第三十四話
六月十九日(月)20:00
「じゃあ沙奈絵さん、また! 遅くまですいませんでした」
沙奈絵さんに連絡した後すぐに家まで向かい、三十分だけだぞ、と言った俺の言葉は大幅に無視されたわけだが。
「全然問題ないですよ! また来て下さいね! 明日葉さんも!」
『えぇもちろん!』
二人の女子が喜んでいるのだ。何か余計な事を言ったら俺の身が危ない。
「もう普通に明日葉と会話が出来るようになったね」
以前、俺、明日葉、美優、沙奈絵さんの四人で記念写真を撮影したときに発見した、トイレの花子さんである明日葉と会って話す方法。
昔からある花子さんを呼び出すための方法で、明日葉と沙奈絵さんはもう普通に会って話をすることが出来るようになった。
「えぇ! 一度トイレに入っちゃうとリセットされるみたいですけど、同じことをもう一回やればまた会話出来るってわかりましたし!」
『私もそうなるとは思わなかったからね~。今日は新しい発見が出来て良かったね!』
今言ったように、一度どちらかがトイレに入ってしまうと効果がリセットされるようだが、さしたる問題は生じなかった。
ただ、疑問に思うことが無いわけではない。
それが、
「幽霊と会話する方法……必要なのだろうか?」
これだ。
そもそも住む世界が違う存在と会話するなんて、生きていく上ではあまり意味が無いように思えるのは俺だけだろうか?
『必要でしょ!』
「必要ですよ!」
俺の疑問は即座に否定された。
個人的には必要ないと思うのだが、ここでそれを言うのは藪蛇だな。
「はいはい、それじゃ行こうか!」
「おやすみなさい」
『おやすみ~』
沙奈絵さんに別れを告げ、明日葉と一緒に帰路に着く。
六月十九日(月)21:00
夜の住宅街というのは思いのほか不気味だ。
自分の歩く足音が響き、その反響で誰かに尾行されているのでは、と錯覚を起こすこともある。
そんな静寂が満ちた夜道を腕を組みながら歩く。
「しかし困ったもんだなぁ」
夜道の不気味さが怖くて言ったわけではなく、考えが煮詰まって思わず呟いた。
考えてみれば隣に幽霊がいるという今のこの状況より怖いことなんてあるだろうか。
どうやら俺の恐怖に対する耐性がバグって来ているようだ。
『ん? 何? どうしたの?』
俺の隣を歩く明日葉がその呟きに反応した。
「明日葉も俺も、明日葉が死んで幽霊になった理由を知らない、ってことだ」
『あ、そう言えば!』
明日葉を成仏させるのは寂しくもあり嬉しくもある。
だが、明日葉を成仏させるために必要なものがいくつも抜けている。そのうちの一つがこれだ。
明日葉が幽霊になった理由が分かれば、そこから成仏させる糸口が見つけ出せるかもしれない。
「う~ん明日になるけど、明日葉の実家に行ってみれば何か分かるかもな」
『そしたら! 明日はとうとう私の家に行くんだね』
「一度は引き返したけどな。今度は明日葉を成仏させるためだからな」
以前は明日葉の家に行く前に引き返してしまった。
あの時は、明日葉が真実を受け入れる覚悟が出来ていなかったと考えていたが、今回は違う。
『隼人、ありがとう!』
明日葉の口から出た感謝の言葉からも分かるように、今回は真実を知る覚悟が出来ているみたいだ。俺も同じだ。覚悟が出来て目的がある。
それなら明日葉を成仏させるため、今まで意識して避けてきた見える道に脚を踏み出すべきだ。そしてその覚悟が決まったなら、行動は早い方が良い。
時間が経つとその覚悟も鈍る。
「それじゃ明日の火曜日、明日葉の実家に行ってみよう!」
『オッケー!』
六月二十日(火)7:00
天から落ちる大量の雫がアスファルトを打つ音が聞こえる。
「う、う~ん……」
湿気を帯びた重い空気に満たされた部屋の不快感に目を覚ます。
『隼人~そろそろ起きて~!』
