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第四十話

 七月二十日(木)18:00


 家を出て事件の起きた公園に向かう。

 電車に乗って少し移動した場所にあるここは、昼間は人通りも多く明るい雰囲気の場所だが、今は事件の影響か誰もいない。

 警察の人はやはりいないようだったので、テープをくぐり抜けて中に入る。

 公園の中央には、まだ花束が残されていた。その花はまだ新しく生けてから時間が経っていないことが分かる。

 周りを見回し、事件が起きたベンチに近づいてみる。

 近くで見てみると、ベンチの足元や肘掛けの部分には、乾いた血液が付着していることがわかる。ここで誰かが殺された……。

 恐怖に慄きながらも現場の状況を確認していくと、足元に血の跡が残っていることに気付いた。被害者の血だな。そのまま視線を上に上げていくと、地面に血痕らしきものがあった。それは点々と続き、公園の中央にある滑り台に続いていた。

 どうやら滑り台の上に座っていたところを、刺されたらしい。

 血痕を辿った先にある滑り台は、かなり高い位置にあるため中を覗き見ることは不可能だった。血痕が擦れた跡があるから刺された後に滑り台から転げ落ち、助けを求めて這いずってベンチのあるところまでたどり着いたが、そこでトドメを刺された。と言ったところだろうな。

 一度テープをくぐって公園の外に出て辺りを見回すと、探していた人物を見つけた。

 近づいていき軽く会釈をすると、向こうもこちらに気付いたらしく、声を掛けてきた。


「やぁ、君か」

「どうも」


 俺が探していた人物、それは美優の事件の時に似顔絵をくれ、警察署で俺の事情聴取をし、明日葉と会話していた時に公園の茂みから登場し、俺と明日葉に悪寒を走らせた、あの警察官だ。


「どうしたんだい?」

「いえ、捜査の方はどうかと思いまして」


 まずは軽く牽制のジャブだ。俺が警察の捜査に口を出す筋合いはない。しかし、俺の仮定が正しかった場合は何か反応があるかもしれない。

 さて、どう動く?


「捜査と言ってもねぇ、一般市民に伝えられる情報はさすがにないかなぁ」

「そうですか……」


 まぁそういうよな。今は警察として話せることはないと、そういうしか無いだろうな。

 これがもし被害者遺族なら話は別かもしれないが、今の俺は普通の一般市民ということだ。

 しかしこの返答は想定の範囲内だ。

 だからここは表情をワザと暗くして、相手に話をさせる。


「浮かない顔をしているね?」

「……えぇ」


 ジャブは簡単に躱せたみたいだが、本番はこれからだ。


「どうしたのかな?」

「このままだと迷宮入りになるなぁ、と思いまして」


 さぁ始めようか。

 あんたのその厚い面、剥がしてやるよ。


「どうしてそう思うんだい?」

「理由は三つあります」

「……聞こうか」


 警察官は、表情こそ変わりはしないが、今までとは違い明らかに雰囲気が変化した。

 これが挑発に乗ってくれるか……。どうか乗ってくれよ。

 まずは軽くジャブを打ち込み相手に警戒心を持たせる。そして徐々に打ち込むパンチを強めていくと、相手はたまらず反撃してくるだろうという算段だ。

 さぁここまでは俺の予想通りだが、問題は相手がどう動くかだな。

 俺は人差し指を立てて言う。


「一つはその犯人が狡猾である、ということ」

「ふむ、それで?」


 警察官は、俺の言ったことを吟味するように顎に手を当てながら頷いた。

 もう少し揺さぶってみようか? 俺はさらに挑発をすることにする。

 これは俺にとっても賭けだ。上手くハマってくれるといいが……。

 まずは一つ目の理由からだ。間髪入れずに、中指を立てて見せると、そのまま話を続ける。


「もう一つは、多分その犯人は警察の裏をかくことが出来るから、ですかね」

「警察の裏をかく? どういうことだい?」


 警察官は俺が何を言っているのかわからないといった顔をしている。

 首を傾げて投げられたその質問に、俺は一枚目のカードで攻撃を仕掛ける。


「覚えてませんか?」

「何をかな?」


 目の前の警官が、何も再びわからないといったように首を傾げる。

 なるほど、シラを切るつもりか。いいだろう、お望み通り見せてやるよ。


「お巡りさん、結構迂闊なことを言ってるんですよ」

「私が、迂闊?」


 俺の言葉に警官が眉根を寄せる。

 俺は軽く笑みを浮かべると、さらに言葉を紡ぐ。


「例えば先日、警察署に俺たちが行った日」

「あぁ! 確か前の通り魔事件で被害に遭った妹さんと来た日だね?」


 俺の言葉に当時のことを思い出したのか、警察官がその時のことを話した。


「俺は、“あの時公園で何をしていたのか”と聞きました」

「覚えているよ。不審者の通報があったから、そう答えたはずだが」

「えぇ。でもですね、実際に公園で俺と会った時、お巡りさんは別の事を言いましたよ。覚えてませんか?」

「そうだったかな? よく覚えていないが……」


 まだ平然としていやがるな。

 それなら、


「あの時お巡りさんは“パトロール中”と言ったんです」


 そう。

 あの時目の前の警察官は“パトロール中”だと言った。

 それなのに今は“通報があったから”と言っている。

 当時とは言っていることが違うだろ。

 さぁ、どうやって切り抜ける?


