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第三十三話

『私、成仏しようと思うの』


 突然の明日葉から発せられた言葉に、時が止まった。


「……え?」


 時が一番長く止まっていたのは間違いなく俺だ。その止まっていた時を無理やり動かすように、疑問の言葉を口にする。

 出来れば聞き違いであって欲しいと、そう思ったからだ。


『うん、だからね。私、成仏しようと思うの』

「そっか……でもどうして急に?」


 聞き間違いじゃなかった。明日葉は成仏することを決めたんだ。


『うん、美優ちゃんのことを見てて思ったんだ。もし成仏しても、また隼人に会えるって。実際のところ、美優紀ちゃんはもう隼人に会ってるじゃない。そしたら私も希望があるかな? って思って』


 確かに美優は俺と明日葉、沙奈絵さんの前で成仏した。そして沙奈絵さんの従姉妹へと転生を果たした。

 美優としての記憶は多分もうないだろうが、それでももう一度俺たちと出会うことが出来た。

 もちろん転生先を知っていたからという例外もあったからだろうが、それでも会うことが出来るという希望を目の前で示してくれた。

 そのことに明日葉も希望が持てたからだと思う。


「そっかぁ……」


 あの奇跡的な現象を目の当たりにしたら、明日葉の気持ちも分からなくもない。

 本来なら俺と明日葉は出会うはずがない世界にいる。それを何の因果か出会ってしまった。その明日葉が今、俺との別れと再会を望んで決意を口にした。

 なんだか感慨深いものを感じるな。


『ん? 何? どうしたの? もしかして寂しくなっちゃうから、“お姉ちゃん、成仏しないで!”とか思ってたりする?』


 緊張していた糸が一気に切れた。

 明日葉なりに空気を読んだのか、いつもの軽い感じで冗談を言ってくる。


「いや、“お姉ちゃん”の部分は置いといて」

『なんで置いとくの? そこ重要でしょ?』


 訂正。やはりいつもの明日葉だった。


「俺にはそんなに重要じゃない! とまぁ、それはそれとして、今日は退院したばっかりだから、動くのは明日からにしよう」

『それもそうだね!』


 俺の提案に明日葉が頷く。

 どうやらさっきのやり取りは既に頭の中から消えたらしい。


「とりあえず明日、授業が終わったら明日葉の家に行ってみよう!」

『……分かった!』


 話を途中で切り上げ、帰路に着く。

 背中に不貞腐れた明日葉の視線が刺さっている気がするが、気にしたら負けだ。意識して後ろを振り向かないようにする。

 今の心情ではどうしても明日葉の顔が見れない気がしたからだ。


 六月十八日(日)18:00


「やっと我が家だぁ!」

『一日しか空けてないけどね』


 確かにたった一日しか空けてないが、それでもいやに懐かしく感じる。何しろこの数日間で確実に十歳は老けた気がする。

 いや完全に老けたよね。間違いなく。


「まぁね。それでもやっぱり懐かしい感じがするんだよ」

『はぁ……なんか、寂しいね』


 玄関に立ち尽くして明日葉がポツリと呟く。

 口には出さないが俺も明日葉と同じ気持ちだ。寂しい理由は一つしかない。

 美優が居なくなったからだ。美優との出会いからまだひと月しか経っていない。それなのにこう感じるのは、俺たちにとって美優の存在はそれだけ大きかったということだ。


「確かにな。急に部屋が広く感じるかな」


 いつものなら美優が『お兄ちゃん、お姉ちゃん、お帰り!』と満面の笑顔で言って来ていたのだが、今は狭い空間に俺たち二人だけだ。


『美優ちゃんがそれだけ多く、私たちの中に居たんだね……』


 明日葉も俺と全く同じことを考えていたようだ。その目には少しだけ涙が浮かんでいるように見える。

 こんな時なんて声を掛ければ良いんだ?


