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第四十一話

 撃たれた。

 そう気づいた時には、俺は地面に倒れていた。左脚の感覚はない。まるで自分の身体ではないようだ。ドクドクと血液が流れ出る感覚が伝わってくる。


「あ、が……」


 熱い! いや、痛い!

 痛さで声が出ない。今まで経験したことのない痛みに、頭が真っ白になる。

 突然、身体に衝撃を感じる。遅れてやってきた痛みで、蹴られたのだとわかった。俺の身体がボールのように地面を転がる。


「君みたいな子はすぐに殺さないよ。そのために銃声を抑えるサイレンサーを手に入れたんだ」


 奴の言葉を聞きながら脚の傷口を抑えて何とか立ち上がる。

 撃ち抜かれたわけじゃなく、掠っただけだ。

 それなのにこの痛さ。

 まともに当たったら、痛いじゃすまないな。俺の心に恐怖が生まれる。


「いい目をするじゃないか。そうだ、取引をしよう」


 そう言うと奴は大仰に片腕を広げて言ってきた。

 キッと目に力を込めて奴を睨み口を開く。


「取引?」

「そう、取引だ」


 奴は俺に向かって、拳銃を構えながら歩いてくる。

 俺は後ずさりしながら、奴の出方を窺う。

 どうやら俺が逃げられないように牽制しているのだろう。わざとゆっくりと歩いているのがわかる。

 俺の頭に銃口を突きつけると同時に、俺に問いかけてきた。

 その目は、俺を玩具としか思っていない目だ。俺を殺したとしても、何の罪悪感も覚えていないだろう。そんな目をしている奴が気にくわない。


「私が殺し損ねた娘、美波と言ったか? その娘のいるところまで連れて行ってくれないか? そうすれば命は助けてやる」


 奴の言葉を頭が理解するに従い怒りが恐怖を塗りつぶしていく。

 撃たれたはずの左脚が熱を帯びている気がする。痛いはずなのに、痛みを感じない。怒りで痛覚が麻痺したように、俺は奴を睨みつける。

 明日葉の命を取引? ふざけやがって! 怒りと恐怖が俺の身体を支配する。


「断る! どうせ明日葉を殺した後、俺も殺すだろ?」

「そんなことはしないさ。代わりに手足は切り落として逃げられないようにはするが」


 そう言って奴が嗤う。奴の余裕のある嗤いを見て、俺はあることに気づく。

 こいつは俺が逃げると思っていないんだ。自分の拳銃が俺に当たれば、それだけで俺を殺せると信じている! 俺を殺すなら撃つしかないと考えているのだ。だからこんな余裕があるんだ。


「どちらにしても嫌だね。お前みたいな異常者を明日葉と会わせるものか!」


 怒りが恐怖を塗りつぶしていく。だが、そんな俺をあざ笑うかのように奴は言葉を続けた。


「そうか……では、残念だよ」


 そう言うと奴は俺に銃口を向けて引き金を引いた。

 一発、二発と銃声が響く。その銃弾は俺の顔の横を掠めていくだけだった。奴の狙いが外れている訳じゃない。わざと外しているんだ。俺を殺す瞬間を愉しむような嗤いを顔に浮かべながら、ゆっくりと近付いてくる。