「同じことだろう? 通報があったから現場に向かい、パトロールをしていた。それだけのことだ」


 なるほどね。

 確かにそう言えば矛盾はないな。

 巧く最初のカードを躱したな。

 でも、


「でもですね、今回の最初の通り魔事件は、あの公園で発生したんですよ」


 口元に笑みを浮かべ、睨むような視線を送る。

 警察官は軽く目を見開くと、顔を強張らせた。そして数瞬の間を開けてから口を開いた。


「もちろん知っているよ」


 その表情には明らかな焦りが浮かんでいた。

 さぁこれからじっくりあんたを追い詰めてやるよ。俺は口元に笑みを浮かべたまま話を続けることにした。


「発生した時間も、俺と会った時間とほぼ重なりますよね?」


 この言葉を聞き、再び眉間に皺を寄せ、鋭い目つきで俺を睨んできた。

 少しは効いてきたかな?

 これが二つ目のカードだ。


「何が言いたいのかな?」


 警察官が、低い声で問いかけてくる。

 俺は笑みを消し、真顔で相手に向き直る。

 ここからは慎重に言葉を紡いでいく必要がある。なぜなら相手がこちらのカードを躱すことを望んでいるからだ。そのためにも、まずは相手の攻撃を誘発させる必要があるだろう。

 それなら……。

 俺は不敵な笑みを浮かべると、相手を挑発するように言った。


「分かりませんか?」

「分からないな」


 へぇ。

 あくまでシラを切り通そうとするのか?

 まぁ証拠がないからな。シラを切り通そうと思えば出来るだろうな。

 普通の高校生ならここまでかもしれない。でも相手が悪いぜ。

 知らないだろうがあんたの目の前にいるのは、かつて神童と言われたんだぜ。

 甘く見るなよ。

 あんたも知ってるだろ? 普通の高校生じゃ経験できないような事態に遭遇したんだからな。そして、その経験が俺を強くした。

 だからよ、あんたの言葉遊びはもう通用しないぜ。


「三つ目。前回の通り魔事件の時、お巡りさんはこう言いました。“亡くなったのは二人目だ”と。そして今回の被害者を含めて“亡くなったのは三人だ”と言いましたよね。しかしおかしいんですよ。あの時亡くなったのは、俺の知り合いの五月美優だけなんですよ」


 俺は薬指を立てて三つ目の理由を話す。

 これは俺の推理や想像ではなく、あんたが言った言葉だ。

 自分の口から出た言葉の矛盾。さぁどうやって躱す?


「君は知らないだろうが、もう一人亡くなっているんだよ」

「それは、美波明日葉の事ですか?」


 チェックだ。

 チェスをする相手を間違えたな。


「……どうして知っている?」


 明日葉の名前を聞いた警官がより一層険しい顔をした。

 どうやらこれがコイツの弱点みたいだな。俺は、さらに深く相手の懐に潜り込むべく問いかけた。

 さて、そろそろ仕掛けようか。

 最後のカードは結構重いから、覚悟してくれよ。俺は不敵な笑みを浮かべると、そのまま話を続けるのだった。


「これは偶然ですが、明日葉も俺の知り合いでしてね」

「そうか。だとしたら残念だったね。知り合いが短期間に二人も亡くなって」


 そういう方向に持っていって逃れようとするのか。

 そんな言い分で逃がすわけねぇだろ。

 ここは一気に行くぜ。俺はさらに挑発するようなセリフを選び警官に投げつける。


「全然残念じゃありませんよ」

「そうかね? 薄情な奴だな、君は」


 俺はその言葉に、笑みを浮かべ挑発する。

 まだか? いや、ここで焦るな。じっくりと追い詰めるだけだ。

 このカードの効力はこんなもんじゃない。

 そしてその効力が、この警察官にとって一番の弱点となる。

 さぁ、覚悟しろよ。俺は笑みを消し、鋭い目つきで相手を睨みつけながら更に言葉を続ける。


「確かに美優――五月さんに関しては残念ですが、明日葉はまだ死んでいません。脳死状態らしいですが、死亡届はまだ出していない。そう明日葉のご両親が言ってました」


 俺の言葉を聞いた警官が動揺したのがはっきりと目に見えた。

 間違いない。明日葉を襲った犯人はコイツだ。

 そしたら一気に畳み掛ける。俺は警官が動揺している隙を逃さず、一気に畳み掛けるように話を続けた。


「そして昨日、お巡りさんは言いました。亡くなったのは“三人だ”と。ここで俺は気づいたんです。おかしいですよね? 実際亡くなったのは美優と昨日の二人だけ。それなのに三人と言った。これはつまり、病院で死亡と判断されたのは三人と知っている人物であり、かつ脳死だと知らない人物、ということになります。警察の上層部なら、明日葉が脳死状態なのは簡単に調べられるはずですが、現場の警察官だったらそうはいきません」