「……そうだな」


 一瞬だけ考えたが良い答えが浮かぶはずもなく、明日葉の言葉を肯定する返事をボソリと返すだけになった。


『幸せになってくれたら良いな』


 不意に明日葉が美優の転生先である美優紀ちゃんの事を口にした。明日葉なりの気遣いなのかもしれない。

 明日葉が無理して作ってくれた明るい話題だ。俺もいつまでも暗い表情をしてるわけにはいかないな。


「その辺は大丈夫だろ! だって美優だぜ。俺たちの……妹だし」

『……そうだね!』


 そう言った明日葉の表情はやはりどこか暗い。

 こういう時はそっとしておく方が良いだろう。

 靴を脱いで家の中に入ろうとした時、背中に体温を感じた気がした。


「明日葉?」

『少しだけ。少しだけこうしてて良い?』


 そう言った明日葉の言葉は若干の嗚咽が混じっていた。


「分かった」


 耐えきれなくなったのか、明日葉の目から溢れた温かい涙が俺の背中を濡らす。


『……うん、もう大丈夫』


 どれくらいそうしていただろう? 数十秒か数分か、もしかしたら数秒かもしれない。

 明日葉の声を聞いてから家に上がり、夕食の支度をする母親の背中に声を掛ける。


「母さん、ただいま」

「あ! 隼人! もう大丈夫なの?」


 俺の声を聞いた母さんが目を丸くして聞いてきた。

 俺が今日退院なのは知ってるはずなんだけどな。そんなに驚くようなことか? いや、単純に心配しているだけかな?


「うん。さすがにまだ痛みは残ってるけど、激しい運動しなければ問題ないって!」

「もう、お母さんびっくりしたよ! 警察の人が“息子さんが通り魔に刺されました”って言うから、万が一のことがあったらどうしよう……って」

「ごめん。でも命に別状は無いってお医者さんから聞かなかった?」

「それは聞いたけど、それでも母親ってのは心配するんだよ! もう本当に気が気じゃなかったんだから」


 放任主義の親だがさすがに今回のことは驚いたようだ。

 やかんの上に謎に置かれた座布団。着替えを入れるはずだった鞄に酢とみりんがなぜか入っているのが見える。

 普段は冷静な母さんだが、相当に取り乱したようだ。その残骸が家のそこかしこに見受けられる。


「あぁ、うん……ゴメン」

「ま、とりあえずこうして無事に帰ってきたんだからよしとするか! 明日は普通に学校行けるの?」

「あぁ、うん。体育の授業は一週間ぐらい見学にした方が良いらしいけど、それ以外の授業は普通に受けて良いって! 抜糸が終わったら普通の生活に戻れるってさ」

「……傷は残っちゃうのね……」


 母さんの表情が一気に暗くなる。

 自分の子供の身体に傷が残るのは、やはりショックなのだろう。


「まぁね。でも男だし気にしないよ! それに人の命を助けた“名誉の傷”だよ!」

「そうねぇ……まぁここは怒ったり悲しむところじゃないわね。良くやったわ」


 俺の言葉を聞いて「確かに」と言ってから続けて言った。

 人を助けた事は事実だし、そのために受けた傷なら仕方ないと思うにしたようだ。

 昔に転んで膝を手術した事があるが、その傷は薄くなっているとはいえ残っている。今更傷の一つ二つは気にしても仕方がない。しかし家の様子を見るに、母親を心配させないにこしたことは無いだろうな。