「う~ん……もう少し」
明日葉の声が聞こえるが、それでも眠気を完全に晴らすまでには至らない。
出来ることならあと三時間は寝ていたい。
『もう! あ! 良いこと思いついた』
身体に掛けている布団の重力が一瞬だけ無くなり、湿った空気を一度布団の中に取り入れてから再び俺に重力を掛けた。
どうやら明日葉が寝ている俺の横に入り込んだようだ。普通の男子ならここでドギマギして慌てるところだが、明日葉との付き合いが長い俺にこんな色仕掛けは通じない。
今更明日葉が何をしようと、今の俺の睡魔には勝てないのだ。
『は・や・と! 早く起きないとぉ~チューしちゃうぞ!』
「起きた! 起きました! 今完全に覚醒しました! さぁ学校に行ってから明日葉の家に向かおう!」
だが今回のはレベルが一桁、いや……一次元違った。
俺の脳内で誘惑していた睡魔が一瞬で淫魔へと変貌した。
さすがの俺でもこの淫魔への耐性は獲得していない。瞬時に布団から飛び出し、寝巻から制服へと着替える。
明日葉の前で着替えるのなんてもう慣れたものだ。
「……ちっ! もう少しだったのに」
「ん? 何か言ったか?」
ぼそりと呟かれた言葉を俺の耳は捉えたが、ここはあえて何もなかったように聞き返す。
『別に~……。それよりも早く私の家に行こうよ』
あからさまに口を尖らせて拗ねているのが見てわかる。
発した言葉の口調からもそれは明らかだが、その後に続けられた言葉は目をこれでもかと輝かせて発せられた。
俺には明日葉の家に行くよりも前に大事な事があるということを、絶対に忘れられているよな。
「……学校が終わってからな」
今日は朝から雨か。梅雨だから当たり前だけど、憂鬱な天気だ。
何も起きなければ良いんだけどな。
六月二十日(火)17:00
学校が終わり予定通り明日葉の家に向かうため電車に乗り、目的の駅に到着してから自動改札機を抜ける。
明日葉の家は隣町だから、沙奈絵さんや美優の家と同じ駅だ。
既に見慣れた駅前の商店街を抜けて前に一度行った江南高校へと足を向ける。
頂いたメモ書きは学校からの行き方が書かれていたためだ。
「なんだかここに来るのって久しぶりな気がするな」
『そうだね』
別に特別な思い入れがあるわけじゃない。
でも止まっていた明日葉の時を再び動かしたのは間違いなくこの場所からだ。
そう考えるとこの江南高校から始まったように感じられる。
「あれからまだ一ヶ月ちょっとしか経ってないのにな」
『そうだね。いろいろなことが起こり過ぎたからねぇ』
「それを言ったら、俺は今学期が始まってから現在進行形で異常なことを体験してるよ」
『あ! 確かに! フフフ』
二人で顔を見合わせてから控えめに笑い、一度校舎を見てからポケットに手を入れる。
ポケットの中には折りたたまれた小さな紙の感触。それを取り出して広げ、目的地を確認する。
いつも行っていた美優と沙奈絵さんの家とは方角が違う。
当然と言えば当然だが、初めて歩く道だ。
「それじゃ行こうか!」
『うん!』
朝に降っていた雨は電車に乗っている間に止み、オレンジ色の陽光がアスファルトを鮮やかに染め上げていた。着色された道を長く伸びた影が進み歩く。
二十分ほど歩いてから立ち止まり、影を持たない存在に視線を向けて口を開く。
「ここだな。それじゃ心の準備は良いか?」
『うん。大丈夫』
明日葉が身体の前で両手を握り、力強く頷いて言う。
それを見てインターホンに手を伸ばそうとした瞬間、
『でもさ』
明日葉の口から逆説の言葉が漏れ、指がボタンを押す前で停止させられる。
「どうした? 今更帰ろうはやめてくれよ」
『あ、そうじゃなくて……どうやって何の話をするの?』
「……あ!」
そういえばどうしよう。今の俺と明日葉の関係もそうだし、明日葉が幽霊になって俺と一緒に暮らしてるのもそうだし。
