中心にしてあたたかな光が車内に広がった。
「隊長! これは?」
救急隊員の驚愕した声が漏れる。
「……奇跡だ。血が、血管が……毛細血管に至るまで……」
SF映画を見ているように感じる。
私のポルターガイストで脚の血管が光り出し、流れ出ていた血がそこに注ぎ込まれる。
青く変色していた脚が赤みを帯びる。
「この子の身体に一体何が起きているんだ?」
隊長が信じられないといった驚愕の表情を浮かべる。
「わかりません。しかし、これが奇跡ならば今の内です!」
「確かに。車を急がせろ! 病院へ連絡し、緊急オペの準備をしておくよう指示するんだ!」
「はい!」
きっと届いたはず。
私の全力のポルターガイスト。命を救う奇跡。
でもこの奇跡はきっと……。
七月二十三日(日) 10:00
『隼人! 退院の日が決まったんだって?』
俺が入院している個室に、明るい表情で明日葉が入ってきた。なんだかすごく久しぶりな気がする。
「沙奈絵さんから聞いたのか? あぁ決まったぞ。明日だ。何とか夏休みたくさん遊べそうだな」
『一般病棟に移ってからたった一日か。意外と早かったね』
「そうだなぁ。もう普通に歩けるしな」
『一時期はどうなることかと思ったけど、もう大丈夫そうだね?』
「あぁ。先生も奇跡が起こったと思ってるぐらいだよ。ありがとうな明日葉」
『ううん! 隼人のためだもん! ねぇ、ちょっと散歩しない?』
「おう! なるべく人目につかないところにしような! 屋上とか」
『オッケー!』
俺が目を覚ましたのは事件発生から二日後、昨日のことだ。
つまり俺には目覚めるまでの約二日間の記憶が無い。
俺の記憶があるのは、長い夢を見ていて目が覚めたら知らない部屋にいた。
夜中だった。
暗い部屋に目を凝らして、ここが病院のICU――集中治療室だということが分かった。
とりあえず気が付いたからナースコールを押そうと思った時、俺の右太腿辺りに妙な感触があって目をやると、そこにいたのは明日葉だった。
通常ICUは家族以外は入室禁止と聞いたことがあるから、ここにこうして明日葉がいるのは幽霊の特権だな。
「明日葉、起きろ」
そう優しく声をかけると、寝ぼけた表情のままゆっくりと俺を見た。
『は、やと? 隼人!』
「おはよ。明日葉」
そう返事をした瞬間、顔を柔らかいものが包み込んだ。
『本当に心配したんだよ! 死んじゃうかと思ったんだから!』
明日葉の、幽霊の胸の中というのは、不思議と心が安らいだ。
そのまま再び夢の世界へ誘われそうだったが、なんとか意識を保つことが出来た。
「はは大げさだなぁ……とは今回ばかりは言えないか。えっと、とりあえずナースコール押すから、話はあとにしようか」
明日葉と話をする前に、とりあえずはナースコールを押し、看護師さんを呼んでから明日葉に事情を聴こう。
そう思って抱きつく明日葉を離し、そう言うと、
『嫌!』
やんわり否定されてしまった。
嫌と言われても、このままってわけにはいかないんだけどな。
「そうもいかないだろ? 大丈夫だよ」
『本当に? 本当にもう大丈夫? また倒れたりしない?』
そう言った明日葉の目が震えているのが見えた。もしかして、俺のために泣いてるのか? そう思うと、明日葉のことが凄く愛おしく感じた。
余程怖い目に合わせてしまったのだろう。明日葉を優しく抱きしめ、そして耳元で囁くように一言告げた。
「あぁ。大丈夫だ。な?」
『分かった』
「とりあえず連絡が終わってからもう一度ゆっくりと話そう。意識が戻ったんだから、多分一般病棟に移れるだろ」
そう言って頭を撫でてからナースコールを押した。
七月二十三日(日)10:30
「う~ん、やっぱりシャバの空気は旨いぜ!」
雨上がりの屋上は湿気に覆われ、不快指数MAXだったがそれでもこうして深呼吸してみると、やはり気分が良い。
『ふふ、それって普通の人は使わないよ!』
病院の屋上で言った言葉がおかしかったのか、明日葉が微笑みながらそう言う。
「確かにな。でも一般病棟に移ってからやっと自由になれた気がするよ」
『退院が決まるのも早かったしね』
「そうだな!」
屋上の空気に触れてみて改めて思う。
「生きてて良かったぁ」
『本当そうだね!』
二人で屋上から見える景色を眺め、黄昏れていると、
『ねぇ隼人』
突然明日葉が真剣な声を出した。
「どうした?」
『あのね、隼人に言わなくちゃいけないことがあるんだけど』
言わなくちゃいけないこと?