「サンキュ! でも今度から心配かけさせないようにするから」

「約束よ!」

「あいよ!」


 心にそう決めてから母親の言葉に軽く返事をし、自分の部屋に戻ろうと階段に脚を掛けた時、


「あ、そうだ隼人!」

「んあ?」


 思い出したように母親が俺を呼び止めた。

 突然のことで変な返事をしちゃったじゃないか。


「明日学校が終わったら、警察の人が事情聴取したいって」

「あぁそう言えば……。病院でも事情聴取受けたけど、まだ何かあるのかな?」


 警察と聞いて思わず心臓が跳ね上がる。

 いや、何もしてないんだけどね。やっぱりちょっと身構えるじゃない。


「そりゃ殺人・殺人未遂事件だからねぇ……」

「ま、そりゃそうだよな。分かった! 明日学校終わったら警察署に行くね」


 困ったな。いきなり予定が狂った。


 六月十八日(日)23:00


 食事をしてから風呂に入り、一息ついたところで明日のスケジュールを頭の中でくみ上げていた。

 まず学校が終わるのが十五時くらいだろ。それで警察の事情聴取。どのくらい必要かは分からないけど、病院で行われたものと同じくらいと考えたら大体二時間だろうな。

 それで明日葉の家に行くとなると……。


「明日行けないかもな」

『駄目よ! 警察には協力しなくちゃ!』


 俺の呟きを明日葉が間違った方向に受け取った。

 どうやら明日葉の中では、既に俺が明日葉の家に行くことは決定事項だったようだ。


「違うよ! 明日葉の家だよ」

『あ、そっちね! う~ん……別に良いよ。落ち着いてからで』


 俺の返答に明日葉が若干表情を暗くしたのを俺は見逃さなかった。

 口では明るく答えていたが、間違いなく自分の事を優先して欲しかったはずだ。


「ゴメン」

『気にしないで』


 気にしないわけにはいかないだろう。

 なるべく事情聴取を早めに終え、明日葉の家にいけるようにしたい。


 六月十九日(月)八:〇〇


 朝の学校はどうしてこうも憂鬱なのだろう。

 理由は色々あるのは分かっている。例えばこれから始まる授業の数々だとか、六月の天気の所為で気持ちまで落ち込んでいるだとか、放課後に事情聴取に行かないといけないとか。

 あ、最後のは俺だけの限定だな。


「あ! 西園寺君!」


 そんな憂鬱な状態の俺の背中に明るい声が届く。

 どこかで聞いたような……いやいや、さすがに聞き忘れるわけない。

 ただ、声色の印象が知っているそれと違っていたから、記憶のデータベースとの照合に時間が掛かっただけだ。


「……藤林さん。久しぶり」

「うん、久しぶり」


 振り向いてから返事を返すのに数秒の時間を要した。俺の知っている藤林さんはどちらかと言えば少し暗い印象があった。

 しかし今俺の視界に映った彼女には、当時の物暗さが一切感じられない。なんと言うか、纏っているオーラが確実に明るい。

 それはもちろんイジメが原因で、一条先生に依頼を受けた俺が問題を解消したことで明るくなったのかもしれないが、それにしても変わりすぎだ。

 声だけでなく表情も明るくなった事もあり、記憶の中の彼女との照合に更に時間が掛かった。

 ここまでくるともう完全に別人だ。


「なんか前より明るくなったね」


 発している言葉とは違い、俺の言葉はひどく冷めていた。それは俺自身の考えがあってのことだ。


「そう……かな?」

「何か心境の変化でもあった?」

「うん、まぁ……ね」


 この時、彼女の頬が紅く染まったのを、俺は見逃さなかった。

 多分だが彼女自身、薄らと気づいてるんだろう。俺が新入生歓迎会委員の時、何故あんな行動を取ったのか。

 あれ以来、俺の周りは敵しかいなくなったから、彼女の気持ちが嬉しくないと言えば嘘になる。でもここでそれを喜んでしまっては、あの時に俺がピエロに徹した意味がなくなる。