何をどこから、どうやって説明をしよう。
『全然考えてなかったの?』
「えっと……とりあえず、当たって砕けろかな!」
『はぁ……』
明日葉のため息が痛い。
そういえば明日葉の期待を裏切ったのは久しぶりかもしれないな。とはいえここまで来てしまったのだ。来た理由を見失わなければ、あとはなるようになるだろ。
「まぁまぁ。それじゃとりあえず」
明日葉の呆れを一度なだめ、改めてインターホンを押す。
聞きなれた音が三回鳴る。
「はーい」
扉の奥から女性の返事が聞こえ、中から一人の女性が姿を現した。
小柄だがバランスが取れた優雅な曲線がシルエットを完璧に引き立て、夕陽を反射した髪は柔らかな波を描いたようだ。
「どちら様ですか?」
ドアを開けてドアノブを握ったまま首を傾げ、優しい声で問いかけてくる。
「あ、俺、明日葉さんの友達の西園寺といいます」
目の前の女性に一瞬見惚れていたが、問い掛けられた言葉で我に返る。
「明日葉の? 男の子の友達は初めてだわ」
「えっと……明日葉さんのお母さん? ですよね?」
纏っている柔らかな雰囲気と見た目の若さから、もしかしたら年の離れたお姉さんの可能性もあった。だからだろうか、二重に疑問を含んだ言葉を浸かってしまったのは。
「あ、そうよ」
どうやら明日葉の母親で間違いないようだ。
それにしても見た目が若すぎないか? 明日葉が俺の一つ上ということを考えると、年齢は低く見積もっても三十代中旬~四十代前半辺りだろ。
それが目の前にいるのはどう見ても二十代にしか見えない。
『この方がお母さん?』
隣でそう呟いた明日葉の言葉で、間違った方向に向かっていた思考を戻して口を開く。
「実はちょっと明日葉さんの事についてお話が」
「明日葉の……」
俺の言葉を聞いた明日葉の母親の目が若干泳いだ。
何か隠していることでもあるのだろうか? 今日初めて会った俺に隠すことなんてないような気もするが……。
「少しだけでも良いんです。話を聞かせてください」
「……失礼だけど、明日葉とはどんな関係だったの?」
関係って言ってもなぁ……今現在取り憑かれている被害者です。とはさすがに言えないよなぁ……。
「どんな関係と言われても、普通に友達ですけど」
「……そう。さっきも言ったけど、今まで男の子の友達は初めてでね。明日葉の事はどこまで知ってるのかしら?」
そう言った母親の目が悪戯の光が灯った。
これは、絶対に何か勘違いをしているな。
「……基本的には何も聞いてません。ある日突然連絡が取れなくなったから、心配になっただけです」
「そう……」
そういうと何かを暴こうとしているように俺の目をジッと見つめ、やがて一つため息をついてから口を開いた。
「今、明日葉がここにいないのは知ってるの?」
何も知らないって言っちゃったからな。ここはすっとぼけておいた方が良いだろう。
「いえ……そうなんですか?」
「えぇ。ちょっと遠い所にいるわ」
お母さんの言ってる「遠い所」とは、きっと「あの世」のことだろうな。まさか成仏していないで今俺の隣にいるんですけど、なんて言えるはずもないしな。
さっきのこともあるし、やっぱりとぼけておいた方が無難だな。
「遠い所? 留学とかですか?」
「本当に何も聞いていないのね?」
「えぇ」
俺の言葉を聞いたお母さんが、心底意外そうな表情でそう言う。
何でそんな意外そうな表情をするのか分からないな。いやさっき一瞬だけ見せた表情と目の光りかたからなんとなくわかるんだけどさ。
「……どうぞ上がって。少し話をしましょうか」
外の気温は暑いし、話が長くなると申し訳ないと思ったのだろうか。母親が家の中へと招いてくれた。
確かに六月とは言え、今日は雨の影響もあって蒸し暑い。立ち話は避けたかったから嬉しい限りだ。ちょっと引っ掛かることがあるけどな。
