第三話
『……あなたって性格悪いですね』
花子さんの恨みを込めた声が俺の耳に届く。
普通なら幽霊の声で恨みが籠っていると怖く感じるのだろうが、花子さんの声は微妙に涙声だからか、どちらかと言うと拗ねているように聞こえる。
まぁ、この幽霊がちょっと残念な……いやかなり残念な感じな事は分かった。
「性格は……良い方ではないですよ」
『いや、絶対に性格悪いですね!』
多分今目の前では、花子さんが両手を握って涙を浮かべ、俺の顔を覗き込んでいるんだろう。
見えないが、この花子さんがあざとい性格なのはわかった。
ただ、まだ会ってもいないのに、そんなこと言われるとさすがに気分も悪くなる。
「失礼じゃないですか!」
思わず声が荒くなり、トイレにその声が響く。
『そんな性格してると、碌な死に方しませんよ!』
「あんたにだけは言われたくねぇ」
既に死んでる人にそれは言われたくねぇ。
しかもあんた幽霊だろ?
ってことはこの世に何かしらの未練があるから成仏できないんだろ。それなのに「ろくな死に方」なんて言われたくねぇ。
『失礼ですね! これでも友達は多かったんです! あなたと違って恋人……だっていたんですよ! そんな性格してるんじゃ、恋人どころか友達とかいないんじゃないですか?』
痛いところ突いてくるな。「あなたと違って」って、俺の何を知ってるんだ?
「うるさいな! これでも俺はスペックは高いんだよ! 成績は常にトップテンには入ってるし、スタイルだって悪くない。顔だってイケメンではないが、それなりに悪くないはずだ。恋人と友達がいないことを除けば、基本的に俺は人気がある素質が高いんだよ!」
『プッ! 自分でそれ言いますか? そういう事言う人って何て言うか知ってますか? ただのナルシストって言うんですよ!』
俺たち二人の会話が徐々に熱を帯び、言葉はトイレ内だけでなく近くの廊下にも響いているだろう。
今は夕方だから、廊下を歩く生徒は一人もいないが、昼間であれば目立ったはずだ。
というよりもおもに俺の声が響いていただろう。
「人間どんな奴だって大なり小なりナルシストな部分ぐらいあるだろ! それが表に出てるやつがナルシストって言われてるだけで、俺は出してないから全然セーフだろ?」
多分俺の言っていることは間違っていない。
誰しも自分の好きなところはあるはずであり、それが見た目であった時に、自分に陶酔する奴がナルシストと呼ばれるわけだ。
それに比べれば俺は自分に陶酔することは無いし、気障な行動をとったりもしない。
ナルシストの定義を考えれば、俺のはセーフのはずだ。多分。
『今自分で言ってるじゃないですか! こんな状況でよく言えますね!』
「そしたら花子さんから見て俺はどうなんだよ?」
『……』
白熱していた舌戦が突如として凍り付き、俺の言葉を最後に花子さんの言葉が途切れる。
「ん? 何か悪いこと言った?」
『えっと……そう言うわけじゃなくて、実は私からもあなたの事ははっきり見えないんです』
「は?」
今何て言った? 見えない? 俺の事が? どうして?
俺はスマホのカメラ機能を使って花子さんを見ることが出来たけど、花子さんは俺の事が見えないの?