 だから多少冷たく接するぐらいが丁度良い。俺自身、あの時の行いはバカだと思うし、間違っていたと思う。ここは“勘違い”と自分自身を騙しておく方が良い。

 俺の理解者は出来るだけ少ない方が良い。


「そっか。それじゃまた」


 だからここはわざと素っ気ない態度をとって、教室に向かうのが最善だ。


「あっ……」


 立ち去っていく俺を見て、藤林さんが呼び止めようとしたが、ワザとそれに気付かないふりをして去る。


 六月十九日(月)12:00


 ようやく昼休みか……。傷口がちょっと痛むけど、今日は体育が無いから良かった。

 いや、それよりも気になることがある。

 視線を前に固定したまま隣で俺に説教をする幽霊の言葉を聞きながら、背中に刺さる視線に集中して廊下を進む。

 ちなみに俺が受けている説教の内容は、今朝発生した藤林さんとの一件だ。

 明日葉は『本当に女心が分かってない』だの『もったいないことした』だの、言いたい放題だ。

 昼の陽光が差し込む廊下を突き抜け、日陰の多い中庭へと足を向ける。

 気配はまだある。藤林さんだろうか? いやそれなら俺に声を掛けてこないのは変だ。


「明日葉」


 中庭に入ると同時に周りを見回してから名前を呼ぶ。


『ん? なぁに?』

「俺の後ろ、誰か付いて来てないか?」


 誰にも聞こえないよう細心の注意を払い、明日葉にだけギリギリ聞こえる音量で頼みごとをする。


『え?』

「何か気配がするんだ。見てくれないか」

『オッケー!』


 俺が気付いていたから明日葉も気付いていると思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。

 片手でOKサインを作ってから後方に向かっていった。

 俺が棒立ちのままだと怪しまれるよな。とりあえず飯を食える場所まで行ってみるか。

 いつも俺が昼飯――と言っても殆どが購買のパンなのだが――を食う場所は、校舎の日陰になっている階段の踊り場だ。冬はさすがに寒くて使えないが、今のような初夏なら風が良く通るから気持ちがいい場所だ。

 もちろん雨がふっていないとき限定にはなるが。


『お待たせ! えっとね、一条先生が付いて来てるよ』

「一条先生が?」


 階段を上る手前まで来た時、明日葉が報告してきた。どうやら俺を尾行していたのは、俺の予測不可能な人だったようだ。

 先生を相手にすると脳みそが疲れるんだよな。


『うん。何だろうね?』

「何か怪しんでるのかな?」


 別に声が掛かるまでスルーしても良いんだけど、気分が悪いな。

 そう思いながら階段を一段、また一段と上る。その間にも一条先生の気配は感じ取れる。というよりも完全に俺の視界に入ってきてしまった。

 あれで隠れているつもりなのか? でも先生の事だからもしかしたらワザと俺に見つかっている可能性もある。


「一条先生、何かご用ですか?」


 踊り場まであと数段というところで踵を返して口を開く。


「……気付いてたのか?」


 先生の反応を見ると、やはりワザと分かるように俺を尾行していたようだ。

 俺の性格を熟知しているなら、自分から声を掛ければ良いのに。いやそれともワザと見つかれば俺から声を掛けると知っているからなのか。

 この先生は本当に扱いづらい。


「気付かれてないと思ってたんですか? 先生、探偵の素質ないですね」

「う、うるさい!」


 あれ? もしかしてワザとじゃなくて本当にあれで見つからずに尾行しているつもりだったのか? いや、今はそんなことどうでもいい。早くしないと昼飯の時間が無くなる。


「それで、何の用ですか?」

「う、うむ……」


 俺の答えに先生が眉間に皺を寄せて腕を組む。どうやら本気で考えているみたいだ。

 珍しいな。先生が本気で悩むところなんてめったに見ない。って言うか見たことあったか? いずれにしても早くしてくれないと昼飯の時間が……。


「……用が無いなら行きますよ! 昼飯の時間が無くなるんで」

「あ、待ちたまえ! そうだな、昼飯を奢ってやるから、少し話をしないか?」


 話? 先生が俺に? 愛の告白……なわけはないな。目がかなり鋭い。言葉をまだ濁すのは先生らしくないな。


「凄く魅力的な提案ですけど、その裏が気になりますね」

「君ならそう言うと思ったよ」


 軽くため息を吐いてから先生がそう言う。

 予想が出来たなら「話をしないか」と言わず、直球で聞いてくれた方が良いんだけどな。それをしないってことは、この場所――具体的には校内で話すような内容じゃないってことか。


「具体的にはどんなことを話すんですか?」


 仮に校内では不適切な内容だった場合、確かに場所を変えた方が良いだろう。

 回りくどいことをせず、直球で要件を口にする。


「君が遭遇した事件についてだ。知らないとは言わせないぞ」

「誤魔化すつもりはないですよ。何しろ当事者ですからね」


 どうやら先生が聞きたかったのは通り魔事件のことのようだ。

 教え子の俺が刺されて入院し、警察のお世話になったのだから当たり前と言えば当たり前だ。だがある程度のことは既に警察から聞いているはずだ。今更何を話せば良いんだ?