「それじゃ、お邪魔します」
明日葉のお母さんの横を通り過ぎ、玄関に入る。一瞬、柔らかなラベンダーの香りがして視線だけ動かすが、どうやらこの香りは明日葉の母親からしているようだ。
容姿もそうだが明日葉のお母さんって……。
そんなことを思いながら靴を脱ぎ、廊下の突き当りにあるリビングに向かって進む。
『何とか入り込めたね!』
俺の横で明日葉が意気揚々と話しかけてきた。思わず「そうだな」と言ってしまいそうになるのをこらえ、ポケットからスマホを取り出し、メモアプリを起動させて画面を操作して明日葉に向けて見せる。
――声出したらおかしいから、しばらく話せないよ。
『あ! そうだよね! ゴメン。それじゃ今はお母さんの話を聞くことに集中しよ!』
スマホを見せられた明日葉が小声で呟く。
別に明日葉の声は俺にしか聞こえてないんだから、声自体を小さくする必要ないんだけどな。
明日葉の言葉を聞いて黙って頷き、リビングに通してもらう。
「そこに座って。今お茶を煎れて来るわ」
「あ、はい」
通されたリビングのソファに腰を下ろす。目の前には大きなテレビがあり、右側には日を取り込むための大きな窓が有り、その先には家庭菜園が広がっている。
ここが明日葉の家か……。
「明日葉」
母親がまだ戻ってこないだろうことを確認し、それでも最新の注意を払って小声で名前を呼ぶ。
『ん? 何?』
「何か思い出すことあるか?」
『ううん。でもお母さんのことは何となく覚えてる感じかな』
俺の言葉に周囲を見回してから答えるが、どうやら何も覚えていないようだ。自分の家を見れば何か記憶に残っているものがあるかと思ったのだが……。
明日葉の表情に少しだけ暗い影が落ちた。
「そうか……っと戻ってきたな」
リビングから出るドアの向こうから足音が聞こえ、明日葉との話を中断する。
「お待たせしてごめんなさいね」
「いえ。こちらこそ急に訪問してしまってすいません」
そう言って俺の座っている席の前に冷たい麦茶を出してくれた。そのまま自分の座る予定の席にも一つ麦茶を置き、ゆったりとした動作で椅子に腰を掛けて口を開いた。
「それで……どこから話しましょう?」
頬に指を当てて首を傾げながらテーブルを見つめる仕草は明日葉そっくりだ。
やはり親子なんだな。
「そうですね……明日葉、さんが遠くにいるのはさっき聞きましたけど、具体的にはどこに行っちゃったんですか?」
さすがに「この世にはいない」とは言いにくいだろうけど、死んだ原因を探すには必要なことだ。
「今は……その……」
「……言いにくい場所という事ですね?」
「ごめんなさいね」
何も知らないて体でこの場所に来たからな。言い難いのも理解できる。
そしたらいきなり核心をついた方が話が早そうだな。
「今の反応で何となく分かりました。今から三ヶ月程前、この街で女子高生が通り魔に襲われましたよね? その女子高生が明日葉さんですね?」
「え? えぇ……噂話は早いものね。まだ娘の事は公表されていないのに」
一番最初、明日葉のお母さんは目を丸くして驚いた表情をしていたが、そのあと妙に納得したように俺の言葉を肯定した。
公表されていない……確かに通り魔事件のことは、この町に来てからの警察官に聞いただけだから、公表されていないと言えば確かにそうかもしれない。
「それじゃやっぱり……」
二重の意味で俺はそう呟いた。
一つは俺の推理が正しかったことに、もう一つは明日葉の命が奪われたことにだ。
「まさかストーカーに狙われるなんてね」
一つため息をついてそう呟く。
ん? あれ? ストーカーだっけか? 通り魔じゃなかったっけ? まぁ遺族からしてみたらどちらでも同じようなもんだからな。その辺は気にするところじゃない。