『実はね、隼人を助けるときに使ったポルターガイストね』
「あぁ、あの血管を繋いでくれたってやつ? あれがどうかしたか?」
状況は救急隊の人から聞いている。
その話を聞いて直ぐに明日葉が助けてくれたんだ、と思ったぐらいだ。
それを目の当たりにした人は、奇跡を見たと言ってたからな。
『実はね、ポルターガイストには制約があってね』
「知ってるよ。一日一回しか使えないんだろ?」
『そうなんだけど、もう一つあるの』
「は? もう一つ?」
『そう……もう一つ』
そう言うと明日葉はゆっくりと屋上に設置されている柵に近づいていった。
その瞬間、強い風が吹いた。その風は屋上のフェンスを揺らしている。
まるで俺の心の中の風景のように、激しく風に揺れている――明日葉は風になびく髪を押さえ、そして意を決したように俺の方に振り向いた。
その表情はどこか切なげで、その瞳にはうっすらと涙が滲んでいるように見えた。
その涙を隠すように背中を向けて話をつづけた。
『私たちのポルターガイストっていうのはね、物体や自分自身に変化を加えるものなの』
「へぇ……そうなんだ」
初めて知った。
そういえば今までもそうだったかな。ご飯を作ったりした時もそうだったしな。
確かにポルターガイストって言えば、そういう感じのものだよな。明日葉や美優が使うポルターガイストの方向性がおかしいだけで。
そんなことを思い出してから明日葉に視線を移すと、明日葉は風になびく髪を押さえ、そして意を決したように俺の方に振り向いた。
そして今度は気のせいではなく涙の滲む目を擦り、声を絞り出すようにして話した。
『つまり生物に……干渉しちゃいけないことになってるの。運命が変わっちゃうからね』
「……つまり?」
明日葉の声を聞いて俺の全身に冷たい汗が吹き出る。
干渉しちゃいけない。
つまりそれは……その言葉が意味しているのは。
『隼人は頭が良いから……もう分かってるよね?』
答えられない。答えたくない。
考えたくない。考えられない。思考を放棄したい。
しかし考えずにはいられない。
明日葉が俺の命を助けるために使ったポルターガイスト。
俺の失血を食い止めるためにやったこと。
それはつまり、俺の命に干渉したということ。
いや、でもそれならおかしい。
「だと、したら……どうして今まで存在出来てるんだ?」
『う~ん多分だけど、私って死んだ幽霊じゃないから、かな? 多分だけど、それが関係してると思う。普通なら使った瞬間に消滅しちゃうんはずなんだけど、私の場合は少しだけ生命力があるからそれを使ったんじゃないかな?』
生命力を……使った。
それはつまり、
「脳死状態にある明日葉の生命力を……ってことか?」
『うん、多分間違いないと思う』
「なんで間違いないんだ?」
思わず口調が荒くなる。
『隼人、落ち着いて! ね?』
明日葉に言われ、冷静さを失っていたことに気づいた。
俺らしくもない。そうだ。こういう時こそ冷静さを忘れちゃいけない。
「あぁゴメン」
『ううん。それで、なんで間違いじゃないかっていうとね』
「……うん」
聞きたくない。
これから明日葉の口から紡がれる言葉は、一つの事実を受け入れなくてはならないということだ。
そしてそれは、俺にはどうすることも出来ないことだと分かっている。
『隼人を助けた日は何ともなかったんだ。っていうか、ポルターガイストの制約のことも忘れちゃうぐらい必死だったからね』
「それは……心配かけたな。ゴメン」
『本当だよ! もしかしたら死んじゃうかも知れないって、本当に本当に本当に心配したんだからね!』
明日葉があからさまに話を逸らしてくる。
多分、明日葉自身も言いたくないからだろう。
それを伝えることで、俺が自分自身を攻めてしまうだろうこともわかっているから。
「……明日葉、それで?」
でもこのまま有耶無耶にしたら、きっと後悔する。
『……やっぱり誤魔化せないよね。それでね、翌日になって思い出したんだ。隼人を助けたことって、生物に干渉して運命を変えちゃったんじゃないかって』
「でも確信はなかったんだろ? 仮に、仮に俺の命がまだ……」
『ううん。絶対にそう』
「……どうして?」
明日葉が目を瞑って首を左右に振って答える。
俺の運命の事はわからないがもし仮に、仮に俺の命がそこで終わらないという運命なら問題ないんじゃないのか? という俺の疑問は、明日葉の言葉に打ち消された。
『あのね。昨日なんだけど、隼人が目覚めた後のこと』
「……あぁ」
俺の心臓がドクンッ、と大きく脈打った。
『身体が思うように動かなくなって。幽霊だから疲れるとかそういうことはないはずなのに、妙に息切れして目が霞むことが何回かあったの。最初は一時間に一回ぐらいだったんだけど、その感覚が狭まっていって』
「昨日から……ってことは今も? どのくらいの感覚で?」
明日葉に駆け寄って肩を掴もうとして、俺の両手は空を切った。
そういえば幽霊なんだから当たり前だ。いや、おかしい。だって、今まで触れることが……出来たはず。
『今は……もう一分くらいで……』
「一分ごと……」
俺の背中と額に嫌な汗が流れる。
次に明日葉の口から紡がれる言葉が予想出来たからだ。
『多分だけど、私もうすぐ消えちゃう』
「諦めるな!」
考えろ!