「もう一度聞く。取引に応じるか?」


 俺は何も答えない。答える気もない。そんな俺の態度に、奴の口元から笑みが消えた。


「本当に残念だよ」


 そう言って銃口をやや上に持ち上げる。

 奴が狙っているのは、俺の心臓か。

 銃口から視線を外して奴の顔を見る。どこか寂しく、悲し気な表情をしていた。

 いや違う。奴はこの状況がつまらないのだ。自分の向けている拳銃で俺を思うように操れない。泣くか、逃げるかを期待していたのに、無反応の俺を見て落胆しているのだ。

 だから引き金を引く寸前だというのに、こんな寂しそうな表情をしているんだ。

 拳銃を向けられているんだ。俺だって怖くないわけじゃない。

 だがここで命乞いをしても、奴を悦ばすだけだ。それ奴にとって、俺を生かしておくメリットは仕留め損なった明日葉の居場所を知っていることだ。それ以外に何もない。

 俺の口から明日葉の居場所を言わせ、用済みになれば何の躊躇いもなく引き金を引くだろう。

 でも面白くなるのはここからだ。そんなにつまらなければ愉しませてやるよ。


「あぁ残念だ。あんたが捕まるのがな」


 残念ながらあんたのターンはここで終了だ。ここからはずっと俺のターンになる。

 口角を上げて奴を睨みながら言う。

 俺の言葉は決して強がりではない。勝ちを確信しての言葉だ。


「ん? どういうことだい?」


 俺の言葉が意外だったのか、奴が訝しむように顔を曇らせて動揺を見せた。当然だろう、奴から見れば自分の勝利が揺らぐことはないと思っているはずだ。


「疑問に思わなかったのか?」

「ん?」


 奴が首を傾げて聞き返してくる。

 俺の問いかけの意味を画策して奴の目が左右に泳ぎ、再び俺の目を見つめた。さっきまでのつまらないものを見る目ではなく、怒りを含んだ視線だ。

 どうやら正解が分からないみたいだな。それならヒントを出してやるよ。


「考えなかったのか? 今日何で“俺が一人”なのか」


 俺がこの場所に来て事件について聞こうとする時、隣にもう一人いる。

 それなのに今日は俺一人でこの現場に来た。

 さぁ、このヒントで答えにたどり着くかな。


「……そう言えば、いつも隣にいる少女はどうした?」


 奴の表情から笑みが消えた。どうやら正解に辿り着いたようだ。

 だが、もう遅い。


「だから、それが答えだよ。ほら聞こえるだろ?」


 俺はポケットから通話が繋がれたままのスマホを奴に見せながらそう言い、空に向かって指を一本立ててる。

 それに釣られて奴も視線を上に向けて耳をすます。

 ……聞こえるだろう。この音が。あんたなら俺以上にたくさん聞いてるはずの、聞きなれた音だ。

 そして、それが聞こえてくる方向に向かって奴が視線を向ける。

 遠くの空に、一筋の赤い光が見える。夕暮れの空を切り裂く光の方向から、普段ならあまり聞きたくないが、今はこれ以上ないほどの頼りがいのあるサイレンが近づいてくる。


「てめぇ!」


 どうやら気付いたようだな。

 俺はここに来る前に沙奈絵さんにメッセージを一通送っていた。


 ――例の警察官が犯人の可能性が高い。今日の夕方に例の公園へ行くが、通話を繋いだまま警察に渡して欲しい。


 自分が罠に嵌められたことを理解したのか、サイレンの音が大きくなるにつれてその表情が焦りと怒りを浮かべ、俺に向けていた銃の引き金に指を掛けた。

 しかし一瞬だけ目を離したその隙をついて一気に詰め寄る。

 こういう時逃げ出すのが最善に思うかもしれないが、相手は拳銃を持っている。

 背中を撃たれるかも知れないということから、最善の手段は前に出て武器を奪うことだ。

 って前にドラマで見たことがある。

 本当かどうかは知らないけど。


「くっ! コイツ!」


 くそ! 足を怪我している所為か、距離を詰め切れなかったか。

 でもまだギリギリ間に合う!

 片手を振りかぶり、手刀の形を取って力を込める。。

 銃口を下に向けるため、手刀にした手を上から思い切り叩きつける。

 掌の外側に硬い感触を感じ、同時に強い衝撃が電撃となって腕全体を包み込む。

 俺の手刀が銃に当たり、銃が奴の手から放れるのが見えた。


 ――よし!


 しかし同時に閃光が弾け、眩い光で視界が閉ざされた。

 閃光に焼かれた目の奥底が焼ける幻覚を覚える。


「ぐっ!」


 視界が徐々に回復するのに反比例し、俺の右腹を激痛と灼熱が襲う。

 何だ? 何が起こった?

 脚に力が入らない。

 その場にしゃがみこんで左手でその場所を押さえ、その手を見ると赤い血で塗れていた。

 もしかして、撃たれた? なんで?


「危なかった。銃が一挺だけならこうならなかっただろう」


 頭上から奴の声が聞こえる。

 いやそれよりも、今気になることを言っていた。

 一挺だけなら? 銃が、一挺だけなら……だと? まさか!

 霞む視界の中、奴の方に視線を向けると、その手にはもう一挺の拳銃があった。


「何で?」


 さっき銃を握っていた方とは、逆の手。

 ってことは、最初から銃は二挺あったという事か。


「驚いているようだな? 何故、銃が二挺あるのか」

「ぐっ……」


 それでも俺は必死に考える。何故、二挺あるのか。

 腹の痛みが、思考を鈍らせる。どうすれば良い? 弾が切れるまで逃げるしかないか? いや、今の脚の状態でどこまで逃げられるか分からない。それに逃げ切ることができるとは思えない。