「私とランチをする気になったかね?」

「質問全てに答えられるとは限りませんけど、それで良いなら」

「では行こうか」


 購入したパンはどうするか……警察に行く前の腹ごしらえ用にしておくか。


「先生俺、横浜家系ラーメンの大盛、全部のせ。計二千五百円のでお願いします」

「君は、遠慮というものを知らないのか?」


 さすがに昼飯で二千五百円は先生でも厳しいか? いや多分もう一押しば何とかなるはず。


「奢ってくれるのが先生なら、遠慮なんていらないですよね?」


 挑発するような口調で言う。それと同時に目を軽く見開き、疑問の視線で突き刺す。


「……私の行きつけに行くぞ。味と量は私が保障する」


 少しだけ沈黙してから先生がそう言う。

 先生の保障付きなら安心だ。絶対においしいはずだ。


「それで手を打ちましょう」

「ちなみに食べ残しは許さないからな」


 先生はそう言うとニヤリと悪魔の笑みを浮かべた。

  不敵な笑みを浮かべる先生って、綺麗だけど怖ぇ。だから結婚できないんだよ、きっと。


「今、失礼なことを考えなかったか?」

「気のせいですよ」


 その後、先生の車で幌が油で汚れたラーメン屋さんに到着した。


 六月十九日(月)12:40


「あっした~!!」


 野太い声を背中に受け、梅雨なのに珍しくさわやかな昼の日差しが差す店外に出る。


「いやぁ美味かったなぁ」

「あれは油と具材の暴力ですね。ラーメンハラスメント……ラメハラですよ」

「君が言ったとおりに注文してあげただろう?」


 爪楊枝を咥えながら先生がニカッ笑いながら上機嫌に俺の背中を叩く。

 やめてください。出てきますよ。何が、とは言いませんが。


「だから食べ残してないじゃないですか! スープの一滴まで味わいましたよ。お陰で五時限目はゆっくり眠れそうですよ」

「安心しろ。次は私の授業だ。眠っていたら起こしてやる」


 先生がそう言って先生が拳を握り、ポキポキと乾いた音を響かせた。

 いや怖いよ。だから結婚できないんだよ。


「起こし方次第では今のラーメンがリバースしますよ」

「では寝ないように気をつけたまえ! しかし君の食べるのが遅いからゆっくりと話が出来なかったな」


 主にさっきのラーメンが原因ですけどね。あの量はマジで殺人級ですよ。


「ちなみに放課後は無理っすよ。俺、警察に事情聴取に行かないとダメなんで」

「そうか……では今聞こう」


 顎に手を当てて少し考えてから先生が口を開いた。

 簡単に話をまとめることに成功したようだ。何を聞きたいんだ?


「何をですか?」

「今回の事件の事だが、君は被害にあった女子生徒と知り合いではなかったのだろう? どうして事件に巻き込まれ、その被害者家族……妹さんと仲良く話していたのだ?」


 まぁそれになるよな。

 一応先生の生徒だし、通り魔事件に巻き込まれたとあっては、聞かない方がおかしい。

 むしろ今日一日、他の先生に何も聞かれなかったのが不思議なくらいだ。多分先生の働きによるものだろうな。

 先生の事だから、「私が聞くまで何も話さないように徹底しろ」とか言ったんだろうな。

 想像がしやすい。


「あぁ、そういうことですか」

「何の用事があって隣町に行ったのだ?」

「先生から所有を許可されたあの本あるじゃないですか」

「本? あぁ先月の……。それで?」


 この前先生との勝負で手に入れた本のことを忘れたのか?


「それであの本の持ち主……家まで行ってみたんです」

「君はストーカーにでもなるつもりか?」


 いやいや、先生も知ってるよね? あの本の持ち主はいじめを苦にして……って話。

 まぁ実際は今俺の隣にいるんだけどね。


「そういうつもりは無いですよ」

「ではどういうつもりなのだ?」

「……本の裏側に名前が書いてありました。その名前が知り合いと同じ名前でしてね、もしかしたら、と思って会いに行きました」


 言い訳にしてはちょっと苦しいか? でもまぁ嘘は言ってないんだがな。


「ほぅ。それで知り合いのだったのかな?」


 先生が腕を組み、何かを推し量るように俺の目をジッと見つめてきた。


「いや、それを確かめる前に事件に巻き込まれたんで……」

「なるほどな……。ではそういう事にしておこうか」

「そういう事にしておいて下さい」

「……君は嘘を付くのが上手だな」

「先生程じゃないですよ。それじゃ失礼します」


 あの本に掛かれていた名前は「日葉」の二文字だけだ。それはさすがに先生も知っているはずで、まさかそれだけで今回の事件に巻き込まれたというのは、さすがに無理がありすぎたな。