『いえ、あなたが私の事を見えない様に、私にもあなたの事ははっきり見えないんです』
「幽霊なのに?」
そうなると話が変わってくる。
俺は花子さんの事を、カメラ越しとは言え見ることが出来る。しかし、花子さんからはどういうわけか俺の姿が見えないらしい。
首を傾げている俺に、花子さんが教師のような口調で説明する。
『えっとですね……私たちが人間に発見される場合、ある特定の条件をクリアされた時だけです。例えば深夜〇時に合わせ鏡をした時とか、墓場の前を通ってあることをしたり、とかですね。基本的に私たちがいるのは、あなたたちの住む世界とは別の世界ですから、条件をクリアして現世との壁を取り除かないとダメなんです』
あぁ、つまり幽霊のいる世界と俺たちの世界は違うから、その二つの世界を繋ぐには何かしらの方法があるってことね。
その方法ってのがつまり、
「それが花子さんの場合、ノックを三回して呼びかけるってことか」
『そういう事です』
ま、単純な話だわな。今はその条件をクリアしていないから
「花子さんも俺の姿は見えないってことか」
『そうです』
「じゃ、なんでカメラは大丈夫なの?」
『それはそういうもの……として認識するしかないんじゃないですか? 昔から心霊写真なんてありますから。何かしら理由があるんでしょうけどね』
かなりいい加減だな。ただまぁ、何もしてないのに心霊写真が出来たりするわけだから、「そういうもの」と認識せざるを得ないかな。
そう言えばカメラが初めて登場した時は、「魂が吸われる」って言われてたな。もしかしたらその影響もあるのかな?
って言うかさ、
「幽霊なのにそんなことも知らないの?」
『……それを言ったら、あなただって人間の世界の事全部知ってるんですか? 幽霊だからってこの世界の事全部知ってるわけじゃないです!』
花子さんの言っているのは尤もである。
例えば東京に住んでいる人が居たとしよう。その人が東京の地名を全て知っているのかと言えば、当然そんなことは無い。
幽霊であっても、その住まう世界の全てが分かるわけではないという事だ。
「まぁ、それもそう……なのか?」
まぁ確かに言われてみればそうなんだけど、そう言うもんなのかなぁ。
『それでどうします? 一回ぐらい会いますか?』
「……悪さしませんか?」
言葉だけを聞くと出会い系みたいに聞こえるんだけどな。でも今相手にしてるのは幽霊なんだよな。いくら可愛いと言っても、あくまで幽霊なんだよな……。
『前にも言いましたけど、私にそんな事出来ません。力が足らないので』
「力?」
そう言えば前にそんなことを聞いた気がする。そもそも力ってなんだ? 幽霊に力ってあるのか? 人間を呪ったりする奴やつの事かな?
『その辺も会ってからお話ししますよ!』
「……一回だけですよ」
『うんうん』
どうしてそんなにウキウキした声を出すんだ? そんなに人恋しいのか? そう言う反応は、童貞である男の子には破壊力が抜群であるという事が分かってるのだろうか。いや、たぶん分かってないな。
「……はぁ」
一つ溜息をつき、再び個室のドアを開けてから外に出て、個室のドアを閉めてから、二回ノックする。
「花子さん、遊びましょ!」
『……』
あ、さすがに三回目は引っ掛からないのね。これはやるしかないか……。ならせめて
爆発するかと思うぐらいの心臓の鼓動を感じながら意を決し、個室のドアを三回ノックする。
「花子さん、遊びましょ」
決められた言葉を言う。現世と別世界を繋ぐ魔法の言葉。
昔からよく言われてきた、花子さんを呼び出す言葉だ。
『は~い!』
花子さんが明るく返事を返し、個室のドアを開けた瞬間、大量の水が花子さんの身体を襲い掛かる。
花子さんの身体と言っても幽霊であるため実体はない。そのため襲ってきた水は花子さんの身体を通り抜け、後ろの便座と壁を濡らすだけとなる。
水を放ったバケツから残りの水が床にポタポタとしたたり落ち、俺の視線が目の前の花子さんを確認した時、
『……何するんですか?』
目の前の花子さんからジト目で冷たい声が掛かる。
その声色は幽霊のものではなく、完全に同世代の女の子の声であった。
「いや、やっぱり怖いじゃない? だからせめて水で先制攻撃を……」