 違う、重要なのはそこじゃない。

 今、俺は脇腹を撃たれた、ってことだ。心臓や頭じゃない。それなら直ぐに死ぬことはない。

 でも撃たれた衝撃と痛さで冷静な判断が出来ない。今俺に出来る最善の手段は何だ? 考えろ、考えるんだ。

 そう考えている間にも奴の足音が近づいてくる。


「当たったのは脇腹か、それなら直ぐに死ぬことはない。でも痛さでしばらくは動けないだろう?」


 そう言うと奴は銃を右手に持ち替えた。


「さぁ恐怖で歪む顔を俺に見せてくれよ」


 邪悪な笑みを浮かべ、口角が不気味に持ち上がる。

 引き金に指を掛け、銃口を俺の頭に向けた。

 間に合わなかったか……。

 そう思った時、今までの事が頭の中に蘇ってきた。

 初めて明日葉とあった日。

 美優との出会い。紗奈絵さんとの出会い。美優との別れ。

 あぁ、これが走馬灯ってやつか。

 本当に見えるんだな。

 俺は死を覚悟して目を瞑った。

 

「ちっ! 本当につまらねぇガキだ」


 奴の憎々しげな声が聞こえる。

 奴が望んでいたのは、死の恐怖で命乞いをする俺の姿だったんだろう。

 残念だったな。お前が望むような反応をしてやると思うのか?

 心の中で奴を嘲笑する。あぁ、これで本当に終わりなのか。


「それじゃ、お友達に会わせてやるよ」


 まもなく俺は死ぬ。

 銃で頭を撃ち抜かれ、即死するだろう。

 俺が死んだら誰か悲しむだろうか?

 クラスの奴はきっと悲しまないだろうな。恨みを買ってばかりだしな。

 一条先生はどうだろうか? 生意気な生徒だったと思うけど、少しは悲しんでくれるだろうか?

 藤林さんはどうだろうか? 告白されたことが無いんだから、一度くらい告白されても良かったかな。

 奴が狙うのは俺の頭部だろうな。ってことは死ぬのは一瞬のはずだ。出来れば苦しまず一瞬で殺してもらいたいものだ。

 ……っていうか、遅くないか?

 そう思って薄っすらと瞼を開けてみると、


「あ、うぇ?」


 周囲を赤いランプが照らし、犯人と同じ服を着た人が数人、銃を犯人に向けていた。


「遅くなってごめんなさい」

「沙奈絵さん……間に合ったんですね?」


 焦った様子で俺のところへ走ってきたのは、沙奈絵さんだ。その手には、通話が繋がったままのスマホがある。

 どうやらうまく事が運んだようだ。

 歪む視界を凝らしてみると、警察だけじゃなくて特殊部隊みたいな人たちもいるじゃないか。どれだけ沙奈絵さんは頑張ったんだよ。


「無事ですか?」

「……何とも言えないですね。とりあえず生きてはいますけど、救急車が必要なぐらいは重症ですよ」


 そう言って撃たれた右の腹に視線をやると、自分でも信じられないぐらいの血が出ていた。

 しゃがみこんでいた地面が俺の血で赤黒く染まっている。まだ意識を保っていられているのが不思議なくらいの出血だ。


「大丈夫です。事情は警察の方にお話してあるので、直ぐに救急車が来ると思います」

『だって! 良かったね隼人!』

「あ、明日葉……来てたのか」


 今日は自分の身体の近くにいろって昨日言ったのに。


「おとなしくしろ! お前のやったことは全て聞かせてもらった」


 パトカーが到着し、中から何人もの警察官が出てきて犯人を確保するのが見える。

 どうやら一件落着、かな。

 そう思った瞬間、一気に力が抜けて意識が遠くなっていく。

 周りの声も物音も徐々に聞こえなくなっていく。気が抜けて意識を保っているのが限界だからだろうな。

 それにしても、日が落ちたとはいえ寒いな。

 もう七月だぞ。それなのに凍えるぐらい寒い。それに眠くなってきたな。


『はや……と?』

「……西園寺さん?」


 ん? 明日葉と沙奈絵さんの声が聞こえたな。

 いや、そんなことよりも誰か毛布を持ってきてくれ。このまま寝たら風邪を引いちゃうぞ。


『隼人! 寝ちゃダメ!』


 うるさいなぁ。

 もう通り魔事件はもう犯人逮捕で終わったんだ。

 寝かしてくれよ。


「すいません! こっちです! 早く来てください」

『隼人! 救急車が来たよ!』


 救急車? 何のことだ?

 そんなことより眠いんだ。


『隼人!』


 黒い帳が目の前を包み、同時に俺は意識を手放した。

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