今ある状況を冷静に分析しろ!
与えられた状況は変えられない。
なら作り出すしかない。
何を? どうやって?
『ううん。もう分かるの。だから、最期に言わせて』
「……嫌だ! 最期なんて言うな!」
どうやれば、明日葉を救える?
どうすれば明日葉の生命力を戻せる?
いや、そんなことは出来ない。
そんなこと出来ないのはもうわかってる。
だから悔しい。
何も出来ない自分が憎い。
俺は何も出来ない。なんて無力なんだ。
『自分を責めないで。ね?』
「明日……葉……」
『私は消えてもずっと隼人と一緒にいるよ』
「消えるなんて……言うなよ」
俺の両眼から熱い雫が溢れる。
『もうあまり時間がないの。だから、最期のお願い聞いて欲しいなぁ』
明日葉の瞳も涙で溢れてる。
悲しそうな瞳で俺を見つめている。
本当に最期なのか? これが明日葉と交わせる最期の言葉なのか?
「明日……葉の最期のお願い……」
西園寺隼人よ、もう分かっていただろう?
いつかこういう日が来るって。
明日葉と俺は、文字通り住む世界が違う、って。
その覚悟は、とっくに出来ていただろう?
それなら、こんな悲しそうな顔をさせちゃいけない。
「言ってみろよ。明日葉の頼みなら、どんなことでも叶えてやるさ!」
『本当……に?』
「あぁ……あぁそうだよ! 当然だろ! 俺を誰だと思ってるんだ? 西園寺隼人だぜ!」
声を張り、無理矢理に笑顔を作って強がってみせる。
悲しくないはずがない。寂しくないはずがない。
『そうだよね! 隼人は私の可愛い弟で、私にとって最高の英雄だよ』
「だろ? 俺に叶えられない明日葉の願いは、この世には無え!」
嗚咽混じりに答える。
俺は自分を過大評価する癖がある。
だから明日葉の願いだって叶えられないことの方が多い。
そんなのは自分でも分かってる。
だからきっと、明日葉が思ってる本当の願いってのも、きっと叶えられない。
『そうだよね? だから、言うね』
「おう! 何でも叶えてやる! 何でも言え!」
でもそんなの関係ない。
今から紡がれる明日葉の願いなら叶えられる。
なぜなら俺は、この少女を……。
『愛してる。って言ってくれるかな?』
「……愛してる」
これだけは……明日葉のこの願いだけは絶対に叶えられる。
この気持ちは本物だから。
「心から。明日葉の事を愛してる。大好きだ」
拙い言葉が俺の口から漏れる。
でもこれが、俺が今出来る、最大で最高の言葉だ。
『嬉しい。私のこと、お嫁さんに貰ってくれる?』
「最期の願いじゃねぇじゃねぇか!」
『あ、本当だね』
「でも……」
あぁまさか俺にこんな事を言う日がくるとはな……。
「本当はもっとロマンチックにしたかったし、指輪もないけど……俺と結婚してくれないか?」
『うん……。うん! ありがとう! 隼人! 大好き! 愛してる!』
そう言って抱きついて来た明日葉の身体は俺を素通りした。
『あれ? どうして? 今までは出来たのに……』
「明日葉……身体が……」
透き通ってる。
いや幽霊なんだから当然だけど、でも俺にははっきりと見えていたはずだ。
その明日葉の身体が、俺にも透き通って見える。
『あはは……もう時間、無いみたい』
「待て! まだ言い足りない事がたくさんあるんだ!」
『うん。私もまだ言い足りないけど、最期に隼人が言ってくれた言葉で満足だよ。これで成仏できるよ』
そう言うと明日葉は涙で濡れた顔で空を見上げた。
徐々に明日葉の身体が浮かんでいく。
「待て! 逝くな! まだ……」
俺は明日葉の願いを全部叶えてない!
引き止める為、駆け寄って明日葉の身体を抱きしめようとして、両腕が空を切る。
『バイバイ……隼人……。私、幸せだよ』
そう言うと明日葉は光の粒子となって消え、天に上っていった。
「明日葉……」
俺はその場に泣き崩れ、空から大粒の雨が降り出した。
こうして少し早い俺の幽霊の季節は終わりを告げた。
明日からは夏休みが始まる。
世間では本格的な幽霊の季節だ。でもこの胸に穴がポッカリと空いた感じがするのは、きっと明日葉がいないからだろうな。
まったくバタバタした四ヶ月だったけど、少しは楽しかったかな?
多分もう二度とこんなことに遭遇はしないだろう。
この数ヶ月の出来事は、俺にとって大切で、儚く淡い思い出になった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
あともう少しだけ続きます。