重要なのは明日葉がなぜ成仏出来ないか、その手がかりを探すことだ。明日葉と美優を殺害した犯人はこの前逮捕されたが、成仏したのは美優だけだ。美優は妹の沙奈絵さんのことが気がかりで成仏できなかった。沙奈絵さんが落ち込まず、これから生きていけると確信したから成仏したわけだ。
つまり、犯人が逮捕されることが成仏の要因ではなかったことは明らかだ。
それは明日葉も同様で、犯人は既に逮捕されているがこの世に明日葉が彷徨っている理由は別にあるということだ。今日はその理由を探すため明日葉の家に来た。
明日葉の未練って何があるかな? 美優みたいに親族がらみか夢中になっていた趣味か……、まずは何か心当たりがないかお母さんに聞いてみるのが早いかな。
「ん? お客さんか?」
「あ、あなた! おかえりなさい」
そう考えていた時、リビングにもう一つの人影が入ってきた。お母さんの口から出た返事から、明日葉の父親だということは容易に想像できる。
すぐにソファから立ち上がりって口を開いた。
「あ、お邪魔しています」
一瞬だけ視線を合わせ、斜め四十五度の角度で頭を下げる。視界には折り目がきっちりと入ったダークグレーのスラックスが映り込む。
「君は?」
「明日葉のお友達だそうよ」
俺の下げた頭に質問の低い声がかかり、それに答えようとした俺の言葉を遮ってお母さんが答えた。
頭を上げ明日葉の父親と顔を合わせる。
シャツの襟元が整然と整えられ、均整の取れた顔立ちにフチなしの眼鏡の奥には知的な眼光が宿っている。自分の妻に紹介された人物のの人間性を推し量るように、人差し指で眼鏡を持ち上げるのが見えた。
「今日は突然来てしまい、申し訳ありません」
纏っている雰囲気がどこか一条先生に似ている気がすると一瞬で感じ、再び頭を下げながら言う。
なんとなくだが、油断できない気がした。
「構わないさ。もしよければ夕飯も食べていくと良い」
「はい?」
唐突な夕飯の誘い。予想外の言葉に間抜けな声を上げてしまった。
「夕飯を食べていかないか? と聞いたんだが?」
「え! いや、さすがにそれは!」
改めて聞かれ、両手を前に出し首を左右に高速で振る。
嫌なわけじゃない。だがまさか今日来たばかりの俺に、こんな誘いをしてくる理由が分からない。
「遠慮する必要はないさ。明日葉に会いに来たのだろう?」
「えぇ。ですがここにはいないという事でしたので、もう帰ろうかと……」
父親の言葉がやけに意味深に聞こえた。
もしかして遺影に線香をあげてくれとか言うのだろうか? だがそうだとしても夕飯に誘うのは不自然だ。もしかしたら明日葉がここにいない理由でも話してくれるのだろうか?
実際のところ、明日葉は俺の真横にいるんだけどな。
「なに。気にする必要はない。もしかしたら明日葉と夫婦になっていたのかもしれないのだろう?」
「はい!?」
父親の斜め上を育発言に、再び俺の口から先ほどよりもトーンがかなり高、間抜けな声が漏れた。
「ん? 君は明日葉の恋人ではないのか?」
「え! ち、違いますよ!」
「そうなのか? いや明日葉の男の子の友人と言ったから、てっきり……」
どうやら俺が感じていた雰囲気は勘違いだったようだ。
「もの凄い勘違いですよ。普通に友達です」
「あら? そうなの? 私もてっきり明日葉の恋人だと思ってたわ」
「えぇ! いやいやいやいや!」
しかも父親だけでなく、母親まで勘違いしていたようだ。
やはり夫婦は似る、ということだろうか。
首を先ほどよりも早く激しく、左右に振って否定する。
『そんな全力で否定しなくても良いじゃない!』
明日葉のクレームが微かに聞こえたが、ここは聞こえないフリだ。
明日葉を含めてここにいる人の誤解をちゃんと解いておかないと、あとあと面倒になるな。何か良い言い訳はないか?