直接的な被害は受けていないが、それでも俺の行動は花子さんの機嫌を損ねるには十分であった。
『……』
「……」
『……』
無言の時間。何だか背筋がすごく冷たい。まるで凍ったみたいだ。
時間って凍るんだね。ってそうじゃない。
「……ゴメン」
二人の間に流れる静寂の時に耐えられなくなったのか、口から謝罪の言葉が漏れる。
謝ったからと言って許されるわけではないのだが、それでも謝罪をせずにはいられなかったのだろう。
『もういいです。別に水が冷たかったわけじゃないですから』
諦めの色を濃くした花子さんが、俺の顔を見てから溜め息混じりにそう話しかける。
「……スイマセン」
『本当にもう良いですよ』
でも怒ってるよね? 声が怒ってるから。それに「もう良い」は多分、「もうどうでも良い」ってことですよね。
これはマズイ。本当に呪い殺されたらどうしよう。いや、本当に怒ってない可能性もある……のか。
「……許してくれますか?」
『……許しません』
だぁ! やっぱり怒ってるじゃん。えっとそしたら、
「どうやれば許してもらえますか?」
許してもらえないと、場合によっては呪い殺される。
そう懸念する俺の顔を覗き込み、クスリと微笑み、屈んだ状態で腰に手を当て、続けて言う。
『私の話し相手をしてくれないと、許しません!』
え? そんなことで良いの? ってかこの幽霊、チョロくない? あ、でもその笑顔は反則かも。今まで見たどんな女の子よりも可愛い。それでその腰に手を当てて、わざと頬を膨らませるあたり、本当に可愛い。
「……七時には帰りますよ」
取りあえず七時までは学校に残っていても問題は無いと思う。
それよりも卑怯だろ。その笑顔で迫られたら、俺じゃなくてもオチるって。
何なの? 花子さんってこんなに可愛い女の子だったの?
もう俺の中の「学校の怪談」に対する意識を、全部変えるべきなんじゃないの。
もしかしたら、二宮金次郎もすごくイケメンだったり、メリーさんも可愛かったりするんじゃないの。
『はい! それでですね……実際こうして会ってみてどうですか?』
脳内で学校の幽霊に対する認識が改められつつあった時、花子さんが質問してくる。
「思ったよりゾッとしない……かな」
ゾッとしないというよりも、むしろ人間らしいと言った方が正しいかも知れない。
それにそうやって顔を近づけられると、俺の心臓がオーバーヒートしますから。
『じゃなくて、見た目の話です!』
「あ、あぁ……まぁ可愛いんじゃない?」
必死に頭を回転させてそう答えるが、既に心臓は早く高鳴って思考回路はショートしている。
漫画であれば多分、頭から煙が上がっていることだろう。
最初に言葉を詰まらせたのがその証拠だ。
『なんでクエスチョンマーク付けたんですか?』
「だって、幽霊でしょ?」
そうだ。
どんなに可愛くても目の前にいるのは幽霊だ。そのことを忘れてはいけない。
『でも女の子ですよ』
そんなの分かっている。俺じゃなくても「可愛い」と感じるやつは多いはずだ。
付け加えるなら、そのあざとい仕草も可愛さに拍車をかけている。
俺も含めて殆どの男性は恋愛について盲目である。
目の前に可愛い女の子があざとい仕草をした時、それがわざと演じていると分かっていても、それを可愛いと感じることだろう。
それは恋愛経験が少ない程有効であり、こと俺に至っては効果絶大なのである。
「じゃあ可愛いですよ」
目の前の女の子が幽霊であることを忘れないため、必死に抵抗を試みる。
『じゃあって何ですか?』
めんどいなぁ。でもまぁ確かに「じゃあ」っていうのは失礼だよな。
「……可愛いよ」
『今面倒くさいって思いましたよね?』
「……思ってません」
いや、思いました。別に確認しなくても良いじゃないですか。
それに顔が近いですよ! そんな事されたら大概の男は勘違いしますから。
『なんで一瞬沈黙したんですか』
「別に」
出来ればそこは突っ込まないで欲しいです。それにどんどん近づいてくるのやめてください。目のやり場に困りますから。
『面倒くさいって思いましたよね?』
「思ってません!」
徐々に徐々に花子さんの顔が近づき、顔を覗き込む。
だから近いですって! あなたのその凶暴なまでの双丘は、年頃の男の子には強烈すぎますから!