 完全な嘘は言ってないが、それでも多少の脚色はしている。本当に先生が相手だと緊張するな。


 六月十九日(月)16:00


 睡魔の誘惑に何度か机に頭をぶつけ、何とか一条先生の授業を終えて学校の門をくぐる。

 スマホを耳に当てているのは、当然明日葉が隣で話しかけているからだ。


『ねぇ隼人』


 隣にいた明日葉がくるりと俺の目の前に来て上目遣いをする。

 こういう時の明日葉は大体面倒なことを頼む時なんだよな。あざといと言うかなんと言うか……。まぁ可愛いんだけどさ。


「ん? どうしたの?」

『これから警察に行くんだよね?』

「そうだよ。この前の通り魔事件の事情聴取だから」


 そう言いながら長くて重いため息を吐く。

 警察に行くというだけでも殆どの市民はいい気分はしないはずだ。それに俺の場合は発生した事件が事件だけに、気が重くなる。

 いや、そもそも俺は被害者何だから、警察から俺の家に来るのが筋なんじゃないか? こっちは協力してあげるんだから。


『その帰りに美優ちゃん、じゃなかった美優紀ちゃんに会いに行かない?』


 美優紀というのは沙奈絵さんが面倒を見ている従姉妹で、美優の転生先だ。

 当然だが美優としての記憶は無く、俺たちのことも覚えていないはずだ。多分。


「それは良いけど、時間が遅くなったらさすがに迷惑だろ」


 警察の事情聴取がどのくらい時間を要するかまったくもって未知数だ。何しろ今までそういう所にお世話になったことが無いから、全く想像が出来ない。それに警察の世話になるような事は出来れば避けたいところだ。

 知り合いとはいえ女子中学生の所に遅い時間に行くのはさすがに気が引ける。


『そこは事前に沙奈絵ちゃんに連絡しとけば!』

「でもそしたら明日葉の家にマジで行けなくなるぞ」


 今日の目的は明日葉の家に行くことだ。それが出来なくなっては本末転倒だ。


『ちょっとだけ! お願い!』


 明日葉が両手を合わせて祈るように俺に訴えてくる。


「う~ん……」

『ダメ、かなぁ?』


 だからその上目遣いは反則だから! 俺じゃなかったらなんでも言うこと聞いちゃうよ。

 普通の男子だったらその表情だけでイチコロだよ。そういう自覚ある? 無いよね?

 そんなことを思いながら俺が出した答えは、


「はぁ……わかったよ。 でも事情聴取が九時過ぎたらダメだぞ」


 まぁ俺も一応普通の男子だからね。青春真っ盛りの。


『分かった! やっぱり隼人って優しいね!』


 はぁ……最近の俺はなんだか明日葉に凄く甘くなった気がする。


 六月十九日(月)17:00


 警察署というのはなんでこうも嫌な気分になるんだろうか。

 別に俺が何か犯罪を犯したとか、何か後ろめたいことがあるわけではない。

 だがそれでも微妙に緊張しているのは、あまりこういうところにお世話になったことが無いからかもしれない。


「すいません」


 入口の扉をくぐり受付をしている女性の警察官に声を掛ける。


「はい、どういったご用件ですか?」


 透き通るような声が目の前から響き、俺の耳朶を打った。

 なんだろう。大人の女性ってこんな色っぽい声を出すんだ。別に声フェチというわけではないが、それでもこの鈴の音のような声は、俺の心を少し奪うに十分すぎる破壊力がある。