 俺が言った言葉を受けて、警察官は再び眉間に皺を寄せて口を開いた。


「……なるほど。面白い推理だね」


 まだ足掻くか。

 だがコイツの逃げ道は完全に塞いだ。なお余裕ぶった態度を崩さない警察官に向かって俺は切り札を叩きつけた。


「既にチェックメイトですよ。俺はこの事を警察に伝えるつもりです。俺の言葉で容疑が掛かるのも時間の問題でしょう。その前に自首した方が良いと思いますよ」


 俺はそう言うと、笑みを浮かべた。

 さぁどうする? このまま大人しく降参するか? それとも……。

 しかし警察官は諦めたような表情で小さく首を振った。そこには先ほどまでの鋭い視線はない。そしてそのまま両手を上げ、軽く笑った。

 どうやら観念したみたいだな? よし!これで一件落着だ。

 俺はそう言い残して、その場を去ろうとした、


「待ちなさい」


 が、それは悪意を含んだ言葉が俺の背中に刺さり引き留められた。

 俺はゆっくりと振り返る。警察官の口元は笑っているものの、目は笑っていない異様な表情を浮かべていた。そして彼は言葉を続けた。


「ただで帰すと思うのか?」

「……やっぱり、あなただったんですね?」

「そうさ」

「どうして? 警察官なのに殺人なんて?」


 俺は、目の前の警官を睨みつける。この警察官――いや、殺人犯は不敵な笑みを浮かべながら俺を見ている。その笑みに言いようのない不気味さを感じた。


「私はね、最初は刑事課に所属していたんだよ。当然殺人事件も捜査したことがある。ある日、今回と同じように通り魔事件が発生してね。被害者は今回と同じ女子高生だった。司法解剖の現場に立ち会った時にね、思ったんだよ。なんて美しい死体なんだと。少女から女性に変化するその瞬間。血の気が引いて白くなった肌。発達途中の乳房。無駄な脂肪のついていない華奢な身体。それを凍らせたようなその美しさに私は興奮したよ。これは芸術作品だ、とね」


 目の前の殺人犯は、まるで酔ったように饒舌に語る。その言葉の端々には、狂気が滲んでいるように思えた。俺は黙って相手を見つめ続けた。

 なんて奴だ。コイツの感覚は普通の人間のそれじゃない。

 このサイコ野郎が。心の中で悪態をつく。


「……狂ってる」


 怒りをあらわにし、侮辱と軽蔑を孕んだ目で睨む。


「そうかもしれないね」


「しかしそれだけなら今回のように殺人を犯すことはないんじゃないか?」

「もちろん暫くはそうした現場に立ち会い、見るだけで私の性的欲求は解消された。しかしいつしか思ってしまったんだよ。私もこの芸術作品を作ってみたい、とね」


 目の前の男は、自分の言葉を噛み締めるように目を閉じてそう言った。

 そしてゆっくりと目を開けると、恍惚とした表情を浮かべ、まるで恋する乙女のように両手を胸の前で組みながら警察官は大きく息を吐きだした。


「それが動機か」

「そう。しかし刑事課というのは意外と窮屈でね、外に行って作品を作ることは難しい。そこで私は現場に異動願いを出した」


 目の前のサイコ野郎は、両手を大きく広げながら言葉を紡いでいく。そしてそのまま言葉を続けた。

 俺は黙って目の前の男の告白に耳を傾ける。


「そこからは巡回と称して素材探しをしたよ。しかしなかなか私の求めるような素材は現れなかった」


 そういうとサイコ野郎は、まるで女神を崇めるように恍惚とした表情を浮かべた。そしてゆっくりと目を閉じながら両手を胸の前で組んでいく。その表情が、その仕草が気色悪い。全身に虫唾が走るな。俺は吐き気を堪えながら言葉を吐き出した。


「今回のはそれに見合った素材だったと?」

「いや。今回のは失敗だった。私が女子高生を襲おうとしていたところを見られてしまったからね。やむを得ない、という事だ」

「やむを得ない? そんな理由で人を殺したのか!」


 俺は声を荒げ、怒りをあらわにする。しかし目の前の男は動じることなく話を続けた。

 どうやら俺の叫びなど、コイツの耳には入ってこないらしい。それはまるで自分の世界に浸っているようだった。そしてそのまま言葉を続ける。


「そうだよ。だから君をここで殺すのも“やむを得ない理由”だよ」

「俺は女子高生みたいに非力じゃねぇぞ」

「そうなんだよねぇ。だから……」


 そういうとそいつは胸元から黒光りする物体を抜いた。

 硬い金属で作られているそれは、ブラックホールのような凶悪な穴を持っている。

 銃だ。

 警官――特に制服の警官なら誰でも胸元に携帯しているものだ。

 その銃口を俺に向け、続けて口を開いた。


「今回はこうするしかないよね?」


 そして何の躊躇いもなく引き金を引いた。

 一瞬だけ銃口が光った。しかし銃声は聞こえなかった。

 そこまで認識したところで、俺の左脚に激痛が走り灼熱に包まれた。

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