しかし、忘れてはいけない。この娘は幽霊だ。それにそう言う態度をとったところで、俺の精神は乱れない。
はずだ。
『怒りませんから』
「……思いました」
えぇ思いましたよ。その面倒なまでに可愛い仕草とか、俺じゃなければきっと今頃勘違いしてるでしょう。
『……泣きますよ』
俺の返事を聞き、瞳に目一杯の涙を溜めて花子さんがそう訴える。
「泣いてるじゃないですか!」
『泣いてません』
俺の突っ込みに声を大きくして否定の言葉を投げる。
だが既に目からは大粒の涙が溢れ、その雫が頬を伝って制服にしたたり落ちる。
「いや、泣いてるじゃないですか!」
『泣いてないもん!』
「ないもんって……今時」
時代錯誤な表現に思わず吹き出し、再び突っ込みを入れる。
『……フフ』
「幽霊にも喜怒哀楽ってあるんですね?」
『ありますよ~』
そう言って笑い合い、他愛もない話を続けている時に、一つの疑問が脳裏に浮かぶ。
それは、
「そういえば、どうやってWIRE送ってるんですか?」
これだ。
考えてみれば、こうして話すことも不思議なのだが、WIREを送っているのも実に不思議な現象である。
『あぁ、それは私を認識した事がある人なら、私の意思で送れるんです』
「そしたら別に俺じゃなくても良いんじゃないですか?」
花子さんと会うのが別に俺でなくても問題ないはずだ。
近くに来た人を、何らかの方法で呼び出して姿を現し、花子さんを認識させればいいはずである。
今の俺みたいに。
『私が幽霊になったのはつい最近ですから』
「つい最近……ってことは本当に女子高生?」
思わず口から驚嘆の声が漏れる。
その声がトイレ内に大きく響いた。
思わずそれが外に漏れていないか、個室から顔だけ出して確認する。
どうやら大丈夫みたいだな。まぁ時間も時間だしな。
確認してから花子さんに向き直って視線を合わせる。
『そうですよ!』
「ちなみに何歳なんですか?」
別に邪な感情があったわけではない。
単純な疑問だ。いや、邪な気持ちがあったとしても目の前の花子さんは幽霊なのだ。
どんなに可愛くても、文字通り俺とは住む世界が違う。
そのことを忘れてはいけない!
『十七歳ですよ』
「同い年じゃん!」
まさかの同い年という事に、再び声が大きくなる。
しかし、今度は外を確認することもなく、花子さんの言葉を待つ。
『そうなんですか?』
花子さんが口元に指を当て、首を傾げて隼人に問いかける。
「じゃ、これからはタメ口でいこう!」
その方が気が楽だ。
それとそのあざとい仕草、何とかなりませんかね?
『そうだね! えっと、なんて呼べばいい?』
そう言うと花子さんが両手を胸の前で握り、身を乗り出してくる仕草をする。
そのあざとい仕草に再び心臓が高鳴るが、これはもうデフォルトでそういう性格なんだろうな。
「あぁ、俺は西園寺隼人! 隼人って呼んで」
『隼人ね! オッケー!』
「花子さんは?」
『……』
「あれ? 何かまずいこと聞いた?」
俺の質問になぜか口を閉ざしたまま下を向いてしまった。
ヤバイ、なんかまずいこと聞いちゃったかな?
でも俺が名乗ったんだから、向こうに名前を聞くのは何もおかしくないはずだ。
『ううん、そうじゃなくて』
俯いたまま花子さんが口を開き、続く言葉は俺にとって予想外のものだった。
『思い……出せないの』
「……え?」