そう逡巡した俺の頭に簡単な答えがよぎった。
「もし仮に明日葉さんの恋人だとしたら、ここに来るのが遅すぎると思いませんか?」
それがこれだ。
明日葉と俺が生前お付き合いをしていたのなら、明日葉の家に来るのが遅すぎるし、事情について知らなすぎる。
「まぁ確かに」
「それもそうね」
これにはさすがに両親は納得したようだ。
いや、納得しなくても納得してくださいよ。
「ですよね? 俺は明日葉さんと急に連絡が取れなくなったから心配して……それに俺じゃ明日葉さんにはもったいないですよ!」
やや俯いてそう呟く。
この言葉は明日葉に対する言葉だ。実際のところ、俺に明日葉は勿体ないと思うから本心からでた言葉でもある。
「まぁせっかくだから食べて行きなさい」
「そうよ。もう作ってしまったしね」
「え、でも……」
その様子を見て、それでも両親はそう言った。
確かにせっかく作ってもらったのに、その気持ちを無駄にするのは心が痛い。
『食べて行けば良いじゃない。もしかしたら何か情報が手に入るかもよ』
悩んでいた俺に明日葉が言う。
まぁ確かに一理ある……か。ここで引き返してもあまり進展がないままだし、夕食の席で何か新しい情報を手に入れられるならそれに越したことはない。
「そしたらお言葉に甘えさせてもらいます。っとその前に、家に連絡しますね」
六月二十日(火)19:00
『あ、母さん? 今日友達の家で晩御飯食べるから! ん? うん分かった! なるべく早く帰るね』
明日葉の家で夕食を頂くことになり、母親へその報告をする。
電話口の向こうの母親は一言「オッケー!」と言ってから通話を切ってしまった。
なんと言うか、俺の母親はノリが軽いように感じるな。いやもしかしたら今までの件があるから心配していたのかもしれない。
そう思うと俺ってかなり母親に迷惑かけてるよな。いつかちゃんと親孝行しないと、マジで罰が当たりそうだ。
そんなことを思いながらダイニングに入り、料理が並べられた席に着く。
「それでは頂こうか」
俺の電話が終わるのを待っていてくれたのか、父親は新聞を読んでいた。
別に俺を待っている必要なんてなかったんだけどな……。
「それじゃ、いただきます」
「たくさん食べてね」
母親がにっこりと笑って俺の前に山盛りのご飯を差し出してきた。ギョッとしてから目の前のおかずに目を移すと、これまた両親のおかずよりも約二倍近い量の料理が置かれていた。
確かに育ち盛りの食べ盛りである十代の男子だが、さすがにこれは……。
と思って顔を上げると、明日葉のお母さんが先ほどよりも百倍嬉しそうに微笑んでいる。
これは……逃げられないな。
「ごちそうさまでした」
これが満腹というやつか? もう水の一滴すら胃の中に入らない。
半分ほど食べた時にベルトを緩めたが、それでもこの量はさすがにしんどい。
「はい、お粗末さまでした」
全部食べ終わった俺を見て、母親が凄く嬉しそうにそう言い、俺の目の前から食器を持ち上げ、そのまま洗い場の方に持っていき、カチャカチャと食器を洗い始めた。
「さて、隼人君と言ったかな? 明日葉の事はどこまで知ってるのかな?」
母親が食器を洗っているのを見て、父親が唐突に話し始めた。
そういえばお父さんには俺がどこまで知っているかとか話していないな。
「えっと、つい最近……と言っても三ヶ月くらい前になりますけど、ストーカーに襲われたって……」
先ほど母親から聞いたことをそのまま口にする。
明日葉を狙っていたストーカー……どんな奴なんだろうか? 確かに明日葉は見た目は可愛い女子高生だ。ストーカーがいてもおかしくはない。
「ふむ、その通りだ。しかもまだ奴は逃走中らしい」
返答を聞いた父親の口から出てきた言葉は、俺の知っている事実と違っていた。
は? 逃走中? そんな馬鹿な! そんなはずはない。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
思わず話を続けようとしていた父親の言葉を遮って叫ぶ。
「ん? 何かな?」
その様子を見て父親が首を傾げながら尋ねてきた。
首を傾げたいのは俺の方だ。明日葉を襲ったストーカーはつまり、美優の命を奪った通り魔と同一人物のはず。
その犯人は明日葉の妨害をくぐり抜け、美優を悪霊化させた張本人だ。
「確かつい最近、この近くでその犯人、掴まりましたよね?」
俺との戦闘を繰り広げ、最終的には俺の目の前で逮捕された。
その時に受けた怪我の所為で俺は入院することになったのだ。間違えるはずもない。
「ん? もしかして通り魔の事かな?」
「えぇ……そうですけど」
どうやら通り魔事件の事は父親も知っているみたいだ。メディアでは取り上げられることはなかったが、それでもそれなりに付近の住民に恐怖を与えたのだ。知らないはずはない。
父親の疑問に返答した俺だったが、続けて彼の口から出た言葉は驚愕の一言だった。
「その男は犯人じゃないよ。娘を襲ったのは別の人物だ」
「え?」