「あ……はい、先週発生した通り魔事件について、刑事さんが事情聴取したいということで来ました」


 一瞬だけ呆けていたが、すぐに頭を切り替えて要件を伝える。


「えっと、お名前は?」

「西園寺です。西園寺隼人と言います」

「西園寺さんですね? 少々お待ちください」


 そういうと奥の方に歩いていき、何やらノートのようなものを見ている。

 多分何かの予定を確認しているんだろうな。ページをめくるその仕草がとても絵になっていて、髪を耳に掛けた時に見えた横顔が凄くきれいだった。


『は、や、と?』


 見惚れていた俺の右側から、怨嗟のような声を耳が拾った。

 一度目だけを右に移してから、ギギギッと首の骨を無理やりに動かして声のした方に頑張って顔を向ける。

 何だろう? 口は笑っているけど目が笑っていない。そして額には怒マークが三つほど。

 あ、これは死んだかも。じゃなくて、ちゃんと弁明しないと今夜やばくなる。


「わかったわかった。邪なことは一切考えてないから、その顔はやめてくれ」


 明日葉にちゃんと伝わっただろうか? まだ不気味に笑ってるけど。今夜俺は無事だろうか?


「お待たせしました」


 直近の未来予想をしていた俺の耳に、今度は男性の声が届いた。


「あ、はい。……って確か」

「ん? どこかで会ったかな?」


 声のした方を振り向くと見覚えのある顔がそこにあった。


「確か通り魔の似顔絵をくれた……」

「あぁ、あの時の! 偶然と言うのは恐ろしいものだね」

「そうですね」


 不思議な縁もあるものだ。世間は狭いというが、本当に狭いな。

 思わぬ再会で、これから受ける事情聴取に対する気持ちが若干和らいだ気がした。


 六月十九日(月)19:00


「それじゃ今日はこれでお終いにしましょうか」


 警察署の一室で行われていた事情聴取が終了した。二時間休みなしで事件について聞かれ、俺の脳みそはスパーク寸前だ。


「そうして頂けると嬉しいです」

「疲れたかい?」

「果てしなく疲れましたよ」


 ぐったりと机に頭を乗せ、目の前の警察官を恨めしい視線で見つめる。

 事件当時のことを思い出しながら質問に答えていくだけだが、休憩ぐらいは欲しいものだ。

 何しろ俺は被害者なんだからな。


「そうだろうね。でもおかげではかどったよ。さ、出口まで送っていこう」


 微かに笑顔を見せてから席を立ち、三階にある事情聴取を行った部屋から一階の出入口に向かう。

 既に陽は西に沈み、微かに残る陽光が廊下の窓から差し込む。廊下は蛍光灯で照らされていたが光量が足りていないからか、若干の不気味さを孕んでいる。


「それじゃお世話になりました」

「ご協力ありがとうございました!」


 夕闇に沈んだ警察署の自動ドアをくぐり、ペコリと頭を下げると、決まり文句を警察官が口にして敬礼をした。


「ふぅ……」


 警察署の敷地内を抜け、最初の交差点で信号待ちをしてから大きくため息を吐いて、自分の肩を自分で揉む。

 首を回すとゴキリと鈍い音が体内に響く。姿勢をずっと固定していたからだろう。相当に凝っていたようだ。


『隼人、大丈夫?』

「あぁ大丈夫だよ」


 その様子を見た明日葉が俺を心配そうに見つめてくる。


『沙奈絵ちゃんのところに行くの、やめとく?』


 相当に疲れている空気を醸し出していたのだろう、明日葉が残念そうな表情で話しかけてきた。


「う~ん……行きたいんだろ?」

『うん……でも、隼人が疲れてるなら』

「良いよ。それじゃ沙奈絵さんに連絡するか!」


 普段は明るい明日葉が稀に見せるこの表情って反則だよな。どうしても甘えさせてしまう。ってこんなこと思ってる辺り、俺もヤバイのかもな。

 ダメダメ。明日葉と俺は、文字通り住む世界が違うんだから。


『ありがと! そういう優しいところ大好きだよ!』

「本当なら、ついでに明日葉の家にも行く予定だったんだけどな」

『ついでなの?』

「あぁ、つ・い・で! だ」


 ヤバイな、俺。

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